Marina Abramovic  マリーナ・アブラモヴィッチ | tellvesper

Marina Abramovic  マリーナ・アブラモヴィッチ







マリーナ・アブラモヴィッチは1950年にユーゴスラヴィアに生まれ、70年代以降、多くパートナーのウーライとともに数々の伝説的なパフォーマンスを繰り広げた


苦痛や危険を作品で扱うのは「今の瞬間に焦点を当てるため」という。「私たちは、未来を見通し、過去を振り返るうちに、大切な今、ここを忘れてしまう」と話す作家はまた「恐れを表現することで、自分の中に抱えていたものを解放できた」とも自己分析する。

 軍の英雄を父に持ち、大義に身を捧(ささ)げる理想を抱いた。同時に、人前に出るのが苦手で、痛みや血に不安を感じる少女でもあった。そんな矛盾の苦悩から、パフォーマンスの経験を通して解き放たれたという。「大切なのは、自分自身であること。自分が抱える矛盾を恥じることはない」


60年代後半からパフォーマンスを手がけた。75年に祖国を離れ、オランダを拠点に88年までウーライと共同制作、世界的に知られる存在に。97年にはユーゴ代表としての出品を拒否されたヴェネツィア・ビエンナーレで最高の金獅子(じし)賞を獲得。「カウント・オン・アス」制作のため、四半世紀ぶりに祖国へ一時帰国した。



GG アリンのネットサーフィングしてたらこの人みつけました。






ステージの様子

引用↓http://plaza.bunka.go.jp/museum/archives/5minutes/200612/index.php


大画面のスクリーンの中で、真っ赤な衣装を着た女性が一心不乱に踊っている。会場に響くのは、「マンボ」の官能的なリズムである。思わず一緒に踊り出してしまいそうになる。スクリーンの前には3メートル四方はあるかと思われるような巨大な鉄板が横たわり、脇には重そうな靴が置いてある。よく見ると、その鉄板と靴は、スクリーン上で女性が履いているのと同じ靴であり、彼女が踊っているのは、スクリーンの前に置かれた同じ鉄板の上である。一人の観客がおそるおそるその靴を履き、鉄板に上ってスクリーンの女性の踊りにあわせて「マンボ」のリズムを刻みだした。この勇気ある観客の踊りはしかし、それほど長くは続かない。

この作品はマリーナ・アブラモヴィッチの『マンボ』(2001年)と題された作品である。イタリアのヴォルタラにある、使われていない精神病院で行なわれたアブラモヴィッチのパフォーマンスは、磁石を貼り付けた靴を履いて鉄板のプラットフォームの上で、3時間にわたって「マンボ」を踊る、というものであった。同じマンボの曲が、繰り返し繰り返し流される。わたしがイタリアでのパフォーマンスを記録したビデオとインスタレーションで構成されたこの作品を観たのは2004年、日本で最初の彼女の回顧展「ザ・スター」展が丸亀市猪熊弦一郎現代美術館で開催されたときのことであった。イタリアでのパフォーマンスは、踊っている彼女を見るために、観客も磁石の靴を履いて100メートルも鉄のカーペットの上を歩いてこなければならなかったという。

鉄の靴を履いて「マンボ」を3時間踊る、コンセプトは非常にシンプルである。しかしスクリーンで繰り広げられる彼女の踊りを「マンボ」の音のシャワーを浴びながら、磁石の付いた重い靴を履いて体感しながら観ていると、物理的な「身体」というものを思わずにはいられない。そしてほとんど無意味で苦行のようなこの行為に没頭するアブラモヴィッチの姿に感動しないわけにはいかない。彼女の作品の多くがそうであるように、この作品でも、自分の身体を極限にまで追い込み、精神をその追い込まれた身体に寄り添わせながら、肉体と精神の限界のぎりぎりのところで見えてくる風景や体得できるなにかを表しているのだ。彼女はこの作品を「精神的効用のために(Transitory Objects for Spirit Use)」と位置付けている。そしてこのパフォーマンスは観客なしには成り立たないものである。観客はアーティストに畏怖にも似た眼差しを向けて延々の行為を共にし、アーティストも自分を追い込むことによって観る者にエネルギーを与える、観る観られる関係の磁場でだけ成り立つ作品である


lenojesca
lenojesca