人の死を大きく変えたのは、1950年代に開発された人工呼吸器だと言われている。これにより、呼吸機能が確保され、心臓に自動拍動性が相補し、脳機能が停止したまま10日以上も生存する状態が出現したからだ。1997年に臓器移植法が制定され、脳死認定が合法化された。これは心拍のある心臓を三徴候死(心停止、呼吸停止、瞳孔散大)を「脳死」と認定し、合法的に人体から臓器摘出する目的である。これは、生死の境界に臓器移植を口実として線引きし、いまだ生の側にあると考えられる人体を脳機能の不可逆的停止の死体と定義するものであった。厚生省基準である死の認定(深昏睡、瞳孔散大、脳幹反射の消失、平坦脳波、自発呼吸の停止、以上の状態が6時間経過)があるが、臨床現場では脳死認定はできないと問題が露呈。
機械的延命と尊厳死 苦痛の除去の安楽死から、苦痛の除去のためには、死の時期を早めてもかまわないということから出発した尊厳死が改名されて生まれてきた。こうして、1983年には日本尊厳死協会が生まれ、「死の自己決定」を法制化して積極的安楽死としての尊厳死が生命に対する質の変化として生じてきた。「生命の質」が生まれたことで、尊厳死は質が高く、障害者、精神障害者、末期ガン患者高齢者を「自己決定」できない質の低い人というレッテルが治療現場でも生じ、そのような「社会的弱者」への治療打ち切り事件まで発生し始めた。こうなると、命に対する医療側の介入が、大きくその意味合いを転換し本末転倒の生命論が医療現場で拡大してしまっているといえる。
機械的延命と尊厳死 苦痛の除去の安楽死から、苦痛の除去のためには、死の時期を早めてもかまわないということから出発した尊厳死が改名されて生まれてきた。こうして、1983年には日本尊厳死協会が生まれ、「死の自己決定」を法制化して積極的安楽死としての尊厳死が生命に対する質の変化として生じてきた。「生命の質」が生まれたことで、尊厳死は質が高く、障害者、精神障害者、末期ガン患者高齢者を「自己決定」できない質の低い人というレッテルが治療現場でも生じ、そのような「社会的弱者」への治療打ち切り事件まで発生し始めた。こうなると、命に対する医療側の介入が、大きくその意味合いを転換し本末転倒の生命論が医療現場で拡大してしまっているといえる。