母が病にかかり、今までは数年に1度くらいしか日本に帰国してなかったけれど、

この1年で4回目の帰国。

 

子ども抜きで、私一人の帰国。

 

目的は、父母の手伝い、実家の片付けや掃除だから。

 

数ヶ月に一度帰っているけれど、その度に、父母の衰えをわずかながらにも感じる。

いつまでも親が元気でいてくれるわけではないことは、わかっていても、

悲しくなる。

 

 

いくつになっても、母は母であり、私は娘であり、という当たり前のことを

しみじみ感じる。

 

 

 

今回は、9日間の帰国だった。あっという間に過ぎた。

ほとんどが、掃除と片付けの日々。

 

 

日本に到着した日と、帰る日が、土砂降りの雨。

他は、真夏日っていう、ものすごい暑い日。

 

 

帰りは夜出発の帰国便だったので、夕方実家を出ることに。

友達が迎えにきてくれた。

 

 

夕ご飯は食べる?と母。それには時間が早いからいらないよ。と答えていたけど、

荷物まとめながら、何だかお腹が空いてきた。

 

ちょっとお腹空いてきたなーと何気なくつぶやいた。

 

 

さて、荷物もまとまったし、そろそろ行こうかなーと

母を探すと、台所でおにぎり作ってる。

 

 

母は病のため、手に力もあまり入らない。

その手で、私のためにおにぎりを作ってくれていた。

「上手く握れないのよー」って言いながら。2つも。

私が、お腹空いてきたなーって、言ったから。

 

 

友達が空港まで送ってくれる車の中で、おにぎりを食べた。

泣きそうだった。

昔はしっかり握られていたおにぎりが、形にはなっているものの

儚い感じで存在している。

 

でも、おにぎりがしっかり握られているかどうかは関係なく、

それを作ってくれた、母の愛がひしひしと伝わってきて、

泣きそうになった。

とてもおいしいおにぎりだった。

 

 

振り返ってみれば、母はいつも、全力で愛してくれていた。

若かりし頃、時にそれが重く、邪魔にも思えたけれど、

それに支えられてきていたのだと思う。

 

 

今、母になった私は、そこまでの愛を子どもたちに与えられているのだろうか。

 

 

 

 

私の祖母。つまり、母の母。が亡くなった時、母は言っていた。

 

母親ってすごいね。と。

 

 

母は、5人兄弟姉妹の中で、一人、祖母の面倒を見ていた。

気の強い祖母を相手に、大変なこともたくさんあったと思う。

嫌になることもあったと思う。

 

 

けれど、母親という存在の存在というものを、祖母が亡くなった時に、

しみじみと感じたのだろうと思う。

 

 

母の愛。

 

無償で、偉大で、優しくて。

 

 

しっかり感じた今回の帰国でした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

追突事故にあった。

 

 

母の日だった、先週日曜日の午後。

 

 

次男が運転する車で、フリーウェイを走っていて

しばらくスイスイだったけれど、前方が止まり始めたな。と思った。

 

 

ブレーキを踏むタイミングは、人それぞれ違ってて、

早めに踏む人からしたら、遅い人のブレーキのタイミングは

ドキドキで。

 

 

次男のブレーキは、遅い!といつも思っていた。

でも、あまり横からブーブー言うと、嫌がるし、

いちいち言われるのも嫌だろうと、一人冷や汗かきながら💦

いつも乗っていた

 

 

で、今回も、うわー前詰まり始めてるよーーーって思いつつ、

「遅くなってるよ(前)」ってチラッとだけ言って

あとは、大丈夫かなーの不安と、大丈夫だろうの信じる気持ちとで

助手席にちんまりと乗ってた。

 

 

でも、3、4台前の車が急停車し、後続の車が、うわーーーーって感じで

右に左によけ、気づけばどこにも避けられないガーンガーンガーン

 

あーーーーキャーーーッって叫んでたと思う。

 

 

だが息子。ギリギリのところで止まった!!

よく止まった。えらい!危なかったーーーと一瞬ホッとした瞬間

後ろからガツンハッ叫び

 

 

手に持っていた携帯の角が思い切り、頬骨にあたり強打ドンッ

今は青あざになってる。

 

 

警察も来て、事故処理は滞りなくしたものの、

保険会社との連絡がスムーズにいかず、

1週間たった今も、車は修理に出せず。

 

開けたらきちっと閉まらなくなってしまったトランクのドアが

開いたままのせいで、運転中、開いてますよーー信号で、

ピーピーずっといってるえー

 

 

まあまあ、来週には治してもらえそうだけど。

車も私も。(首の痛みと頭痛と気持ち悪さがずっとある)

 

 

事故の話を聞いた娘は、あーきっとブレーキ踏むのも

遅かったんだろうなーって思ったよ。と言ってた。

 

 

やっぱり、危ない!ブレーキ!止まって!とか、

ギャーギャー言うべきだったのかな。

 

 

 

なんかが起こると、いつも考えてみる。

この出来事になんか意味あるのかな〜って。

 

 

 

うまく頭が働かなくて、わからないけど、

はっと思った。

 

 

まあまあの距離を運転することがこの頃多かったのだけど、

いつも何でか、事故にあわないように、って事故にあうかもしれないって

悪い想像をものすごいしてた。

 

 

酷い事故に遭遇してしまう想像とか、それをもちろん望むわけでもなく

心配からなのかもしれないけど、やたらと考えてしまってた。

ふっと思ってしまうたびに、あーダメダメ。大丈夫って思い直してたけど。

 

 

そんな思いが、はい、現実になりましたよーって呼んじゃったのかなと

思ったりもした。

 

 

 

こうなったら。。って子どもに対して、愛犬に対して、親に対して

悲しい想像しちゃったりを時々してしまうのだけど、

その度に、子どもたちに「なんでそんなこと考えるの??えー」と

呆れられる。

起こってもいないことに想像して涙ながしちゃったり。

アホか?と思うのだけどね。

 

 

きっと何かがあるのかな。私の中に。

 

 

そして、今回の事故でも、気づかないところで

バラバラになってたり、何らかの傷として残っていることも

あるかもしれない。

 

 

とりあえず、母の日の出来事、としては残ったな笑い泣き

 

 

 

自分で思ってもいなかったことや、忘れていたことや、

ちょっとした過去の出来事なんかが、

今の何かに影響していることがある。

 

それが先へ進めないものになっていたり、

自分のパワーを発揮できなくさせていたとしたら。。

 

 

 

私が数年前に出会ったインテグレーテッドヒーリング。

今のベストな状態へと整え、癒す。

 

少し落ち着いて、体調も戻ったら

自分に聞いてみよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

明日は母の日。

 

ふと思い出した。

 

小学校低学年の頃だったと思うけれど、

母の日に白いカーネーションを贈ったことがある。

 

 

 

 

かなり昔で記憶は定かではないけれど。

 

妹と母の日に

「お母さんに、カーネーションを買いに行こう!」と

2人で近所のお花屋さんに行った。

 

 

自分が記憶する限り、母の日にプレゼントハート

母に買った記憶がその時しかない

ひどい娘だわ…

 

結婚して家を離れてからは、母への感謝と気持ちを伝えてきているけれど、

それまでは全然だったな。

 

 

で、その時にお花屋さんで選んだのは

白いカーネションだった。

なぜなら、単純に、白い花がとても綺麗に可愛く思えたから。

 

 

白いカーネーションは、亡くなった方へ贈るものだとは

全く知らず、ただ綺麗だから、これがいい!って選んだように思う。

 

 

お店の人が、私が白い花を選んだことで、ちょっと何かを考えるように

白い花でいいのか、を確認していた。

きっと、白いお花は亡くなった方へだけど、この子達は知っているのかしら、

でも、それを聞くのも… だったのだろう。

 

 

白く綺麗に咲いているカーネーションを買って、

ウキウキの気持ちで母にプレゼントした。

そして、母が教えてくれた

 

母は笑顔で受け取り、そして教えてくれた。

白いカーネーションの意味を。

 

 

私は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

あーなんてことを。そんなことも知らずに

元気なお母さんにあげちゃったえーん

 

 

母を傷つけたような気持ちになった。

自分の無知を責めた。

落ち込んだ。

 

 

母はただ受け取ってくれただけだったと思う。

私たちの気持ちを。

 

 

花を贈る、白い花、

この2つが合わさる時、いつも何となくこの出来事を思い出してたな。

そういえば。

そして、そこには、あーショボーンって、ちょっと落ち込むような気持ちも

合わさってた。

 

 

今回、この出来事をじっくり思い出してみた。

 

私の純粋に、何かを美しいと思う気持ちと、

それを大好きな人にあげたいという気持ち。

 

そして、それをありがとうと受け取ってくれた母の気持ち。

 

 

素敵な出来事の一つなんじゃない?と思えた。

 

 

目の前にある現実や出来事は、ただあるだけで、

それをどう見るかで、その現実や出来事は

違うものになっていく。

 

 

こっちから見たら、酷いこと。

あっちから見たら、素敵なこと。

そんな風に真逆のものにすらなっていくのではないかと思う。

 

 

 

母の日を前に思い出した過去の、ちょっとズーン…ショボーンって感じの思い出が

当時の私と母の愛ハートを感じる思い出になったかな。

 

 

 

今年も真っ赤なカーネーションを母に贈るブーケ1

 

私には子どもたちから何がやってくるかな(期待)てへぺろ