長くなった1人目の妊娠・出産編もこれにて終幕ですふんわり風船ハート

 

産後ケアに加えて、

暗黒面からの抜け出す転機となったのは

生後2か月頃の自治体の

保健師さんの訪問だったと思います。

 

当時住んでいた自治体では出産前と出産後に

保健師ないしは助産師さんが来てくれました。

 

妊婦になった時点で

今までの自分の身体とは様変わりしていますが、

電車に乗って通勤したりと

日常生活を終盤まで維持できていたため、

子どもができると生活が一変するのは

もちろん覚悟の上でしたが、

それまでの自分がいなくなったというか、

アイデンティティが崩されたような

感覚がありました。

 

初めての新生児期は母子ともに慣れていないので

授乳が嫌になるくらい

常におっぱいも傷だらけですよね…ニヤニヤ

だんだん慣れてはくるんですけどあせる


1日何回も痛いのわかってることを

こなすのも正気の沙汰じゃないし、

寝不足で頭も痛いし、食事も摂らないとなのに悉く邪魔もされるし

一生消えない傷を背負い

(今では子らと私を繋ぐ勲章と思っていますが)

外にも長いこと出られず

(体調が許せば出てもいいし少し出れば良かった)

世界は変わらない日常を続けていて

私だけ取り残されてる感というか…

子ども産まなきゃよかった

と心の中で何度も何度も思ってました…。

 

そんな疎外感の中、

お互い顔と名前を憶えている保健師さんに会えて、

友達に会ったような感覚さえありました。

他愛ない話をしながら

・子どものこと

・育児の不安、愚痴

多分そんなことだったと思うのですが、

誰にも言っていなかった

心の内側の闇の部分を開示して

だばーっと泣きながら話しました魂が抜ける


私にきちんと傾聴してくれたのは

産後に会った外の人では

この人が初めてだったかも。

 

内容というより人前では

あまりうまく泣けなかったので

人に弱いところを見せられた、

そのデトックス作用はすさまじかったです。

 

さ○えさんのフネさんを少し若くしたような、

おばちゃんとおばあちゃんの間のような鈴木さん、

あの時はありがとうございましたお願いキラキラ

 

その後も

マミーブレイン発動により

自分のポンコツ具合に辟易したり

(これもいつか後述)

平日はワンオペ気味で

記憶喪失状態ですが、

気づいたら生後半年くらいには

暗黒面から自然と

脱出していたように思います。

きわめて個人的ですが引っ越しを決めたので

少ない睡眠時間を削ってお皿に緩衝材を巻いたりも超忙しかった…。

 

振り返って考えると、

暗黒面へ手引きしたのも彼ではありますが

闇落ちしたのは私がまだ精神的に

未熟者でだったからであって、

暗黒面から救い上げてくれたのも

第1子の陽だまり1号、

彼の存在でしたキラキラ

 

具体的には

睡眠時間がまとまってきた

 ⇒子の睡眠も少しまとまり、多少深夜に起こされてもこちらも耐性が出来てきて添い乳ばっちこい状況だったと思います。

 

・彼の離乳食づくりが楽しい

 ⇒元々料理は趣味の1つで、裏ごしも私は苦になりませんでした。赤ちゃんせんべいなど食べる姿もいとおかし。多彩なベビーフードにより食品成分オタもこの頃開眼しました目

 

落ち込んだり考え込んだりする時間がなくなった

 ⇒6,7か月頃はたっちしたり、ゲラゲラ笑ったり…いつもハチさんを背負って部屋中を動き回って目が離せない笑ジャンパルーに乗せるとご機嫌でこの頃は似たような写真が延べ1,000枚ニヤニヤ

  

ハーフバースデーは

風船ふんわり風船ハートやケーキショートケーキに囲まれて

可愛さ爆発の陽だまり1号さんの写真がたくさんキラキラ

 

季節柄、冬が終わり暖かくなってきて

私の心にも陽光がさしていました花キラキラ

(極度の寒がりだし感染症が怖いので冬はあまり外出していなかった)

 

こうして浮上のきっかけをうまく掴まえながら

ダースべイダーよろしく、息子への愛ゆえ

暗黒面から戻ってくることが出来たのでしたおねがい

(お気づきの方もおられるかと思いますがSW大好きです!

 私を闇落ちさせたソーシャルワーカーではないです!笑

 

2歳までに乳腺炎やら保活やらママならではイベントがありましたが、これはまた別の機会にでも。

 

続いて闇落ちしなかった(しないように努めた)

第二子の妊娠・出産編にいきたいと思いますほんわか

(こちらはライトな内容が多いはず!)

 

ここまでお付き合いいただいた方に

まずは感謝感謝ですお願いラブラブ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

産後ケアでエナジーチャージし、ライフが半分くらい回復しましたドキドキドキドキドキドキ

 

帰宅前日の夫とのやりとりでも

夫「(忙しくて)産後ケアに押し込んでごめんね」

私「ううん。里帰りもせず、そちらのご実家にお世話になるのもいやって私の我儘を許してくれてありがとう」

とお互いがお互いを気遣う余裕がありました。

 

夫もこの間に先輩と飲みに行ったりと

束の間の一人暮らしをまあまあ満喫してましたね笑

 

また時々お義母さんが来たり、

夫が休暇を取ったりしつつ

ワンオペしたりな日々で

あっという間に生後1か月。

 

新生児って寝てるか泣いてるかが9割で

正直お目目くりくりの

ニホンザルの赤ちゃんの方が

まだ可愛いんじゃないかと思うくらいでしたが笑

新生児微笑を浮かべる

人間の赤ちゃん特有の可愛さに目覚め始めた私。

 

ただ、1か月検診で私の方の検診での問診票にて

・理由もないのに不安になったり、心配したりした

・自分を不必要に責めた

・不幸せな気分なので、眠りにくかった

・悲しくなったり、みじめになったりした

みたいな項目があり、まあそうだみたいな~とチェックをしていました。

エジンバラ産後うつ質問票というものですね。

点数が高めに出たみたいです。

 

初産だと大なり小なり心当たると思うのですが…。

そうでもないのかな?

 

私の場合は里帰りもせず慣れない育児環境で、

想定していなかった妊娠糖尿病にもなり、

緊急帝王切開にもなり、

子に先天性疾患があったこともありで

全てをまるっと受け止めるにはまだ未熟でしたあせる

 

母体としての回復状況は順調でしたが、

診察終わりに自治体のソーシャルワーカー(SW)を紹介するから面談するように勧められました。

 

退院時も後味の悪い感じでしたが、

その病院は子どもの一か月検診も

だいぶん待たされたし、

夫に対するガルガル期は訪れませんでしたが、

要領を得ない対応をしてきた助産師さんなどには

イライラが態度に現れてしまっていたと思います。

エジンバラの結果プラスそれが紹介された大きな要因かと笑

 

子の検診とは別日にだいぶん待たされた挙句に

最後にソーシャルワーカーの到着待ちという…

別にいいです、と何度も断ろうかと思ったのですが

変に危険人物扱いされたくなかったので笑

胸が張ってきて早く帰りたいな~

夫もそろそろきついだろうな~

とそんなことを考えながら待ってました。

 

退院指導の助産師さんの二の舞かにように

これまた若めのお姉さんが出てきて

これまた最近担当はじめました~ラーメン

初々しい説明と浅い知識…ニコニコ

そんなん9割HPに書いてあるし

知ってますよ~って感じで

個別最適化されていない内容に

飽きてしまいました笑

 

事務的なことはできたとしても

心のケアをするには

どうしても経験知が必要に思います…。

 

病院で出会った助産師さん、

レジデントさん、SWさんは

私の物語では闇落ちへの一端を担いましたが、

ちょこっと未来のだれかの物語では

救いとなる存在になっていると信じています…お願い

お互いまだその時でなかっただけできっと…キラキラ

ライトサイドに帰還した今では

医療に携わる人生を選んでいるだけで

本当に尊敬してます…泣き笑い

 

という感じで光が差しつつも

ダークサイドとを行ったり来たりな時期でしたうさぎクッキー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

    

再度1週間分の入院準備をし、

いざゆかん、産後ケアへ。

 

 

私はわがままな上に気遣いというか、

気にしいな性格なので

人に助けてもらうときは適切な対価を払って

プロからサービスとして受け取る方が

ストレスがない方です。

 

そんな私に産後ケアはぴったりでした。

何がいいって

①部屋が個室

⇒変な恰好や変な髪型、多少散らかっててもいいという自宅と変わらぬ楽園感やしの木

 (出産病院が大部屋だったから余計に嬉しかったのもある)

 

②バランスの良い美味しい食事が勝手にできてる

⇒献立表があり、1食ごとのカロリーと塩分も記載されていました。どんなにバランスを整えてもこれはプロ(栄養士さん)しかできませんよね。

GDMになってカロリーや栄養素にも過敏になっていたので一人分として盛り付けされているので食べ過ぎの心配もなく安心できました。メニュー考えて作って片付けるがスキップできるのは天国…ハート

 

利用した産後ケア施設では

定刻に食堂に行くことになっていて、

①とは相反するようですが、

お食事中のママさんを見ていると

産後ケア施設に頼りつつ頑張ってるママは

私だけじゃないんだ~

とコロナ禍につき交流はないながらも

人の気配を感じることができ、

それもまた一興というか、僅かに励まされましたにっこり

 

そしてやっとこ

③看護師さん・助産師さんと気軽にお話できた

⇒ネット検索魔でありながらもネットの情報には懐疑的な部分もあり、ちょっとしたことでも聞きやすいプロが側にいるのは心強かったです。

 

実際、退院時にはあまり分泌していないと思っていたおっぱいも意外と出るようになっていることが秒で分かりました。

 

計測してみると目安の倍くらいのスピードで増えていたことから少しミルクミルクの量を調整していくように指導を受けました。

(子が良く飲む子だったように思います。太らせてごめんよ。

 そのあとまた一か月検診までには普通の範囲になったよ笑)

 

マッサージによって

固まっていた部分も流れてより出るように…サーフィン

おっぱいケアだけでなく、

足湯なんかもしてもらいました~温泉

 

夜間は何度か預かってもらって

睡眠時間を増やすこともできました付けまつげ

 

そこの産後ケア施設の特色だと思いますが、

常駐している保育士さんに

赤ちゃんとの遊び方を教わったり、

沐浴や抱っこの仕方をパパに教えてもらえる

プログラムなどもありました。

夫も最終日に保育士の方に

抱っこ紐の付け方などを教わりましたキラキラ

 

でも産後ケア施設にいる間も

ふと闇落ちすることはまだまだありました…。

 

例えば、骨盤ケアの時間というのが設けられていて

一応無料だしと参加してみたら、

5人くらいいたのに帝王切開は私だけで

1人だけ違う腹帯を付けることに…。

なんだか勝手に恥ずかしさというか、

疎外感を感じたり…。

 

「可愛い~イケメンになる~」と

助産師さんから持て囃されるママさんひらめき

いつも赤ちゃんに優しいお顔で

声掛けされているママさんニコニコ

母乳だけでお腹いっぱいにできているママさんキメてる

なんかを見ていると

自分のダメさを思い知らされるようで

勝手に辛い気持ちになることもありましたハートブレイク

 

でもこの頃には子どもの先天性疾患についても

保育士さんに自ら打ち明けて

将来のことなどを会話できるようになったりと

かなり前進していたように思います歩く

 

夫からも

「産後ケア行ってから少し元気になったよね」

と言われました。

確かにかなり心身の疲れが取れた感がありました。

夫も夫で平日は多忙なため、

家事・育児が軽減されたことで

久しぶりにお酒を飲んでみたりと、

自堕落な時間ができて

リフレッシュできたようでした晴れ

 

産後ケアは結構いい思い出で、

自宅に帰還してからも施設で流れていた

オルゴールの曲を時々聴いていました。

今でも印象に残っているのが

JUJUさんの「やさしさで溢れるように」

 

ふと聴き返してみたら

あの日々が蘇って涙が出てきました…泣

 

出産病院での日々は例えるなら

エスプレッソコーヒーでしたが

産後ケアでの日々は

カフェラテコーヒーって感じでしょうか。

ほろ苦くも少し甘みが足された日々…うさぎのぬいぐるみ

 

簡単なものではありましたが小物も少し使って

生後2週間記念の新生児フォトを

撮ったりもしましたカメラ

 

メンタル不調の時こそ休息コーヒーと食事ナイフとフォーク

そしてちょっとの癒し(エンタメ)

 

これに尽きると実感しました。

 

 

 

 

産後ケアを利用するまでの1週間と、

そのあとの1週間の間に義母が泊まりで数日来てくれました。

 

義母さんは3きょうだい(兄・姉・弟)を

産み育て、最近は義姉の甥と姪のお世話もこなす

現役バリバリちゃきちゃきの子育てばあばおばあちゃん笑い

 

…なんですが、独自のポリシーをお持ちのようで

赤ちゃんのお世話はあなたたちの仕事だから、と

口も手もださないとのことで

本当におむつ替えなどはしてくれませんでした笑

 

代わりに洗濯や買い物、料理などの

家事を手伝ってくれました。

 

また、子が眠っている間は見てくれていて

午前中など休みな~と言ってくれたのですが、

残念ながら私は寝つきが悪いので睡眠まで至らず…

夜は義母と多忙の夫は休んでいたので

夜間は孤独の育児続行中でした。

暗い中きらきら星歌いながらずっと抱っこしたり、

気づいたら抱っこしたまま寝落ちしてたりしてたな…魂が抜ける

 

ぎこちない共同生活の中で

一番困ったのは「何食べたい?」と毎日聞かれることでした。

 

お義母さんも私について知っていることが少なく、

それでも好きなものを作ってあげたいと

善意からのことと分かっていますが、

当時のマミーブレイン発動中の私は

なかなか食べたいものが思いつかない…。

「お義母さんのごはん全部美味しいのでなんでもいいです」と答えるのが精一杯でした。

 

しかもそう言っときながら

咀嚼回数が多いものは食べる気力がなく

せっかく作ってもらっても

時に残す始末で本当に申し訳なかったですあせる

 

さらに言うとそれでも栄養を取らないと、

と思った私。

忙しい日にデスクランチとして良く食べていた

クリーム玄米ブランを口にしていたところ、

『お菓子は食べれるのね~』と言われて

イラっとしてしまった記憶が残っています笑

 

思い返せば嫌味な言い方というわけでもなく

単純な感想だったと思いますが。

 

見た目はお菓子ですけど

主食とも多少は代替できます~

と思っててもなんか言い出せませんでした。

 

それまでのライフスタイルも知らないし、

好物も知らないし、食べ物ひとつですが

色々と気を遣う場面が多くありました。

 

産後ケア施設や2人目の出産病院での経験を

踏まえて分かったことが

 

バランスの良い食事が日替わりで

決まっている(=考えなくていい)

すばらしさ。

 

しかも事前に一覧で分かっていることで

「あ、水曜日のランチはオムライスだ♪楽しみ~」

と未来思考にもなれましたキラキラ

 

これって産後だけでなく、

日頃の生活にも言えることで

イチロー選手の毎朝カレーや、

故ジョブズ氏の毎日黒Tシャツは

少し味気なくもほんとに理にかなった

生き方なんだな~と上差し

 

毎日毎日だと、考える方も問われる方も

地味に思考力を要求されます。

 

食事メニューは軽くルーティンにしておいたり、

3択くらいからの選択式にしておくと

脳の容量の圧迫しないで大切なエネルギーを

他に費やせるかな~と思いました。

 

話は戻って義母との生活は

休めたようであまり休めませんでしたが

『自分も地方から出てきたから○○ちゃんの気持ちがわかる。』

『私は自分の娘だと思って接するからね。』

と仰ってくれたこと、とてもありがたかったですハート

 

大学時代に出会った夫の幼少期の話や

義母の出産の思い出など、

他愛無い話もできたことは

なかなか貴重な良き時間だったのかなと思います。

 

それでは次回やっとこ産後ケア編に入ります右矢印

 

 

 

地元が遠方かつ実母も療養中で頼れないため、

退院後に産後ケアを利用する予定でいました。

 

今回はその退院日のお話です。

 

産後ケアも私の母の代、

なんなら義姉の代では一般的でなかったようですが

令和の昨今は利用できる施設/自治体が増えているように思いますニヤリ

 

帰宅後にサポートを得るのが難しい方、

少しでも気を遣ってしまうような、

小心者の私のような方は

絶対絶対絶対に利用したほうがいいと思います!

お金払ってサービスとして受け取ってしまった方が

私は断然ストレスフリーでした。

産後ケアで美味しいご飯ナイフとフォークを食べたことで

暗黒面からの脱却の兆しも見えてきますキラキラ

 

コロナ禍につき聞いていたよりも数日短く、

手術後5日目に退院しました。

身体もまだ不調ですが、

それ以上にメンタルが不調なので

痛みはさほど感じないというか、

正直あまり記憶にございません。笑

 

出産前に自宅近くの産後ケア施設を見学しており、

可能であれば退院後その足で

お世話になりたいと思っていました。

しかしながら土地柄か、コロナの影響なのか、

満室で空き待ち!…地方出身者蠢くTOKYOらしいぜドクロ


ということで1週間自宅で過ごしてからの

助成のある1週間Maxでの利用としました。

 

夫の両親も車で1時間ほどの距離がありましたが

退院日に来てくれ、荷物の運搬をしてくれたり、

ランチもお弁当を用意したりしてくれていました。

素晴らしい、シゴデキな義母です。

(母が療養中の為、我が実家は生後2か月の頃に来ました花

 

この日に夫が役所関係の手続きを

済ませる手筈でしたが

平日でもかなり待たされるようで…

義父母と新生児と過ごす数時間…

 

うーん、自分の自宅なのに

正直全然心が休まりませんでしたね。

 

自宅も自分の体と同じく、

見かけが同じでも自分の全然知らないものに

いつの間にか変わってしまったみたいで

こんな些細なことも

心をグラグラさせる一因となりました。

 

退院後のお昼ご飯のこともまで気が回せてなくて…

有難かったですが、

この日に限っては久しぶりの娑婆だったので

食べたいものを食べたかったかも笑

マックハンバーガーとスイーツカップケーキとか。…出所帰りか笑

 

退院後最初のごはんは

先に決めておくといいかもですひらめき電球



 

※というわけで産後、メンタル不調により病院では良からぬことばかり考えていました。

※前回に引き続き内容暗めです。

 

自分でも前の自分とは何かが違うな~

という自覚があったけど

病棟の看護師さん・助産師さんからは

特にフォローなどはなかったです。

 

書いてあることをただ読み上げるだけの

退院指導をする若い助産師さん?は

まあ出産経験はないだろうな~という感じの方で

不眠だったのに指導中珍しく

うとうとさせてくれました・・笑

人前ではなぜか"無"な感じで

この頃は涙も出ませんでした。

人って本当にしんどい状態にあるときは

泣けないものかもしれませんねうさぎクッキー

 

そして一番許せないのはレジデントさん。

そういえば痛~いラミナリア挿入と

術後のばっこう

(傷口をホチキスで処置した際のホチキス外し)

を担当されたのがあなたでしたけど。

戻ってきた母子手帳の医師欄の見慣れない名前…

そのレジデントさんとのこと。

手術中の記憶ではずっと検診を担当してくれていた

女の先生が執刀してくれたし、術中も声かけてくれましたけど…?

あなたお呼びではないですけど…?


まあ中核病院なのでレジデントの育成も

大変大切なことはわかってるつもりですが

あなたの実績にカウントされたくないですけど…?

看護師さんに聞いたら

「僕書いておきますよ~」と仰ったそう。

何で勝手に書くのかな?

まあ事前に希望は出してないですけど…。

私はあなたのモルモットじゃないんですけど…?

と今でも若干怒りが沸いてきます。

 

ということを一番親身になってくれた、

沐浴を担当してくれた助産師さんに軽く愚痴ったら

希望どおり転院後ずっと見てくれていた

先生のお名前も貰ってきてくださいました。

 

こういうことって些細なことだけど

産後の激弱メンタルにはどっちでも良くね?

じゃ済まなかったな…。

一事が万事。

即闇落ち案件です。

 

帝王切開だったのですが緊急搬送などもなく、

母子ともに無事だったので、

そのことには感謝しますが

この病院は提供医療としては

十分素晴らしかったかもしれないけど

病院のせいじゃなくってコロナのせいも

多分にあるかもしれないけれど…

私の1人目の出産体験は

こんな感じで苦い思い出になりましたコーヒー

※内容暗めです。

    

仕事柄ネットで情報収集も多く、

育児関連もわからないことは

一度ネット検索がデフォになってました。

そんな私のようなプレママさん・

新米ママさん多いと思います。

心身疲れるので程々になさってくださいあせる

 

帝王切開だったこともあり、

最初は母乳の出が悪かったです。

(帝王切開でも出やすい方もいるかと思います。ただ手術直後は母体回復優先で頻回授乳などしないので経腟分娩の方に比べるとスタートダッシュは遅くなる傾向にあると思います。)

 

まあ今後も混合でいいかな~と思いつつ、

完母 メリットサーチ

完ミ デメリットサーチ

混合 やり方サーチ

混合 デメリットサーチ

などひたすら答えのない、

当ての無い旅(検索)が続きます。

(混合でやってきた私なりの答えはまた別の機会に。)

 

そんな感じで過ごしているので

当然睡眠不足に魂が抜ける

 

  睡眠不足とメンタル不調の関係

国立精神・神経医療研究センターの三島先生・元村先生らの研究によると1日に4時間半ほどしか眠らない睡眠不足が5日間続くと、うつ病や統合失調症などに似た脳機能の変化が見られ、不安や混乱、抑うつ傾向が強まるそうです。詳しくはこちら

 

新生児ママだと4時間半切ってること

全然あるんじゃないかな?

少なくとも私は寝つきが良くないこともあって

小間切れをかき集めても

3時間半程度になってしまっていたと思います。

 

睡眠不足⇒メンタル不調⇒睡眠不足の見事な悪循環。

 

食事も病院食って感じで美味しくないし

薄味だからなのか、メンタル不調だからなのか

味がしなくて結構残してました…。

 

数値は妊娠糖尿病も

治っている(むしろ低血糖)ので

赤ちゃんのためにも食べるべきだったのですが…

それもわかっていたのですが…

無理なものは無理絶望NG

(食べること、食べたいと思うことの重要さ、2人目出産でより感じました。)

 

暗黒面のさらに深淵に至ってくると

なんで皆経腟分娩できてるのに

帝王切開になってしまったんだろう~

(帝王切開のママさんは5人に1人ですが

 その1人の方にいることに当時は疎外感満載でした。)

 

なんで妊娠糖尿病になってしまったんだろう~

なんで1人目の子に先天疾患があるんだろう~

なんで抱っこも授乳もうまくいかないんだろう~


母親向いてなかったんだな~

どこから間違ってたんだろう~

なんでこんなところにいるんだろう~

…そんなこともよく考えてました。

 

母親 向いてない虫めがねとかも検索する始末…笑

 

たまたま窓から川が見える病室だったので

今飛び込んだらどうなるかな~

子ども残していったら夫が困るかな~?

子ども連れてっても困るよな~

どっちも困るだろうからやっぱやめとくか~と

本当に軽い気持ちで思ったりしてました。

 

唯一の救いは夫の持ち前のメンタルタフネスで

夫こそ赤ちゃんに会えていない分、

私以上に不安感などもあったはずなのに

LINEは普段通りか、普段よりも優しい言葉をかけてくれました。

 

今もそのことはとても感謝しています。

ありがとう。

あなたに出会えてよかったと心から思えたことも

第1子の子が我々のところに来てくれたおかげです。

第1子、きみは本当に愛の権化だよ~。

 

しかしながらもう少しこの暗黒面を彷徨います。右矢印

 

 

 

 

 

促進剤が効かないので

緊急帝王切開になった私の初出産NEW

手術室~産後の病室編です。

 

手術室に入る前、

コンタクトレンズを外すように言われたので

0.1の視界では正直ぼやっとしか見えてません凝視

鮮明に見えていたら緊張したかもしれないので

ぼやっと見える程度でちょうどよかったかも口笛

 

目と口と多分眼鏡メガネがある麻酔科医の先生が

『背中から腰までが丸くなるように~』

『背中動かさないで~』とかなんとか

仰るとおりにします。

麻酔は変なところに入ると効きが悪かったり

予後に障るので。

私は麻酔自体はちくっと

予防接種レベルの痛みレベル、

少しピリッとした後に

冷たい水が体に流れる感じがしましたダウン

 

そして何か保冷剤雪の結晶のようなものを体に当てながら

『ここは冷たいですか?ここはどうですか?』

と麻酔の効いている部分を確認されました。

(2人目の時はこの確認はなかったので病院によるかと)

 

そして麻酔が効くと下半身の感覚は無くなり、

力を入れても足が持ち上がらず不思議な感覚…。

私はなんだか結構好きな感覚笑

麻酔上手な先生にあたったのか、

麻酔と身体の相性がいいのか

麻酔注射が痛いということはなかったのは

幸いなことでした。

 

お若い感じの先生でしたが、

大きな病院なので麻酔科医師は

出産以外で麻酔をするケースが圧倒的に多く、

看護師さん曰く、この仕事(出産に伴う麻酔)

一番楽しみキラキラと態度に出しませんが

とても張り切っていたとのこと。

母子手帳などには当然名前の載らない先生ですが

私にとっては人生の中でも重要人物のひとり…カギ

(一生会わないだろうけど)幸せでいてほしいなと思いますお願いラブラブ

 

麻酔がかかった後、オペは衝立てで見えません。

お腹がゴム風船ふんわり風船ハートになったかの様な感じで

でもぐいぐいと押される感触だけが伝わります。

後期から臨月にはなんだかんだありましたが

手術はすぐに終わって産声が聞こえたときは

終わりと始まりに自然と涙が出ました泣き笑い

 

確かこちらの病院では

ストレッチャーで病室まで行ったような…

麻酔の影響でおぼろげな記憶になっていますが

その後眠れるお薬を入れてもらった気がします。

 

この昏睡前後で先天性疾患があることを

伝えられました。(命に別状はないやつです)

 

この時は出産の疲れや痛みが先行して

思考力は低く、夫とのLINEのやり取りも

なんだか冷静な内容に見えますが、

深夜にひとりほの暗く静かな病室にいると

「なんで?なんで?何がいけなかった?」

「妊娠糖尿病のせい?でも糖尿病で何もない人もいるよね?」

「陽性判定までにワインとか飲んでたっけ?」

「歯医者?局所麻酔?ストレスなら通勤のせい?」

「日頃の行いが悪かった?神様が見てた?」

と考えても仕方のないことをぐるぐると考えてしまう…。

 

遺伝性でないとのことですが、

結構レアケースで出産前は知らない疾患でした。

同じお子さんをお持ちの方のブログや

医療情報にたどり着いては読み漁り、

この日を境に夜な夜な検索魔お化けに

メタモルフォーゼしました…ニコニコ

 

産後の疲れた心身に

さらに追い打ちをかける要因は他にも…

コロナ禍なので

ほかに妊産婦さんもいない

(お向かいさんもちょうど退院)

家族の面会も謝絶、助産師さんも授乳の時にちらっとお話する程度

子育て新入生なのに誰にも何も聞けない状況…。

 

抱き方はこれでいいのか、とか

何で泣いているのか、とか

些細なことを相談したいけど周囲に人がいません。(今思えば感染対策)

 

私も放置されがちだし、

母子別室のため新生児室にいる我が子も

授乳の時間以外なにしてるのかな?と

見に行ってみると

同じく放置されていたりで孤独感が募る…真顔

これなら部屋に連れて帰りたいのだけど…

と思い申し出ましたが

私以外は誰もいないけど

個室ではないのでそれはできないそう…

 

なんだかな~

特に何か素敵な何かを

期待してたわけでないと思いながらも

コウノドリとか、透明なゆりかごとか

ムーちゃんと手をつないでとかも

よく読んでいたけれど…

 

スピード安産とか、キラキラハッピーな育児とか

どこかで自分にも漏れなく訪れるもの

と思っていたかもしれません…。

 

なんだか思ってたのと違ったな…と思い始めると

あれもこれもともう止まらない新幹線後ろ新幹線真ん中新幹線前

こうして1度目の暗黒面堕ちです照れ

 

次回からは暗めの内容になりそうです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※ラミナリアについて多少気分が悪くなる表現があるので

 苦手な方・体調が優れない方はスキップしてください。

 

今回は出産前日~出産直前までのことです。

促進剤予防接種のことなどを書いていきます。

 

入院自体にあまり慣れていませんでしたが

まあ医療系ドラマでよく見る感じの光景病院

4人部屋の私は窓際で(今思えばコロナ対策で)

先客は正面に1名のみ、

帝王切開をされて、3日後に

退院予定の経産婦ママさんニコニコがいるのみで

出張気分で過ごしていました。

何なら家で観ようと思っていた映画を

スマホで1本観ているくらいの

心理的な余裕がありました。

 

あ、でもあれがとてもつらかった~

先兵、ラミナリア!やしの木

昆布の茎を原材料とする医療器具です。

それを確か3本ほど入れてもらいました。

少しすると水分を吸収して

膨張する(=子宮口を広げるお手伝いをする)

やつで入れるときは例えようのない痛みと

気持ち悪さ…真顔

 

近い感覚だと喉にナイフナイフを突っ込まれて

どこにも触れずに飲み込んでいくような…よだれ

反対の感じもあって、口から手を入れてパー

無理くり胃を引っぱりだそうとするような…オエー

 

でも赤ちゃんが出てくるときは

もっと痛いんだろうなと思い冷静に我慢…。

で、翌日ラミナリアは抜いて

バルーンふんわり風船ハートもした気がするけど

なんかその辺はもう覚えていたくないので

記憶デリート。笑

 

こんなことしてまで

産みたくないよ~ネガティブ

普通の妊婦さんなら

妊娠期間に何度かは絶対思うことと思います。

比較的トラブル少なく(後期まではね…

過ごせた私ですらも

好きな食べ物チーズ・飲み物コーヒーを我慢する

プチストレスに始まって

それまで健康体だった(と思ってた)のに

いつ終わるとも知れない

吐き気・むくみ・不眠・

重くなってく体を支える辛さ…

波状攻撃波

(不妊治療や切迫入院などもあったらもっとそう思ったことと思います…。)

 

それでももうすぐ終わる、

ゴールサッカーはすぐそこ!と

気持ちを取り直して促進剤点滴をしました。

私の場合は明け方と言うか

深夜過ぎかなという時間に開始。

帝王切開に切り替える可能性もあるため、

夕食の後絶食していたので

空腹が記憶の一部として残っています。

 

よくあるおすすめスナック(ゼリーやチョコ)

持ってきたけど出番がありませんでしたキョロキョロキョロキョロ

まあ持ってきてさほど

損したということもなかったですが。

ただ退院時、また持って帰るとなったとき

少し切ない気持ちになったのはなぜなのか…。

 

促進剤を入れている間ですが、

ベッドに横たわり延々とNSTを眺め続けるのみ…

そこは多少スマホを見ていいとのことで

夫とLNEも少ししてました。

1~2日目の生理痛のような耐えられる痛みは

あるものの、

待てど暮らせど陣痛が来ない。

閑古鳥。

 

私の状態にはそれが最適だったのか、

その病院の方針か、

はたまたその日が土曜日だったのもあってか、

緊急でないゆる~い雰囲気の中、

「帝王切開にしましょうか~」ということで

帝王切開にすることに。

 

元々促進剤の同意書にて

帝王切開は織り込み済みだし、

妹は帝王切開ベビーなので、自然分娩に

強くこだわってたわけではなかったので了承。

ふつーに麻酔科の先生のお話を聞いて

手術の同意書も自分で書いて

ふつーに自分の足で歩いて手術室に行きました。笑

 

余談ですが、生後1か月か2か月かの

まだ産後うつから脱してない時期に、

医師同士でやり取りする書類で

ふと【異常分娩】との文字が見え、

「異常だったのか…誰も説明してくれなかったけど何が?」

とこれまたブルーというか

ブラックに足を突っ込みましたが、

よくよく調べると帝王切開や吸引や早産など

正常分娩(37週~41週の間に医学的な処置なく産後も母児とも健康な経腟分娩)

以外の総称のようで、異常と言いつつ、

異常分娩も結構一般的なんじゃないかなと

今では思います。

 

なお、最近普及してきた無痛(和痛)分娩は

どちらにあたるのでしょうか?異常分娩?

それとも正常分娩/異常分娩/無痛分娩という

第3のカテゴリ?

調べてもわからなかったので詳しい方、

気が向いたら教えてください~お願い

 

これがふつーの出産なのか、そうでないのか

その時も今もわかりませんが

まあ、ないことはない、

よくある話なのだと思います。

 

帝王切開から術後に続きます。

 

 

Pick Item

帝王切開の方におススメの出産グッズ飛び出すハート

 

↓傷が痛みにくく、出産後毎日使っていました!


遂に本題、妊娠・出産編ハート

 

子育てブログなので妊娠・出産については

少し詳しく残しておきたいと思います。

 

<概要>

1人目:2022年コロナ禍に大きめの病院にて

     男の子出産(促進剤→緊急帝王切開)

     40週、3,000g台、

           妊娠糖尿病発覚で後期に転院を経験。

 

2人目:2024年に私設の産院で

           男の子出産(計画帝王切開)

     38週、2,600g台、

           まさかの妊娠糖尿病を回避。

           直前に手術日を1週間前倒しに。

     

まず1人目のときですが…

診断はおりてませんが

色々な理由があってほぼ産後うつでしたね照れ

病名こそ貰ってませんが

出産病院で1か月検診のときに

ソーシャルワーカー(SW)さんを

紹介されるほどには病んでいた真顔

SW面談は全っ然ひとかけらも

役に立たなかったけどな!笑(詳しくは後述)

 

  妊娠糖尿病について

妊娠中に初めて発見・発症した糖尿病までいかない糖代謝異常のこと。(gestational diabetes melitus:GDM)

 

私が診断されたのは妊娠7か月、

出産まであと100日キラキラみたいな頃でした。

まず8人に1人と珍しくない

妊娠糖尿病の発症ですが

8人に1人の方に入ってしまった…

と地味に落ち込みました絶望

私の母方が糖尿家系なので因子を持っていて

何ら不思議ではなかったのですが。

(糖尿病という言い方も自己管理が悪いみたいで

 引け目を感じるので妊娠糖代謝異常とか

 名前変えてくんないかな、お願いエライ人達笑

 

幸いにも軽い方だったので

食事内容・食べ方に気を付けて

血糖値の管理だけで済む程度。

(今後余裕があれば食事内容なども書こうかな)

でも内分泌内科にかかる必要があり、

産院には内科がないため産科も併設された

近隣の中核病院への転院を提案されましたパー

 

産休間近でどうせ内科にも

通わないといけないのなら、と

家から歩いて行けた個人病院病院から

バスバスで5分くらいの地域中核病院ビル

へ転院することに。

予定していた産院は食事など魅力でしたが、

ざっくり(あっさり?)解説の男の先生が産科、

その奥様が婦人科、

手術の先生は非常勤みたいな小規模な病院で

出産が近づくにつれて

うっすら気乗りしない感もありました。

※検診だけなら悪くない病院でした。待合には小さなキッズスペースもあり、待ち時間も短めで昼休憩の時間にさくっと行けたほどでした。保健師訪問で居住区は高齢出産も多いと聴いていましたがそちらの病院はお若いプレママさんが多く、今思うとノーリスクな優良合格妊婦さん向けかなと思いました。

 

この転院の判断は

おやすみのことを思えば

思いっきり正しかったし

一方で産後のメンタルにおいては

負の影響を及ぼしましたドクロ

 

転院先の大きな病院では

さっぱりした女の先生を指名していて

大病院特有の待ち時間に

辟易しながらも通うのも慣れた頃。

40週突入。


予定日を超過し、

せっかちな私にとっては終わりの見えない状況に

人知れず焦りが生じ始めたころの検診で、

来週月曜日から入院して

促進剤使っていきましょうか~

といった話をしていた中、

先生から気になる発言が…。

『羊水の量が減ってきているね』と。

(え、それってどうなる…?と急に不安に。今思うと減るのはままあること)

 

それがどの程度赤ちゃんに影響があるのか

分からない上、その頃はコロナ禍で

どこも病院は病床確保が難しい、

もしコロナになるとその病院では

受け入れられない可能性も…

なんて言われていたので

その日は夫が在宅だったこともあって

急遽当日中に入院することにしましたうさぎクッキー

 

1人目と2人目で違うこと

振り返ってみると、1人目の時は仕事量も多く、

夕食の時間も23時頃になることもあり、

コロナもあっておうちごはんが唯一の楽しみラブラブ

なDINKsらしく、

週末はファッティなつまみピザステーキチーズチョコレート

と一緒にワインシャンパンを浴びる日々…

で体内は不純物だらけに違いなかった汗

 

一転して2人目の時は上の子と

できるだけ同じものを食べたいので

パルシステムの薄味のものを摂取することが多く、

学生時代ほどでないにしろ

20代くらいの体重に減っていて

それ以上に数値にあまり現れない部分で

身体か健全になっていた気がします。


余談ですが夫の方は数値にも大幅な改善が見られ、久々に会う方には漏れなく「痩せたね~」と言われるようになりました。(それでもBMIやや肥満ですが。)

 

Pick Item

糖を気にしつつ、ちゃんと美味しいモノが食べたい!

 

 

↑の低糖質ギフトは糖尿病持ちの義母にも好評でしたラブラブ

 

 

↓チーズケーキならタンパク質も摂れる…!ケーキ屋さんクオリティキラキラ

 

↓デイリーユースなら…

 

 

もしも妊娠糖尿病になっていなかったら…

こんなに食事や栄養に関心を持たず、

子どもも私ももっと不健康だったかもしれません。

結果論ですが、私は妊娠糖尿病になったことも

私には必要なことだったと思っています。

(ならないに越したことはないですが…あせる

 

外部環境としても、妊娠中も疲れを感じたら

すぐに休める環境で圧倒的運動不足でした…。

1人目はゆっくりさんだな~と思いましたが

お前がゆっくりさんだよ!と

今となっては思いますてへぺろ

 

もし早く出て来て欲しい場合は

たくさん動くのがいいと言われますよね。


2人目は保育園に自転車🚲で送迎あり、

家の中でも追っかけまわして抱っこして

自分の思いのままに休むことはできず、

結果お腹が張りが強く39週まで持たず、

急遽38週のうちに出産に至りました。


※通常計画出産で38週は適切な時期で可能なら39週に、という程度の希望だったのでそこは戸惑わずまあ仕方ないね~という感じでした。

 

結構長くなってしまいましたね、

いったん休憩~コーヒー次回に続きます。右矢印