玉音放送 | return-of-cd125tのブログ

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昭和天皇陛下こそ、真の君子。我々、日本人は天皇と共に有史以来の2000年を歩んできた。大東亜戦争で日本の歴史は断絶したかに思えた。他国の例を見れば、敗戦、占領と、来れば君主の首はさらし首にされ、民衆は石持て恨みをはたそうとするであろう。それが、歴史の常識だ。銅像は倒され、墓は暴かれ盗掘が始まるだろう。皇居に民衆は押し寄せ、皇族をはじめとして天皇は縛り首にされていたはずだ。ましてや、敵国に占領されたのだ。如何に軍部の勇み足だと言い訳をしても、敵は統治者である天皇を死刑にしていただろう。その後はアメリカ白人は日本人を奴隷にさえできたのだ。その頃のアメリカはまだ人種差別が激しく黒人たちはまだ奴隷の身分であったのだから、有色人種の日本人が黒人達と同じ立場になっていてもおかしくはなかったであろう。それをやらなかったのは彼らが日本人への畏怖と尊敬と、戦争に至る日本人の正義を認めていたからだろう。アメリカは原爆投下の戦争犯罪を軽減するために偽善的な東京裁判という舞台を設け、A級戦犯と言う悪者をしたてあげることによって、正義の国アメリカの体裁を保とうとしたのだ。それによって白人達が行ってきた人種差別が原因で起きた大東亜戦争の正義と真実ををも隠すことができたのだ。そのような小細工をしてまでもアメリカの正義を建前であっても保とうとしたのは逆説的にはアメリカにも多少の良心があったからだろう。これが、シナや朝鮮であったなら、このぐらいでは済まなかったであろうし、これからもそうだろう。天皇は殺害され、女は凌辱され、子供たちは惨殺。それこそ、通州事件の再来が日本領土で起きていただろうし、これからも変わらない。戦前もグローバルだったのだ。人類の本性も同じだ。時代は新しくもない。道具が新しくなるだけだ。