甲斐秀才は、その名の通り秀才の部類に入る神童といえた。
子供の頃から英才教育を施され、将来国を代表する官僚となることに
何の疑問も抱かずに、毎日を勉強と上を向いて過ごしてきた。

しかし、そんな彼の自我が悪い意味で成長し、真逆の悪の組織を設立する
にまでいたるほど、あの事件以降の周りの反応は冷たかった。
「一寸先は闇」、まさに彼の人生は天と地の両方を経験したといっていいだろう。
華やかな幼少期から一転、親や周りの友人のさげすみ、冷ややかな視線、
今更、無実を証明したとしても何の意味があるというのだろうか。

ちょっとした事故で、無実の人間を社会のゴミと認識し排除する世界構造、
ネット社会が発達した今はまさに世界第三次大戦ともいえる精神攻撃の
混沌期であるといえるだろう。
だからこそ彼は人間の奥底の悪の心を否定するのではなく、
肯定し、自分の力としてコントロールすることを考えたのだった。

よくある何でも屋の押し売りである。悪にためらっている人間の背中を
軽くおしてやる。それだけで、世の中に復讐を果たすことができる。
まさに悪の芽を育てることこそ、彼の美学と行動指針になったのである。

秀才の考えは、異常かに見えたが、世の中に不満を持ち、
何かを成し遂げたいと彼に賛同するものは徐々に増してきていた。

秀才の右腕たる沢渡陽人(はると)もまたその一人である。
彼は最初の秀才の犯罪計画の成功者でもあった。