大衆は国家が戦争に巻き込まれ、あるいは戦争を仕掛けたりするのを拒否できるようにするには、どうしたらよいか。それには、知識人を模倣するのではなく、生活圏を考察すべきです。閉じられた共同性から、絶えず大衆の原像を繰り込んだ開かれた共同性を構築すること。また、大衆の原像を志向する思想性の構築です。
知識人が行動においても、思考においても自己の生活圏を下降する価値過程を導入する。こうすれば、開かれた政治力といえる。大衆は権力に包括されすぎているが故に、逆に国家をあるいは権力を越える契機を持っている存在でもある。政治革命が全社会革命ではない。大衆は知識を与えるべき存在、啓蒙されるべき存在と考えられてきました。前衛や政治指導者、政治権力や知識人からそう考えられてきました。これが知識人の思い上がりだったはずです。庶民は半知識人に、半知識人は知識人に、そして知識人は前衛に、前衛は官僚にと、大衆作り替えのレールと考えられてきていた。しかし、これは自然な過程に過ぎない。自覚的な過程とは、逆に大衆の原像(社会的な存在としての自然基底)を包括すべく接近して、この原像を社会的存在としての自然基底から、有意味化された価値基底へと転倒することが大事だ。
「人間の生き方、存在は等価だとすれば、その等価の基準は、大衆の<常民>的な存在の仕方にあるとおもいます。しかし、この大衆の<常民>性を、知識の空間的な方向に連れ出すのではなく、観念の自覚的な志向性として、この等価の基準に向かって逆に接近しようとする課題を課したとき、この等価の基準は、価値の極限の<像>へと転化する。」
人間は大なり小なり平坦な生き方の<原像>という生活圏からの知的逸脱としてしか生きられない。 また強いられた生存の仕方の逸脱としてあらわれる。かつてどんな人間も生きたことのない<原像>は、価値観の収斂する場所として想定してよい。人間は強いられて生涯をていするしかない。歴史の究極の姿は、平坦な生涯を持つ人々に、権威と権力を収斂させるという平坦な事実に帰せられるといえよう。
知識人が行動においても、思考においても自己の生活圏を下降する価値過程を導入する。こうすれば、開かれた政治力といえる。大衆は権力に包括されすぎているが故に、逆に国家をあるいは権力を越える契機を持っている存在でもある。政治革命が全社会革命ではない。大衆は知識を与えるべき存在、啓蒙されるべき存在と考えられてきました。前衛や政治指導者、政治権力や知識人からそう考えられてきました。これが知識人の思い上がりだったはずです。庶民は半知識人に、半知識人は知識人に、そして知識人は前衛に、前衛は官僚にと、大衆作り替えのレールと考えられてきていた。しかし、これは自然な過程に過ぎない。自覚的な過程とは、逆に大衆の原像(社会的な存在としての自然基底)を包括すべく接近して、この原像を社会的存在としての自然基底から、有意味化された価値基底へと転倒することが大事だ。
「人間の生き方、存在は等価だとすれば、その等価の基準は、大衆の<常民>的な存在の仕方にあるとおもいます。しかし、この大衆の<常民>性を、知識の空間的な方向に連れ出すのではなく、観念の自覚的な志向性として、この等価の基準に向かって逆に接近しようとする課題を課したとき、この等価の基準は、価値の極限の<像>へと転化する。」
人間は大なり小なり平坦な生き方の<原像>という生活圏からの知的逸脱としてしか生きられない。 また強いられた生存の仕方の逸脱としてあらわれる。かつてどんな人間も生きたことのない<原像>は、価値観の収斂する場所として想定してよい。人間は強いられて生涯をていするしかない。歴史の究極の姿は、平坦な生涯を持つ人々に、権威と権力を収斂させるという平坦な事実に帰せられるといえよう。