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最近目にした情報で、具体的数字の根拠が出ていなかったので少し大げさであるかもしれませんが、若い女性の5パーセントに相当する20人に1人が、不況を反映して風俗店に務めているか務めた経験があるそうです。
これは札幌だけの話ではなく、全国的な数字だそうで、若年層の新卒に近い女性の場合、特に男性に比べて求人が少なく、職務経験が少ないだけに若い人の方が求人があっても不利になるケースが多いため、切羽詰って業界入りする女性も増えているそうです。さらに、どこの街でも浄化運動の名のもとに店舗型風俗を廃業に追いやった結果、無店舗型のデリバリーサービスと呼ばれるような風俗店(海外で云うところのコールガール)が急増し、店舗型に比べ親や知人にばれるリスクが少ないことも手伝いこのような傾向を生み出しているそうだ。
さらに、国内五千数百社を対象に労働者の労働状況を調査した結果、四千社を超える八十二パーセント強の企業が不当な超過勤務を強要したり、時間外賃金や手当などの未払い、不支給が相次いでいるという。調査した対象企業の八割以上がブラック企業だったというのだ。ユニクロなどの特定企業ばかりがブラック企業として取り沙汰されてきたが、世の八割の企業がブラック化してしまっているのだ。
マスコミは景気は「気」だ。アベノミクスの円安、株価高は、輸出産業を活況化するのに貢献している。金融緩和政策はデフレ脱却に向かって効果を上げている。云々とアベノミクスに対して好意的にエールを贈っているが、庶民はデフレ脱却以前に訪れた増税などによるインフレ恐怖で、ますます財布の紐を固くしている。失望感や先行きへの不安感は中高年だけでなく若者からも夢や希望を奪っている。結局二代目のバカ殿様に政治を任せるくらいの見識しかない我々国民が自らの責めを負うのは仕方がないとして諦めることしか残されていないのだろうか。
だとしても、未来を担う若者たちにこんなにも理不尽であってよいのだろうか。
これは札幌だけの話ではなく、全国的な数字だそうで、若年層の新卒に近い女性の場合、特に男性に比べて求人が少なく、職務経験が少ないだけに若い人の方が求人があっても不利になるケースが多いため、切羽詰って業界入りする女性も増えているそうです。さらに、どこの街でも浄化運動の名のもとに店舗型風俗を廃業に追いやった結果、無店舗型のデリバリーサービスと呼ばれるような風俗店(海外で云うところのコールガール)が急増し、店舗型に比べ親や知人にばれるリスクが少ないことも手伝いこのような傾向を生み出しているそうだ。
さらに、国内五千数百社を対象に労働者の労働状況を調査した結果、四千社を超える八十二パーセント強の企業が不当な超過勤務を強要したり、時間外賃金や手当などの未払い、不支給が相次いでいるという。調査した対象企業の八割以上がブラック企業だったというのだ。ユニクロなどの特定企業ばかりがブラック企業として取り沙汰されてきたが、世の八割の企業がブラック化してしまっているのだ。
マスコミは景気は「気」だ。アベノミクスの円安、株価高は、輸出産業を活況化するのに貢献している。金融緩和政策はデフレ脱却に向かって効果を上げている。云々とアベノミクスに対して好意的にエールを贈っているが、庶民はデフレ脱却以前に訪れた増税などによるインフレ恐怖で、ますます財布の紐を固くしている。失望感や先行きへの不安感は中高年だけでなく若者からも夢や希望を奪っている。結局二代目のバカ殿様に政治を任せるくらいの見識しかない我々国民が自らの責めを負うのは仕方がないとして諦めることしか残されていないのだろうか。
だとしても、未来を担う若者たちにこんなにも理不尽であってよいのだろうか。
日常食として愛されているカレーライス。日本には最初イギリスの料理として船乗り、特に海軍関係者から伝わった。
カレーがインド料理ではなくイギリスの料理として伝わったのは、明治維新以来、欧米に学べと多くの技術を習得するため、留学生が欧米列強諸国へ派遣されたことにある。中でも、島国の防衛には海軍力の充実が必要だった。航海術に関しては、幕末に既に伝わっていたが、国家が海軍を持つにはまだまだ学ぶことが多かった。こんなことは既に中学校で十分学んだろうが、イギリスという国は、料理という点では世界で最も創造性の欠ける国で、美食とは縁遠い国だった。
イギリスを代表する料理と言えば、フィツシュ・アンド・チップスかローストビーフ、コンビーフくらいで、料理と呼ぶにはお粗末なものばかりだ。隣国のフランスがイタリアからの影響を受けて、フランス料理という食文化を発展させたのに対し、世界の覇者であるイギリスは食文化では、自国の植民地であったインドにも中国にも遠く及ばなかった。
これは現在でもそうだが、イギリスで「美味いものが喰いたい」と、ホテルのボーイに相談すると、イギリスの伝統料理ではなくインド料理店を紹介されることが多い。私がアジア人であるからかもしれないが、実際、タラやニシンの燻製みたいな料理以外でろくな料理を出された記憶がないから、必然、インド料理か中華料理を食べることになる。
ランチ時にはイギリス人の会社員同士でそれぞれ1品カレーを頼み、シアして食べている光景などがよく見受けられた。イギリス人に好まれたのは、北インド風のルーカレーをイギリス風に洗練させたもので、南インドやスリランカ風のスープカレーはあまり見かけなかった。カレーはイギリス人にとっても馴染みの日常食となっていた。
推論するとおそらくは、明治の日本人留学生もこのルーカレーを食し、そのレシピを持ち帰り、海軍に伝わったのが横須賀カレーのルーツなのであろうが、今ではおふくろの味が「我が家のカレー」という人も少なくないほど、日本でもポピュラーな料理となっている。
既にブームは過ぎ去り、大分淘汰が進みましたが、北海道でのカレー人気は根強いものがあり、主流はやはりスープカレーです。「カレーは飲み物だ」といった大食いさんがいるそうですが、スープカレーは具が大きいので、飲むのは本当にスープの部分だけになってしまいます(笑)。
スープカレーには主に三つの流れがあり、一つはスリランカカレーをベースにしてもの、二つ目はインドネシア風カレー、三つ目はラーメンのスープ作りの過程から派生したといわれるもの。その他にタイ風のカレーも存在するのですが、本州ほどタイ料理店の人気が高いわけではなくスープカレーには分類されず、エスニック料理の範疇にカテゴライズされています。また、ブームが下火になるにつれて三番目のラーメンのスープ作りから派生したようなカレーは淘汰され、今ではほとんど見られなくなってしまいました。ですから、今ではスープカレーというと、スリランカかインドネシアのカレーをアレンジしたものを指します。
二つのカレーの共通点は、チキンを入れる場合、チキンレッグを煮込むにしろローストするにしろ一本のままでスープにはいること。骨の処理を嫌って胸肉を使うところでも切らずに半身をそのままスープに加えます。スプーンでみがほぐれるくらいに鶏肉は調理されているのです。豚肉の場合は、角煮にするかスペアリブ、ベーコン、ソーセージなどのかたちで供されますが、これも塊で加えられます。ビーフステーキやとんかつなどはライスと合わせて別盛りにされる場合が多いようです。野菜も大きさにもよりますが丸ごと加えられることが多く、ジャガイモ、玉ねぎ、ニンジン、などもゴロゴロした状態で加えられます。さらに、キノコ類やトウモロコシ、オクラ、トマト、アスパラ、ナス、カボチャなどなどが季節に応じて加えられます。
二つのカレーの相違点は、スリランカ風カレーはスパイスの調合の妙にあります。これに対して、インドネシア風カレーはスパイスよりもどちらかというとハーブの調合とバランスで、独特の味や風味を出しています。どちらも甲乙つけがたい味わいがあり、ファンも多く、ハマると病みつきになります。
スリランカ風カレーはカレーブームになる以前からインド風カレーでは胸やけがすると敬遠する人でも毎日食べられるカレーということでコアなファンが通う店が市内に数店あったようです。その中でも古株が、「サボイ」という店で、以前は札幌南高校や静修高校の近くにあったのが、現在では電車通りに面した東急ハンズの近くのビル地下に引っ越したそうですが、ファンの多い名店の一つです。個人的には野菜カレーがおススメ。
インドネシア風カレーの元祖は、東京の下北沢に支店があるのでご存知な方も多い「マジックスパイス」です。スープカレーブームの火付け役のお店でもあります。ほかにも有名店はあるのですが、結局マジスパで修行したり影響を受けて店を開いた人が殆どで、オリジナルという点ではどこも一歩譲らざるを得ません。初期に比べ味は落ちたとはいえ休日ともなるとまだまだたくさんの人で賑わいます。マジスパの凋落が今のスープカレーブームの沈静化と同一なのはそれだけ牽引役としての影響力が高かった証にも思えます。
今では家庭用のスープカレーの元なども販売されているので、家庭でも楽しむことができますが、ちょっと前まではスープカレーはお出かけで食べる外食のカレー、ルーカレーは家庭のカレーという暗黙の区別があったようで、スープカレーのブームは札幌近郊に限定され、地方には数えるほどの店舗しかスープカレーの店はありませんでした。ですから、北海道の・・・というよりは札幌のスープカレーと本当は限定的な話で、町興しでご当地カレーなどがありますが殆どルーカレーです。やはりスパイスの入手や調合などオリジナルレシピを作るような環境が札幌以外の地方都市には難しいようです。
豚丼で有名な帯広には、地域限定のルーカレーのチェーン店があるそうで、近所の人が大鍋を持って五人前とか十人前とか求めていくほど美味しいそうです。残念なことに私は、日高山脈以東へ足を踏み入れたことがないので噂の範疇を超えません。(インデアンというカレーショップだそうです)
個人的にはカレーは辛くないと美味しくないという思い込みがあり、子供が食べるようなマイルドなカレーなどこれまで拒否してきたのですが、最近、辛くないカレーが食べられるようになりました(笑)。
札幌市内のお店で、地下鉄南北線札幌駅の改札をでると、地下歩行空間の長い通路が見えるのですが、札幌国際ビルへ向かい地下1階のカリーハウス「コロンボ」が目指すお店だ。ここのカレーは色は確かにカレーの色なのだが食べるとトマトの酸味が口一杯に広がり野菜のうまさの後にすこしだけスパイスの風味が漂う。スープのようにシャバシャバでコメによくからむ。辛くはないが旨みは強く、小麦粉などを使っていないせいか沢山食べても胸焼けしない。特におすすめはカツカレー(800円)で、カツの柔らかさと衣のサクサク感がカレーとよく合う一品だ。
札幌駅周辺で食べるものに迷ったときはこの店を選ぶことにしている。
あなたの街や地域の自慢のカレーはどんなカレーですか??
カレーがインド料理ではなくイギリスの料理として伝わったのは、明治維新以来、欧米に学べと多くの技術を習得するため、留学生が欧米列強諸国へ派遣されたことにある。中でも、島国の防衛には海軍力の充実が必要だった。航海術に関しては、幕末に既に伝わっていたが、国家が海軍を持つにはまだまだ学ぶことが多かった。こんなことは既に中学校で十分学んだろうが、イギリスという国は、料理という点では世界で最も創造性の欠ける国で、美食とは縁遠い国だった。
イギリスを代表する料理と言えば、フィツシュ・アンド・チップスかローストビーフ、コンビーフくらいで、料理と呼ぶにはお粗末なものばかりだ。隣国のフランスがイタリアからの影響を受けて、フランス料理という食文化を発展させたのに対し、世界の覇者であるイギリスは食文化では、自国の植民地であったインドにも中国にも遠く及ばなかった。
これは現在でもそうだが、イギリスで「美味いものが喰いたい」と、ホテルのボーイに相談すると、イギリスの伝統料理ではなくインド料理店を紹介されることが多い。私がアジア人であるからかもしれないが、実際、タラやニシンの燻製みたいな料理以外でろくな料理を出された記憶がないから、必然、インド料理か中華料理を食べることになる。
ランチ時にはイギリス人の会社員同士でそれぞれ1品カレーを頼み、シアして食べている光景などがよく見受けられた。イギリス人に好まれたのは、北インド風のルーカレーをイギリス風に洗練させたもので、南インドやスリランカ風のスープカレーはあまり見かけなかった。カレーはイギリス人にとっても馴染みの日常食となっていた。
推論するとおそらくは、明治の日本人留学生もこのルーカレーを食し、そのレシピを持ち帰り、海軍に伝わったのが横須賀カレーのルーツなのであろうが、今ではおふくろの味が「我が家のカレー」という人も少なくないほど、日本でもポピュラーな料理となっている。
既にブームは過ぎ去り、大分淘汰が進みましたが、北海道でのカレー人気は根強いものがあり、主流はやはりスープカレーです。「カレーは飲み物だ」といった大食いさんがいるそうですが、スープカレーは具が大きいので、飲むのは本当にスープの部分だけになってしまいます(笑)。
スープカレーには主に三つの流れがあり、一つはスリランカカレーをベースにしてもの、二つ目はインドネシア風カレー、三つ目はラーメンのスープ作りの過程から派生したといわれるもの。その他にタイ風のカレーも存在するのですが、本州ほどタイ料理店の人気が高いわけではなくスープカレーには分類されず、エスニック料理の範疇にカテゴライズされています。また、ブームが下火になるにつれて三番目のラーメンのスープ作りから派生したようなカレーは淘汰され、今ではほとんど見られなくなってしまいました。ですから、今ではスープカレーというと、スリランカかインドネシアのカレーをアレンジしたものを指します。
二つのカレーの共通点は、チキンを入れる場合、チキンレッグを煮込むにしろローストするにしろ一本のままでスープにはいること。骨の処理を嫌って胸肉を使うところでも切らずに半身をそのままスープに加えます。スプーンでみがほぐれるくらいに鶏肉は調理されているのです。豚肉の場合は、角煮にするかスペアリブ、ベーコン、ソーセージなどのかたちで供されますが、これも塊で加えられます。ビーフステーキやとんかつなどはライスと合わせて別盛りにされる場合が多いようです。野菜も大きさにもよりますが丸ごと加えられることが多く、ジャガイモ、玉ねぎ、ニンジン、などもゴロゴロした状態で加えられます。さらに、キノコ類やトウモロコシ、オクラ、トマト、アスパラ、ナス、カボチャなどなどが季節に応じて加えられます。
二つのカレーの相違点は、スリランカ風カレーはスパイスの調合の妙にあります。これに対して、インドネシア風カレーはスパイスよりもどちらかというとハーブの調合とバランスで、独特の味や風味を出しています。どちらも甲乙つけがたい味わいがあり、ファンも多く、ハマると病みつきになります。
スリランカ風カレーはカレーブームになる以前からインド風カレーでは胸やけがすると敬遠する人でも毎日食べられるカレーということでコアなファンが通う店が市内に数店あったようです。その中でも古株が、「サボイ」という店で、以前は札幌南高校や静修高校の近くにあったのが、現在では電車通りに面した東急ハンズの近くのビル地下に引っ越したそうですが、ファンの多い名店の一つです。個人的には野菜カレーがおススメ。
インドネシア風カレーの元祖は、東京の下北沢に支店があるのでご存知な方も多い「マジックスパイス」です。スープカレーブームの火付け役のお店でもあります。ほかにも有名店はあるのですが、結局マジスパで修行したり影響を受けて店を開いた人が殆どで、オリジナルという点ではどこも一歩譲らざるを得ません。初期に比べ味は落ちたとはいえ休日ともなるとまだまだたくさんの人で賑わいます。マジスパの凋落が今のスープカレーブームの沈静化と同一なのはそれだけ牽引役としての影響力が高かった証にも思えます。
今では家庭用のスープカレーの元なども販売されているので、家庭でも楽しむことができますが、ちょっと前まではスープカレーはお出かけで食べる外食のカレー、ルーカレーは家庭のカレーという暗黙の区別があったようで、スープカレーのブームは札幌近郊に限定され、地方には数えるほどの店舗しかスープカレーの店はありませんでした。ですから、北海道の・・・というよりは札幌のスープカレーと本当は限定的な話で、町興しでご当地カレーなどがありますが殆どルーカレーです。やはりスパイスの入手や調合などオリジナルレシピを作るような環境が札幌以外の地方都市には難しいようです。
豚丼で有名な帯広には、地域限定のルーカレーのチェーン店があるそうで、近所の人が大鍋を持って五人前とか十人前とか求めていくほど美味しいそうです。残念なことに私は、日高山脈以東へ足を踏み入れたことがないので噂の範疇を超えません。(インデアンというカレーショップだそうです)
個人的にはカレーは辛くないと美味しくないという思い込みがあり、子供が食べるようなマイルドなカレーなどこれまで拒否してきたのですが、最近、辛くないカレーが食べられるようになりました(笑)。
札幌市内のお店で、地下鉄南北線札幌駅の改札をでると、地下歩行空間の長い通路が見えるのですが、札幌国際ビルへ向かい地下1階のカリーハウス「コロンボ」が目指すお店だ。ここのカレーは色は確かにカレーの色なのだが食べるとトマトの酸味が口一杯に広がり野菜のうまさの後にすこしだけスパイスの風味が漂う。スープのようにシャバシャバでコメによくからむ。辛くはないが旨みは強く、小麦粉などを使っていないせいか沢山食べても胸焼けしない。特におすすめはカツカレー(800円)で、カツの柔らかさと衣のサクサク感がカレーとよく合う一品だ。
札幌駅周辺で食べるものに迷ったときはこの店を選ぶことにしている。
あなたの街や地域の自慢のカレーはどんなカレーですか??
ブログネタ:高級和牛とタラバガニ、もらってうれしいのはどっち? 参加中私は高級和牛派!
高級和牛とタラバガニもらうならどちら?北海道にいると何かの関係でカニは買ったり貰ったりできる。
でも、さすがに高級和牛を口にする機会は全くと言っていいほどないのだ。北海道は牛肉の産地でもあります。
牛肉の生産量は全国の確か16パーセントで日本一。
ですが、乳用種(ホルスタイン)のオスと、採乳のために乳用種のメスを妊娠させる必要から、黒毛和種の精子を人工授精して得られるF1と言われる疑似黒毛和種が殆どで、本当の意味での和牛というのは殆ど北海道では生産していません。北海道産黒毛和牛は安く店頭に売られていますが実は乳用種との混血です。
これは食肉偽装ではなく、ホルスタインより黒毛和種の方が牛としての体の大きさが小さいのです。ですから、採乳のために妊娠させ続ける必要のある乳用種のメスにとって妊娠、出産は体に大きな負担がかかるため、体の小さい黒毛和種を生ませることで妊娠を軽く済ませることができるようにということでこのような人工授精が多く行われています。
勿論、採乳用の牛も必要ですのでホルスタイン同士の人工授精も行われますが、メスばかりが生まれるわけではないので、オスは食肉用に回されます。
そのため、先にも話しましたが高級黒毛和牛のお肉など地元にないものはもらってうれしいものです。
ちなみに、最近ではスーパーなどでも購入できますが、アジの干物も北海道では到来物でありがたがられます。私より20歳くらい年上の世代の人はミカンも北海道では取れないため本州からの到来物として珍重した時代があったと話します。
何はともあれ、地元で取れないもの、生産していないものはありがたいものです。その意味では近い将来、タラバガニも珍重される時代が遠からず北海道にもやってきます。
近海もののタラバガニは既に殆ど取れていないのです。タラバガニの産地は稚内周辺なのですが、いま私たちが口にしているタラバの殆どもロシアからの輸入品か密輸品です。ロシアでは漁法が未発達で魚群探知機や海底を探査する機器などを漁民が購入することができるほど豊かではなく、漁業資源を保護育成する考えもなく、何よりロシアマフィアの重要な資金源なので乱獲により資源が枯渇するのは見えているのですが他国の支配地のことでどうすることもできません。
タラバガニに限らず北海道周辺の漁業資源は育てる漁業に転換しつつあります。ですが北朝鮮、韓国、中国の不法操業により、根こそぎ生態系を破壊するような状況ですから、先行きは決して明るくはありません。なんとか北海道の漁民の努力が報われることを願うばかりです。
あなたはどちらが嬉しいですか?
ブログネタ:家、あったかい? 参加中私は寒い派!
アベノミクスで景気が上向き…というなら兎も角、むしろ下降線の一途の北海道。
自動車産業や家電産業保護のために円安誘導を続ける負債は、寒冷地の北海道がすべて負わされている。
円安と世界的な原油価格の高騰で灯油の価格が18リットル入りのポリタン一つで安いスタンドでも1500円以上してしまう。10年前には500円くらいで購入できたものがなんと3倍以上に跳ね上がっているのだ。
私の子供のころ、北海道の冬は暖かいストーブだけがごちそうだった。
産炭地で育ったこともあり、どこの家でもストーブを赤々と焚き、裸でも過ごせるくらい部屋の中を暖かくして、ミカンやアイスクリームを食べる… 冬は子供にとって本当に幸せな季節だった。外がどんなに大雪が降り、氷点下の凍てつく寒さでも、家に帰ると30度近い常夏の暖かさに、ぬくぬくできたのだ。
ところが、最近の北海道でこのような風景は夢の景色で、高気密住宅で、外気が直接部屋に吹き込むことなどなくなったが、床暖房や全室に暖気を回すような大型の暖房装置はランニングコストが高いので、スポットごとに必要最小限の暖をとるスタイルに徐々に様変わりしている。
ガス、電気、灯油どれもが高騰しているため、どれを選ぶかでの差別化は少なくなって、北海道でもオール電化住宅が普及し始めてはいる。だが、こういった高機能住宅に住む人たちは、高額の暖房費の負担に
悲鳴を上げているのが実情で、暖房装置が給湯装置とリンクしていると片方だけを止めることもままならず、あきらめて高い金を払うか、止めてしまい銭湯通いに生活スタイルを変えるかなど笑えない話を耳にします。
私の家では灯油ボイラーによって湯を沸かし、それを全室の暖房として床や暖熱機から暖気を放出する方式の暖房でしたが、配管をすべて切って給湯以外にボイラーは使わず、部屋はポータブルの灯油暖房器を利用しています。それも付けたり消したりの日々ですのでとても暖かいとは言えません。暖房費は3倍になっても可処分所得は10年前の7割くらいに減少し、ボーナスはなし、暖房手当も本州なみに廃止する企業が殆どで、暖かい家など望むべくもない有様です。
TVでアベノミクスの影響で消費が改善したとか、伸びているという年末や正月の商戦の話を聞くたびに、本当のことをTVでも伝えることができない時代の到来のように思えて、だれが一体そのような好況感を感じているのか、不思議に思えるのは私だけでしょうか。
機密保護を名目に、戦前の治安維持法の復活を狙う安倍総理にとっては、経済的効果の実態のないアベノミクスを、マスコミの宣伝効果のみで、さも真実景気が回復基調にあるかのように信じ込ませようという、戦時中の大本営発表同様に国民を欺く何か恐ろしいたくらみがあるようで、大変不安です。
ナチスドイツの宣伝相ゲッペルスは、虚偽であっても何度も同じことを伝え続ければそれは真実となると、言うような言葉を残したそうですが、我々は、機密保護法で真実を明白にする手だてを完全に失ったのです。何が起きようと真実を見極める手立てはもはやない危険な国がこの国の唯一の実情です。
年の瀬に一層寒さが身に沁みます。
寒さが厳しくなり温かい鍋などが恋しい季節だ。
札幌は朝方日が出ていたが、雨から遅くには雪になりそうな空模様。
こんな時だからこそなおさら温かいものが恋しくなるものなのかと、思いつつ子供のころを思い出した。
最近は滅多に見なくなったが、子供の頃にはしばしばドジョウを魚屋で売る姿が見られた。当時は、活魚などなかったし、私の育ったのは炭鉱の街夕張だ。山の中であっても、炭鉱の洗炭による汚水が、直接川に流されたので、川はコーヒー色で魚も住めない汚れた川だった。
当時の日本には、今のような環境保護だとか公害防止の考えなどなかったから、魚の住まない川が当たり前のように受け入れられていた。
そんことで魚屋で生きたドジョウが売られている光景は、子供にとっても珍しく新鮮だった。今となればどこで取られたり、養殖されたりしていたものが、我が家の食卓に上ったものか見当もつかないが、柳川鍋というのは、実に珍味として子供の記憶に残るものだった(美味ではなくあくまでも珍味であった)。
江戸の庶民もよく口にしたこのドジョウ。
最初の頃は、生きたまま鍋に入れられ、調理されていたそうだ。更に、真ん中に豆腐を入れて、生きたまま煮ると、ドジョウはなんとか助かろうと豆腐に潜り込もうとして、豆腐に頭を突き立てて死んでしまうそうで、その豆腐とドジョウを一緒に食すという食べ方があったそうだ。
ドジョウは、漢字の泥鰌が表すとおり、川魚というよりは田などの泥の中で育つため独特のくせがあり、小骨が多く食べにくい。
そこで調理に工夫を凝らしたのが、柳川鍋だ。
ドジョウを丁寧に二枚におろし骨を除き、臭みを消すために牛蒡と合わせて炊き山盛りのネギと合わせて食す。東京は浅草の駒形泥鰌が、ルーツとされる江戸の名物だ。
ドジョウを卵とじにする場合でも、ゴボウは欠かせない。
ゴボウは、独特の風味と食感が、男性、特にオヤジ好みの食材だ。
柳川 鍋だけでなく、鍋料理全般に、笹欠きゴボウは、アクセントとなる食材だ。
軟骨つくねにレンコンや笹欠きゴボウを加えることで食感を増したり、水で晒した笹欠きゴボウを他の野菜と一緒に煮込んだり、魚や肉の臭みを取り、食感と独特の風味を加え、食物繊維も豊富。
私にとって欠かせない食材のひとつなのだ。
鍋だけでなく魚の煮付けや鳥肉の含め煮、チキンロールなどなどと、メインを引き立てる名脇役としてゴボウは欠かせない。
そして単品でも、ゴボウの天ぷらやきんぴらなど、食欲を湧きたててくれる嬉しい食材だ。
このゴボウ、日本には中国から薬剤として伝わり、食用として生産しているのは世界でも日本だけで、その他の国にはない野菜なのだそうだ。
ゴボウにまつわる 話として、戦時中にアメリカ人捕虜が、「日本人は木の根を食べさせて捕虜の虐待を行った」という誤解を生んだこともゴボウが日本固有の食材ゆえの悲劇であろう。
日本食ブーム、和食が文化遺産として認められる中で、このような誤解は、今は考えられないだろう。食物繊維豊富なこの食材が、世界の多くの人たちに認知されるといいと、個人的に思うのは私だけだろうか。
iPhoneから送信 Kano
札幌は朝方日が出ていたが、雨から遅くには雪になりそうな空模様。
こんな時だからこそなおさら温かいものが恋しくなるものなのかと、思いつつ子供のころを思い出した。
最近は滅多に見なくなったが、子供の頃にはしばしばドジョウを魚屋で売る姿が見られた。当時は、活魚などなかったし、私の育ったのは炭鉱の街夕張だ。山の中であっても、炭鉱の洗炭による汚水が、直接川に流されたので、川はコーヒー色で魚も住めない汚れた川だった。
当時の日本には、今のような環境保護だとか公害防止の考えなどなかったから、魚の住まない川が当たり前のように受け入れられていた。
そんことで魚屋で生きたドジョウが売られている光景は、子供にとっても珍しく新鮮だった。今となればどこで取られたり、養殖されたりしていたものが、我が家の食卓に上ったものか見当もつかないが、柳川鍋というのは、実に珍味として子供の記憶に残るものだった(美味ではなくあくまでも珍味であった)。
江戸の庶民もよく口にしたこのドジョウ。
最初の頃は、生きたまま鍋に入れられ、調理されていたそうだ。更に、真ん中に豆腐を入れて、生きたまま煮ると、ドジョウはなんとか助かろうと豆腐に潜り込もうとして、豆腐に頭を突き立てて死んでしまうそうで、その豆腐とドジョウを一緒に食すという食べ方があったそうだ。
ドジョウは、漢字の泥鰌が表すとおり、川魚というよりは田などの泥の中で育つため独特のくせがあり、小骨が多く食べにくい。
そこで調理に工夫を凝らしたのが、柳川鍋だ。
ドジョウを丁寧に二枚におろし骨を除き、臭みを消すために牛蒡と合わせて炊き山盛りのネギと合わせて食す。東京は浅草の駒形泥鰌が、ルーツとされる江戸の名物だ。
ドジョウを卵とじにする場合でも、ゴボウは欠かせない。
ゴボウは、独特の風味と食感が、男性、特にオヤジ好みの食材だ。
柳川 鍋だけでなく、鍋料理全般に、笹欠きゴボウは、アクセントとなる食材だ。
軟骨つくねにレンコンや笹欠きゴボウを加えることで食感を増したり、水で晒した笹欠きゴボウを他の野菜と一緒に煮込んだり、魚や肉の臭みを取り、食感と独特の風味を加え、食物繊維も豊富。
私にとって欠かせない食材のひとつなのだ。
鍋だけでなく魚の煮付けや鳥肉の含め煮、チキンロールなどなどと、メインを引き立てる名脇役としてゴボウは欠かせない。
そして単品でも、ゴボウの天ぷらやきんぴらなど、食欲を湧きたててくれる嬉しい食材だ。
このゴボウ、日本には中国から薬剤として伝わり、食用として生産しているのは世界でも日本だけで、その他の国にはない野菜なのだそうだ。
ゴボウにまつわる 話として、戦時中にアメリカ人捕虜が、「日本人は木の根を食べさせて捕虜の虐待を行った」という誤解を生んだこともゴボウが日本固有の食材ゆえの悲劇であろう。
日本食ブーム、和食が文化遺産として認められる中で、このような誤解は、今は考えられないだろう。食物繊維豊富なこの食材が、世界の多くの人たちに認知されるといいと、個人的に思うのは私だけだろうか。
iPhoneから送信 Kano
皆さんは、日常生活をどのような環境で、過ごしているでしょうか。
私は、日常の生活の場が殆ど椅子での生活で、卓袱台の周りにお座りをして団欒を過ごすとか、座卓に座ることさえ温泉旅館などに行かない限りは全くなくなってしまいました。ですから、居酒屋などで座敷に通されると「椅子の席に替えてほしい」と、お願いするほどで、どうも落ち着かないし寛げないのです。
そんな生活の人が、趣味がお茶では、甚だどんなお茶が出されることやら覚束ないものと思われるのも当然です。また、「趣味として掲げられても困るよ」と言われそうなくらい、この数年のお茶を立てる回数は少なく、人にお茶を立ててもらうこともなくなりました。
茶道を習いに行き、稽古をするために茶を立てるなら小座敷の作法は日本人として忘れている礼法の合理性や美しさを知らしめてくれます。ですが、日常生活でそれrを活かすべき場はとても少ないのです。また、日常茶を楽しむのは、気分転換や美味しいお茶自体を楽しむためです。お煎茶を飲むように片手に茶碗、片手に饅頭とはいきませんがそれでも堅苦しい作法は最小限で楽しみたいものです。
近年、どこの流派でも「立礼の茶」の作法が研究されています。ですが、どうも道具立てが大仰過ぎて、特別の場でしか使えないものが多く感じられます。私は、茶道の大家でも専門家でもないのだから批判をするのは筋違いかも知れません。古典的な作法を守り、多くの制約の中で、大家の方々の意見を取り入れまとめると、どこからも文句がつかないようにああなってしまうのかも知れません。ですが、素人目にも陳腐と思われるものは、玄人の方々にも満足点は得られていないのではないかと思うのです。立礼の茶の作法は、外国人要人のレセプション用で、日常生活に茶を取り入れると、言うこととはかけ離れているように思えるのです。もちろん儀礼のための茶はそれとして必要なんでしょうが、椅子で茶を立てる日常の工夫はもっとあってしかるべきではないのでしょうか。
可能であるなら、立礼の茶の作法は、形骸化したものから、日常の茶としての多様化が求められ、そのことが美味しいお茶を楽しむ機会を増やす。ならば、茶の湯の世界の広がりのためにも大変有益なことではないでしょうか。
折角日本人に生まれながら、抹茶など観光地の休憩所のお茶席以外で飲んだこともないような残念な人たちが沢山いることを考えると、健康と長寿のためにも、日常生活の安らぎの一時に、美味しいお薄を一服いただくことは、いいと思いませんか。
日本の煎茶の作法は、本家中国(台湾)に受け入れられ、「工夫茶」という茶芸(作法?)を生み出し、その中で中国の茶の特性を生かした聞香杯という香りを聞くための特別な茶碗を生み出したり、お茶の喫し方は今日でも様々に変化しているのです。
16世紀17世紀に文化史的な影響を与えた茶の湯ですが、抹茶ラテではない美味しい文化的影響を今後も与えてくれるよう祈る気持ちです。
私は、日常の生活の場が殆ど椅子での生活で、卓袱台の周りにお座りをして団欒を過ごすとか、座卓に座ることさえ温泉旅館などに行かない限りは全くなくなってしまいました。ですから、居酒屋などで座敷に通されると「椅子の席に替えてほしい」と、お願いするほどで、どうも落ち着かないし寛げないのです。
そんな生活の人が、趣味がお茶では、甚だどんなお茶が出されることやら覚束ないものと思われるのも当然です。また、「趣味として掲げられても困るよ」と言われそうなくらい、この数年のお茶を立てる回数は少なく、人にお茶を立ててもらうこともなくなりました。
茶道を習いに行き、稽古をするために茶を立てるなら小座敷の作法は日本人として忘れている礼法の合理性や美しさを知らしめてくれます。ですが、日常生活でそれrを活かすべき場はとても少ないのです。また、日常茶を楽しむのは、気分転換や美味しいお茶自体を楽しむためです。お煎茶を飲むように片手に茶碗、片手に饅頭とはいきませんがそれでも堅苦しい作法は最小限で楽しみたいものです。
近年、どこの流派でも「立礼の茶」の作法が研究されています。ですが、どうも道具立てが大仰過ぎて、特別の場でしか使えないものが多く感じられます。私は、茶道の大家でも専門家でもないのだから批判をするのは筋違いかも知れません。古典的な作法を守り、多くの制約の中で、大家の方々の意見を取り入れまとめると、どこからも文句がつかないようにああなってしまうのかも知れません。ですが、素人目にも陳腐と思われるものは、玄人の方々にも満足点は得られていないのではないかと思うのです。立礼の茶の作法は、外国人要人のレセプション用で、日常生活に茶を取り入れると、言うこととはかけ離れているように思えるのです。もちろん儀礼のための茶はそれとして必要なんでしょうが、椅子で茶を立てる日常の工夫はもっとあってしかるべきではないのでしょうか。
可能であるなら、立礼の茶の作法は、形骸化したものから、日常の茶としての多様化が求められ、そのことが美味しいお茶を楽しむ機会を増やす。ならば、茶の湯の世界の広がりのためにも大変有益なことではないでしょうか。
折角日本人に生まれながら、抹茶など観光地の休憩所のお茶席以外で飲んだこともないような残念な人たちが沢山いることを考えると、健康と長寿のためにも、日常生活の安らぎの一時に、美味しいお薄を一服いただくことは、いいと思いませんか。
日本の煎茶の作法は、本家中国(台湾)に受け入れられ、「工夫茶」という茶芸(作法?)を生み出し、その中で中国の茶の特性を生かした聞香杯という香りを聞くための特別な茶碗を生み出したり、お茶の喫し方は今日でも様々に変化しているのです。
16世紀17世紀に文化史的な影響を与えた茶の湯ですが、抹茶ラテではない美味しい文化的影響を今後も与えてくれるよう祈る気持ちです。
私の趣味の一つにお茶がある。東京に住んでいた時は裏千家の先生についてお稽古に通ったり、自分ながらの勉強もしたりした。日常、煎茶やハーブティー、中国茶、紅茶などあれやこれやと節操なくお茶を楽しむ私だがそんな中で思ったり感じたりしたことをとりとめなくお話ししたい。
日本史でも世界史でもお茶は歴史の中で様々な重要なキーとなる資源(戦略物資)だったりします。有名な例では、アメリカ独立戦争前夜のボストンティーパーティー(ボストン茶会事件)だったり、アヘン戦争の原因も中国とイギリスの貿易が茶の需要拡大でイギリス側の輸入超過に端を発する。
日本へ茶を始めて持ち込んだのは西栄という禅僧だ。
禅宗にとって、「喫茶」が修行の一環として、精神的な豊かさを得る素材として、さらには薬用的な効果も含めて身体精神を良好とするものとして勧められました。私の説明よりは「喫茶養生記」として西栄の著書が出ていますので興味のある方は一読をお勧めします。茶が輸入された時にすでに禅宗と深いつながりがあったため、今日でも茶人は仏門に帰依することが修行の一環となっています。
日本史でも世界史でもお茶は歴史の中で様々な重要なキーとなる資源(戦略物資)だったりします。有名な例では、アメリカ独立戦争前夜のボストンティーパーティー(ボストン茶会事件)だったり、アヘン戦争の原因も中国とイギリスの貿易が茶の需要拡大でイギリス側の輸入超過に端を発する。
日本へ茶を始めて持ち込んだのは西栄という禅僧だ。
禅宗にとって、「喫茶」が修行の一環として、精神的な豊かさを得る素材として、さらには薬用的な効果も含めて身体精神を良好とするものとして勧められました。私の説明よりは「喫茶養生記」として西栄の著書が出ていますので興味のある方は一読をお勧めします。茶が輸入された時にすでに禅宗と深いつながりがあったため、今日でも茶人は仏門に帰依することが修行の一環となっています。
- 栄西 喫茶養生記 (講談社学術文庫)/講談社

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室町後半から安土桃山の茶の湯文化に関しては、最近話題の「利休にたずねよ」等の多くの映画や文献、漫画にも「ひょうげもの」などがあります。歴史好きの方なら私よりも詳しいのではないかと思います。
この間の茶の湯にって勉強されたい方は、「南坊録」を一読されることをお勧めします。茶の湯の歴史や当時の茶会でなされた様々な創意工夫を知ることで安土桃山までの茶の湯が、形式を踏襲するだけでなく茶人一人一人の創意工夫による総合芸術であり、数寄者が単に名物の収集家ではなかったことがしのばれます。
侘び茶の世界の哲学的な思想や儀式には、キリスト教の儀式祭礼から学び取り入れられたものがあるそうで、反対にヨーロッパのサロン文化は日本の茶会へのあこがれから生まれたものだそうです。 - すらすら読める南方録/講談社

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千利休は、茶の湯とは「ただただ茶をたて喫することにある。」と語ったそうです。「亭主は茶を立て、客はただ茶を飲む」こと、実に単純なことなんですがこれが深いんですね。如何に客をもてなすか。その創意工夫に亭主は心を砕き、また、客はその思いを一椀の茶から汲み取ろうとする。
「一期一会」という言葉は、茶の湯から生まれた言葉ですが、茶会の本質とはまさにこの一語に尽きるのです。
戦国の世の覇者として歌舞く心の延長に、秀吉の金の茶室や赤楽があるのとは対照的に利休が求めた侘び茶の露地や躙り口のついたわずか二畳の茶室、黒楽…
利休を勉強されたい方はまず山上宗二記がお勧めです。- 山上宗二記入門―茶の湯秘伝書と茶人宗二/角川学芸出版

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少し乱暴ですが、歴史ばかり書いても仕方がないので、利休死後、古田織部や織田有楽斎、小堀遠州などへ茶の湯は受け継がれて今日に至ります。飛ばしすぎですが…
江戸時代に茶の湯は芸道として武士だけでなく一般庶民にも広がります。そして、それぞれの流派や家元によって形骸化され一つの型として作法が確立し、弟子は型を習い覚えることに腐心します。
経済的にも安定し、豊かで平和な時代であった江戸時代には侘び茶は完全に廃れ、綺麗寂びという華やかで華美な茶道具がもてはやされる時代を迎えることになります。仁清の茶器などのように数百両、数千両の高値で取引される煌びやかな道具がそのいい例でしょう。
私には芸術的なセンスがないのかもしれませんが、安土桃山期の創意工夫に富んだ茶器に比べ、江戸期の茶器はただ綺麗なだけの面白みにないものに思えて、現在でも仁清というと茶器の最高峰のように有難がられ、写しでも好まれえることが、何とも理解しがたいのです。
明治になると文明開化の名のもとに、西洋偏重の機運が伝統芸能蔑視の風潮を生み、武家階級の没落が茶の湯存亡の危機へ拍車をかけた。とにかく弟子を確保しなければ家元制度などは立ちいかなくなってしまうのだ。家禄を失った武家階級は経済的な支え手にはなれない。
そこで、目を付けたのが良家子女の行儀作法や教養として、茶の湯を再編することであった。茶道、華道、剣道、柔道など、今日「道」を付けて普及する諸芸は、本来の芸術や武術の枠を離れ、教育・教養の一環として誰でもできる範囲の型だけを最小限のパックにして切り売りにしたものである。
そのため、今日では女子教育の中に取り入れられ、婦女のたしなみになってしまったお茶やお花であるが、江戸時代までは、むしろ茶の湯にしろ立華にせよ男児の教養として重んじられた総合芸術だったのである。(女子に伝えることでレベルの低下を招いたとかという話ではなく、学校教育に合うようにレベルを落として良家の子弟向けに一般化したものが、今日の茶道・華道の実態だということを述べたかったので誤解のなきように、性的偏見に基づく話ではないことを付け加える。)
閑話休題
やっと今日的な話ができるところまでお話をしてきたが、茶の湯であれ茶道であれ、全く現在の自分たちの日常生活とかけ離れたところにある現状で、どんな変化がいま必要なのかを次回ブログで私の個人的な思いとして述べてみたい。
《茶の世界史》この本を大学時代岡倉天心のお孫さんに勧められて読み始めたのがお茶にのめり込んだきっかけでした。- 茶の世界史―緑茶の文化と紅茶の社会 (中公新書 (596))/中央公論新社

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携帯電話からもブログの更新が可能ということで、ものは試しと試みた。
私は毎週TUTAYAの琴似店に通うことが習慣になっている。
定期購読の雑誌を受け取りに行き、DVDをレンタルして中のスターバックスで休憩するのが常だ。
ここのお店の良い点は、2階通路でJR琴似駅や多くの商業施設とつながれており、その中の一番端の店舗がTUTAYA琴似店なので、平日は比較的空いている点だ。
雨や雪に合わずに移動ができる点。
屋内駐車場があり買い物をしなくても3時間は無料な点。
更にこれが実は一番の理由なのだが、店内のスタバで、お茶お飲みながら雑誌や書籍が読み放題の点だ。
常識的に言って最近は、コンビニでも立ち読みは敬遠されるのに、ここの本屋は、お茶を楽しみながら目についた雑誌を何冊でも自席に持ってきて気になる記事を読んだり、メモを取ったりできるのだ。
その中で気に入ったり興味をそそるものは購入するのだから、店舗としては採算が取れているのかもしれない。
女性の利用者が圧倒的に多いのだが、こういう面では女性の厚顔ぶりも見習って損はない。
そういうことで、無駄な雑誌への出費は大分抑えることに貢献してくれる便利な図書館として、愛用させてもらっている。
勿論、TUTAYAは専門的な書籍は少ないので、図書館通いも週の日課となっているが、こちらはネットでの予約ができるので、以前のように図書館内で本を読んだり勉強をする機会は少なくなった。
その点はちょっと寂しいが、若い頃のように図書館で可愛い子に出会ってナンパするなんてこともないわけだから(笑)、自習室には年齢不相応なオッさんの足が遠のいても、むしろそれは当然なのかも知れない。
最近はどこの街にも便利に活用できるお店って沢山あるんだと思いますが、皆さんはどんなお店がお気に入りで、活用されていますか。
iPhoneから送信
私は毎週TUTAYAの琴似店に通うことが習慣になっている。
定期購読の雑誌を受け取りに行き、DVDをレンタルして中のスターバックスで休憩するのが常だ。
ここのお店の良い点は、2階通路でJR琴似駅や多くの商業施設とつながれており、その中の一番端の店舗がTUTAYA琴似店なので、平日は比較的空いている点だ。
雨や雪に合わずに移動ができる点。
屋内駐車場があり買い物をしなくても3時間は無料な点。
更にこれが実は一番の理由なのだが、店内のスタバで、お茶お飲みながら雑誌や書籍が読み放題の点だ。
常識的に言って最近は、コンビニでも立ち読みは敬遠されるのに、ここの本屋は、お茶を楽しみながら目についた雑誌を何冊でも自席に持ってきて気になる記事を読んだり、メモを取ったりできるのだ。
その中で気に入ったり興味をそそるものは購入するのだから、店舗としては採算が取れているのかもしれない。
女性の利用者が圧倒的に多いのだが、こういう面では女性の厚顔ぶりも見習って損はない。
そういうことで、無駄な雑誌への出費は大分抑えることに貢献してくれる便利な図書館として、愛用させてもらっている。
勿論、TUTAYAは専門的な書籍は少ないので、図書館通いも週の日課となっているが、こちらはネットでの予約ができるので、以前のように図書館内で本を読んだり勉強をする機会は少なくなった。
その点はちょっと寂しいが、若い頃のように図書館で可愛い子に出会ってナンパするなんてこともないわけだから(笑)、自習室には年齢不相応なオッさんの足が遠のいても、むしろそれは当然なのかも知れない。
最近はどこの街にも便利に活用できるお店って沢山あるんだと思いますが、皆さんはどんなお店がお気に入りで、活用されていますか。
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