なぜ、このタイトルにしたかと言いますと、私が一番伝えたい事が一言で表せるからです。
私が習った、当たり前の事を書きたいと思います。
当たり前だからと飛ばさず、一通り読んでみて下さい。
1.霊能者や術師、占い師は、人の人生に干渉をする。
これの意味が分かる方はどれほど居ますでしょう。
人生とは、生きている間、生きている人間に限らず、霊体も前世も来世も含めた全ての人生において、関わるはずだった関係性、その人の人生のみならず、その関係性の人生も背負う事。
それを踏まえて、術や、お祓いをしなければならない事。
そこまでの深い意味が込められています。
2.覚悟を持つ事。
何の覚悟でしょう。
わかりやすく例えるのなら、暗闇の灯台でしょうか。
霊力、霊視、霊感、術
これらは、分かる人、視える人からは、どこら辺のどんな人が、どんなものを使ったのかがわかります。
要は、暗闇の灯台のように目立つ為に、霊体や悪魔、あるいは術師に狙われたり、何より霊と関わる時点で、不幸になる可能性、死ぬ可能性、力を失う可能性等も覚悟しなければなりません。
何より、人生に干渉する覚悟は第一に必要ですね。
3.知識
当たり前ですね。
銃を幼い子どもに渡してはいけない理由は何でしょう。
使い方、怖さ、それが何か、どうしてダメなのか。
分からない人に渡しては危ないから渡さないのです。
この霊体は浄霊しなければならない、この霊体は説得して元の場所に帰すだけで良い、この霊体は、、と、適切な対処をしなければ、1で述べた責任が無い事になります。
祓わなくて良い霊体を祓うとどうなるでしょう。
守護霊を除霊(抹消)するとどうなるでしょう。
生霊を消すとどうなるでしょう。
無意味ですね。
生霊は生霊封じか、生霊返しかをしなければなりません。
守護霊は言わずもがな。
知識の無い力はただの暴力ではないでしょうか。
そしてその暴力は、霊能者や術師と言えるのでしょうか。
いいえ、ただの霊感のある人や、術を知っている人です。
依頼されたら依頼通りにやるのがプロ?
意味が分からずにその言葉を使っている依頼者も居ます。
説明責任を放棄してプロとは何事でしょう。
そこに何が居て、どのような理由でどうするのが適切か。
なぜこれが良いのか。他のパターンとの違いは?
医者が説明しているようにやるのがベストです。
占いならば大丈夫、白魔術やおまじないだから大丈夫?
戯言です。
魔術に白も黒もありません。
ブラックマジック、ホワイトマジックと言う種類はあれど、それは種類であり、正しい魔術だから、悪い魔術だからと言う区別ではありません。
おまじない、のろいも同じです。
ひとくくりに、それは呪術であり、魔術であり、【故意的に】【自らの願いの為に】使う【術】である事には変わりません。
占いも同じく、【占い】ではなく、【占術】です。
未来に干渉する手段です。
それがどのような意味を持つ事かわかりますでしょうか。
占い、伝える事で変わる未来もあります。
もちろん、良く変えるのは当たり前ですが、例えば相談者が天邪鬼ならばどうでしょう。
又は、変わりやすい道が、そのたった1度の干渉で変わってしまったらどうでしょう。
ズレに気付く方も居ます。
ですが気付かない人の方が圧倒的に多いのです。
では、呪術、魔術、霊能、占いがいけない事でしょうか?
いいえ、そうではありません。
この人にこれをする事により、どのような干渉になるか。
その干渉で、どのような結果が生まれるのか。
そして、変える事に対する責任は受け止められるのか。
それらを踏まえて、全て理解した上で行っているのか。
ここまでが、一人前の術師、霊能者への入門編だそうです。
さらにここに、結果が付いて来て、一人前だそうです。
皆さんは、どのレベルの基準で一人前を名乗られていますか?
視えない、分からない魔術師もどきや呪術師もどきで一人前でしょうか。
居るかいないか分かるレベルで霊能者でしょうか。
祓う事の意味が分からずに一人前でしょうか。
きちんと未来を示さず、雑念で引いたカードに左右される占いで一人前でしょうか。
私にはこれを見ている方のレベルも、その方の一人前の基準も分かりません。
ですが、その上で言える事があります。
知識が無ければ術師や霊能者ではありません。
心構えが無ければ一人前ではありません。
それは、術を知っている人、霊感がある人です。
ただ、残念な事にそれらがあっても、何も出来ない人も居ます。
空っぽの儀式、空っぽの術を使った妄想、張ったつもりの結界。
本場で学んだ、講座で資格を取った、お寺や神社で働いている
その上で、何も出来ない方の方が多い事を忘れないで下さい。
効果を出したい、一人前になりたいのならば、確実に視える、わかる本物から習うのが近道ですね。
そして、故意でも不本意でも。とは?と言いますと
これは、正逆を込めてこのタイトルにしました。
故意でも不本意でも、力を持ったならば心に留めておかなければならない事。
故意でも不本意でも、名乗ってしまえば責任が付いて回る事。
これを読んだ方が、この意味を理解し、本物の一人前になれるよう願っております。