昨夜は「ケニーさん」の快気祝い。

もらい事故で約一年間お休みしていたお好み焼き屋も、ついに11/1から営業再開。

がんばって欲しいし、またちょくちょく顔をだすことだろう。

さて、このケニーさん、お父様から二代続いて○雄を走ってきたバイク好き、というか走り好き。

「峠の走り屋」というと誤解を生みそうだが、それ以外に適当な呼称が見当たらない。


流石に20年以上も走っていると、彼を慕って集まってくる顔ぶれも様々で、普通のパパや現役の大学生をはじめ

ケンブリッジ大留学をひかえた京大院生、フランス軍外国人部隊入隊を希望する元自衛隊員といった異色な人も、

もちろん年齢もバラバラ。


ボクを取り巻く環境には、その色を異にするバイクコミュニティがいくつかあるが、

このケニーさんを中心としたコミュニティは、走りを楽しむことに純化したものとして気に入っている。

だからというわけではないが、女ッ気は皆無で話題に上るのは「速い」か「遅い」かばかり。

「MOTONAVI」の雰囲気とは対極にあるものと言えば解りやすいか。

アレはアレで一つのあるべき姿だと思っているが。


ボク自身、年代的にはバッチリ走り屋世代なのだが、三十路も半ば過ぎて走りに目覚めたために、

昔気質の走り屋の匂いがプンプンするこのコミュニティに惹かれるのかもしれない。


ところで、このコミュニティには、その時間の永さ故、不幸にも世を去った数名のライダーがいた。

ボクは、今のところ、これらの命を落としたライダー達と直接面識はないが、

この店に集まると、マエジュンをはじめとする彼らの話をいつも聞くことになる。

その亡くなり方はそれぞれだが、やはり速いと言われていたライダーが多いような印象を受ける。


「速い」というのは、物理的かつ相対的なものだから、サーキットに行けばもっと速いライダーは大勢いるだろう。

なのでそれは、よく畏敬の念を抱きつつ口にする「2、3本切れてる」といった意味なのかもしれない。


この夜出席していたメンバーの中には、現在はバイクに乗っていない、

あるいは乗っていても攻めないという人が数人いた。

当時を知る者に言わせると、彼らも「切れてる」ライダーとして、鮮烈な走りを披露していたという。

そんな過去を持ちながら、今は何故乗らないのかと聞くと、ニヤニヤしながら「負けるのが嫌だから」と。


それは一見すると、卑怯で臆病な姿を装っているようにしか見えないのだが、

実のところ彼らは確信に至っているんだろうなと、ふと感じられた。


自身の中に煌きを感じつつも、命を削ることでしか感じられない存在感。

それ自体は素晴らしい経験だけど、決して永遠には続かない。

本分としての仕事や家族を手に入れた今、言い訳や逃げではなく、リスクを避け生きていたい。

そんな想いを感じた。


ボク自身、リスクから極力遠ざかるために、装備、場所、時間を吟味しているつもりだが、

ともすると本分を侵蝕してしまいそうになる。


このコミュニティから教わることは、今後も少なくなさそうだ。