切り絵 蒼山 日菜



切り絵ってなぜか心に残ります、中国の鼻歌歌いながらきるおばさんの切り絵も凄かったけれど、この方もすばらしい
http://www.masajiart.gr.jp/chiyu-art/index.htm
公式ホームページ↑
アートに対する言葉、転載
TCHIYU ART コンセプト
アートとは本来人を治癒する精神科医。
アートと出逢いまた触れることによって感性を育むこと、そして想像を表現する喜びを知ることは自己教育へと繋がり、心の豊かさを感じること、癒されることで自身の気持ちを調整し、その先には自己治癒があると考えます。
私たちは人の心に触れ、人の身にも触れるようなそんなアートを目指して活動しながら売上げの一部を慈善団体に寄付しています。
心あるアートが世界中の人々の側にいつもあるよう願いを込めて…
(※勝手ながら寄付をする慈善団体は私たちメンバーで決めています。)
蒼山日菜
毎日一回でも感動する作品をみてアンテナと感度を保ちたいと思っているのですが、今週はできていませんでした。心がかさかさです。
○丸時代の同期、○田さんにそっくりな人がいて、たまに名前を間違えてしまいそうです。
今日は洗濯、その後今週の復習とAEの本を読んでいたら夜になってしまいました。自宅はCS5だけど使うのはCS4で使い勝手が違うというかある機能が使えなくて結構それ重要なんす。近況を聞きたかった人達もいるのですが、一日の短さに驚愕して終わりました。残念。明日は久しぶりに一時間ピアノが弾けるかもしれないので、2分ちょいのあの曲をまだ忘れていないか確かめます。
なんだか忘れてしまいそうなので少し前、いえ結構前ですか。のニュースの話と考えてたことを書いておこうと思います
あの、家族殺しの事件です。
そういったニュースがあるとあの掲示板をとりあえずみてしまうのですが、その中に
「親としては加害者のほうが○んでくれたらよかったろうにね」
というコメントがありました
それにたいして
「そんな考えの親のもとで育ったら歪んでしまう」
というレスがあり、羊と羊飼いの話しを思い出していました
100匹の羊の内の1匹の羊
ある時、キリストは一つのたとえ話をなさいました。
「あなたがたの内に羊を100匹持っている人がいて、その内の一匹をなくしたら、その人は99匹を野原に残して、居なくなった一匹を見つけるまで探し歩かないでしょうか。見つけたら、大喜びでその羊を担いで帰って来て、友達や近所の人たちを呼び集め、居なくなった羊を見つけましたから一緒に喜んで下さいと言うでしょう。」
一つ間違えば強力な集団心理となり悪い方向にいく可能性もありますが、この考えは必要だなと思います。
レスしたような心の持ち主はきっといい家族なのでしょう。もしくは逆か
フランスはDVと虐待死が社会問題になっているそうです
いい家族ってどうやったらつくれるんでしょうね。
今日パパが車掌さんの家族が仕事中のパパに手を振っている微笑ましい現場に遭遇しました。
パーパー、パーパーとよぶ幼稚園ぐらいの抱っこされている息子。
パーパー、パーパーと何回も、そんな表情かえてなかったけどパパさん絶対めろめろ
その後パパさんとお兄ちゃんと弟のちびっこ2人の家族に遭遇。電車のアナウンス「忘れものに注意を~」っていっているのを聞いたお兄ちゃんが弟に「忘れ物はね。電車にね。忘れてきちゃうとね。困っちゃうでしょ。」と教え?ていて、パパさんニコニコしてたみてたなあれ。かわいさに慣れてないですね^^パパさん
マナーのCMとか、子供にたどたどしく言わせるのがもっとも効果的だとおもいますよ。
「たばこのね。煙はね。当たるとね。しみるでしょ?」とか
「電車でね。おばあちゃんがね。座れないとね。困るでしょ?」等々