身内に不幸があり、土曜日早朝から郷里熊本へ。


久しぶりの飛行機は新幹線並みの小さな機体で、少々不安。

さらに下降時の耳痛に悩まされる。


空港から従兄弟の車で直接祭儀場へ移動。

また新しい車=記号に変わっていた。

本人の記号性は何も変わっていない。


祭儀場に到着すると、父親と母親、それに叔母が出迎えに。

母親は糖尿病を永らく患っており、会うたびに痩せ細っていく。

この姿を目にするのが嫌で、帰郷を縁遠くしてしまうのだろう。


棺をのぞくように勧められ、数年ぶりに無言の再会。

わりと近い身内だったけれど、精神的には近さを感じない故人。

自分の好きなように生きた人だった。

涙は出たが、それは文字通りのもらい泣きで、何の感慨も無い。



夕方には滞りなく全てが終わり、夜まで仮眠。

それから、幼稚園から付き合いの続くコアな友人の一人と夜の街へ。

彼は料理好きの奥さんと男の子2人の家庭を持っている。

そんな彼に息抜をさせてあげるのが、ここ十数年ではボクの役目。

ダラダラと昔話と近況報告に花を咲かせる。


彼は工業高校の教師であり、その高校は昔気質な熊本においても、とりわけ厳しさをモットーとする校風。

就職率と質の良さは全国でも指折りのレベルらしく、

変に自由を与えず、子供を迷わせない教育の良い例かもしれない。

体罰についても、鼓膜と顎関節へ配慮すれば、問題にするべきでは無いと感じた。


辺りの席でヒマを潰していたデリヘル嬢も姿を消し、時計に目をやると既に5時過ぎ。

曖昧な再会の約束とともに友人と別れる。



昼まで寝た後、いつものように母親の小言を聞くともなく聞いていると、ふと、重たい感情が心をよぎる。

この小言もいつまで聞けるのだろうと。

その後、空港まで父親の車で送ってもらう。

まだこの人は大丈夫だろうなと安心しているものの、ここ数年、車の運転に危さを感じる。

最後にそのことを注意して、またもや曖昧な再会の約束とともに別れる。


「帰り」の飛行機は、大型の機体で少し気持ちが楽に。

そして何層にも重なる梅雨雲を抜けて、ようやく晴天の雲海を見下ろす。

あまりに美しいその眺めに心を奪われていると、2日間の記憶はたちまち薄らいでいった。