明日はいよいよ今年最後の1日となりますね。

明日は私達のボランティア仲間が集って忘年会です。

50~60人位は集まるでしょうか?

しかも、私が司会・進行をすることになってしまいました。

実を言うと私は人前に立つのが苦手で、司会・進行は気がすすまないんですが、年末最後の締めくくりを盛大に盛り上げるために自分を捨てて頑張ります。

これもみんなの喜びの為のボランティアではないかと思います。

今日もなんだかんだ言ってあわただしい1日でしたが、大掃除も終わってようやく年越しムードになってきてほっとしています。

来年はどんな年になるのでしょうか?

正直、今はあまり考えたくない心境ですが、考えやすい性分なのでしょうか?

いつも、1年先ばかりではなく2年、3年先まで考えてしまいます。

まったく困ったものです。

明日はどうやってみんなを笑わせる事が出来るのか?

そんな事でも考えながら今日は休もうかと思います。
ボランティア活動を社会運動にしていこうと言う決意の下、来年はこんな構想を練っています。

まず、『奉仕』の考え方を問題解決型だけではなく、問題防止型も含めて展開していこうと考えています。

ボランティア活動では、ゴミ拾いや介護などなど、現実に起きている社会問題に対して対処していくような『問題解決型』の活動が主流であると思います。

しかし、既に起きてしまった問題に対して対処しているだけでは、その問題の根本的な解決には至らないために『問題』と『解決』のいたちごっこを繰り返すばかりになってしまいます。

そこで私が着目しているのが『問題予防型』のボランティア活動です。

問題予防型とは、青少年犯罪や家庭内外での様々な社会問題に対して、区民一人一人の道徳心やボランティア精神を芽生えさせることの出来る何らかの活動を行っていく事によって、社会モラルを向上させ、区民の意識を根本的に改革することよって問題の発生を根本から防ごうと言うものです。

その為には、行政や区議会、公共団体などと連携する必要があると考えています。

それは、まだ起こってもいない問題に対して区民がそこまで関心を示すとは思えないですし、予防運動に対しての理解もなかなか深まらないと考えていることと、将来に対する危険性を見通す事のできるのはやはり、区の将来を真剣に考えている区を中心とする公的機関しかないと考えるからです。

来年は『問題予防型』の活動を主流に乗せていく事を目標にしながら、いかに公共機関と連携していける体制を整えていけるかを考えていきたいと思っています。

かつ、『問題解決型』の活動も平行して行いながら、区民が抱えている問題に対しても対処し、その声を吸い上げて行きたいと考えています。

私達は、区議会と区民とを仲介する立場で、区の発展の為に貢献できたらと考えています。
今日は大掃除をしました。

まだ終わっていないので、あしたも引き続き大掃除です。

大掃除しながら、今年1年を振り返っていました。

人生ってわからないものですね。

自分の意思で『こんな人生にするんだ。』と言っても自分の意思とは正反対の人生を歩む事もあります。

実際に今年は自分の成したい事のほとんど全てが、自分の意思に反してうまくいかなかったですし、理想と現実の狭間で心がいつも磨耗して苦しかった事を覚えています。

あまりにも深刻に考えすぎて自分が生きている事の意義がわからなくなったりもしました。

しかし、自分の信念に従ってそれを求め続けていけば必ずそれが実現するとも思うのです。

それも、一見遠回りな道のりを歩んでいるようで、それが自分自身にとって重要なメッセージを含んでいる事があまりにも多いのです。

これは偶然ではなく、私の事を知っている『何か』が私が行くべきゴールを明確に知っていて、そこに導いてくれているように思えるのです。

目に見えない『運命』とでも言うのでしょか?『宇宙意思』とでも言うのでしょうか?宗教的な言葉を使えば『神様』とでも言うのでしょうか?

私達ではどうする事も出来ないはるかに大きな『意思?』、『力?』によってあるところに導かれているようなそんな感覚を覚えます。

どこに導かれているかはだんだんわかってきました。

最初は全くわからなかったのですが、最近は私の意志とは反して起こる現象にある共通点があることに気がついてきたのです。

それは、『愛』です。

今までは、いつも物理的な効率性ばかりを考えて行動していたのですが、すんなりうまくいった試しがないのです。(私だけかも知れませんが・・・。)

目的を果たすために最短のルートを行こうとすれば、必ずそこに私の愛の成長がなければそのルートを通ることが出来ないのです。

そんなのこじつけだと思われる方もいるかも知れませんが、私には確信があるのです。

何故かと言えば、自分の人生で実験し続けてきたからです。

愛する事も何もしなければどんな事をしても目的を果たすことが出来なかったのですが、逆に自分の利己心を満たすためではなく、相手の為に愛を施した時には、自分が思いもしないのに気がついたら目的が果たされているのです。

私の人生を操っている『何か』は、私のゴールを『愛』と定め、その軌道から外れることのないように修正しながら導いているようなのです。

だから私は来年も、より多くの人に愛を施す人間になれるように頑張っていこうと思うのです。

例えみんなに『そんなの偶然だよ。』とか『あなたの思い込みだよ。』と言われてもそんなの気にしません。

それは、多くの人の為に生きる人生それ自体はどうしても間違っているとは思えないからです。

今年は多くの事に悩み苦しみましたが、残りの限りある人生を愛を施す事の為に生きていきたいと考えています。