クリシュナは大勢の人々に囲まれ
盃を交わしている。

花のような衣装をまとった女達が
舞い踊る。

美しい楽の音と
笑いさざめく人々の声。


夢のような光景
至福に見たされ酔い痴れる
クリシュナ・・・

『クリシュナ』

親しげに寄り添う女が
優しく差し出す酒を
なみなみと盃に受けては飲み干していく


したたかに酔ったように

興に乗り

踊りの輪の中に進み出ると

流れていた楽の音が止み

静まり返る。



高らかな太鼓の響き

小気味良く笛の音が踊りだす。


勝利を祝う歓喜の踊り

クリシュナは

思うままに踊り狂う

くるくると楽しげに

踊り続ける

喜びの輝きの中で・・・

我を忘れ
溢れる光と
高鳴る鼓動に包まれている・・・


『おい・・・』

背後から忍び寄る影・・・


『聞こえているんだろう?』

阿修羅が囁く


『お前は何故、ヤツと共に居るんだ?』

聖杯に

封印したモノの声・・・


『ヤツを見てみろ。

お前がせっかく、
ワシを封じて
勝利をもたらしたにも関わらず・・・

礼を言うどころか
自分だけ楽しみに溺れ
愛する女達と戯れているばかりではないか?』

阿修羅は

いったい何を言っているのだろう?


『お前、あの男を慕っておるのではないのか?』

・・・何を言っているのか・・・?

『お前は気付かぬフリをしているのか?
己自身の心に・・・?』

ココロ?

・・・ココロって・・・何?

『まあ良い。
お前が何故ヤツを慕うかは知らぬが
ヤツはもう、
お前を必要とはしておらぬぞ?』


・・・ズキン・・・

何だろう?

胸の辺りが・・・痛い・・・


『そうでなければ・・・

これ程までのお前の大恩に報いもせず
己だけ楽しみに耽るなど・・・

・・・ありえまい?』


・・・ズキン・・・ズキン・・・

何だろう?

胸が・・・痛い・・・


・・・ぼたり・・・・・・ぼたり・・・

何かが

両の目から

・・・流れて・・・落ちる・・・

『そうか・・・悲しいか・・・?』

悲しい?

・・・この痛みは・・・悲しみの・・・痛み・・・?


冷んやりと

静かに

暗黒の腕に抱きとめられる・・・


抗おうにも

胸があまりに痛い

・・・身動きが・・・出来ない・・・

『案ずるな・・・

ワシならば・・・

こんなにも大切なお前を

ないがしろにしたりはせぬからな・・・

ヤツはもう、お前を必要としない。

ヤツはもう、目的を
果たしたのだから・・・』

全身に

染み込んで来る・・・

・・・暗黒の・・・チカラ・・・

抗えない

・・・甘い・・・痺れに・・・

痛みが・・・吸い取られていく・・・


・・・このままでは・・・・・・

『さあ、今
我が力と成り給え・・・』

ああ・・・どうしよう・・・

・・・暗黒に・・・染められ・・・



不意に

青い光が辺りを染めて

我が身と阿修羅は凍りついた。


・・・青い鳥が舞い降りてくる

『我が依り代よ』

瑞鳥は言った

『すまなかった・・・』

すまなかった?

『お前が楽しそうだから
あの男と関わるコトを許した・・・

けれども、そのように悲しむのなら

もう、
あの男のことは忘れておしまい。

阿修羅ごときにつけ入られるほど
ココロに亀裂ができるとは・・・

お前は私の大切な依り代・・・

暫し眠れ。

全てを忘れてしまうが良い・・・

さすれば、その傷も癒えようぞ』


忘れる・・・?

全て・・・何もかも・・・?


・・・涙が溢れて・・・

止まら・・・ない・・・

『大丈夫、もう、大丈夫だから・・・
お休み・・・』

瑞鳥の優しい声が

眠りへと誘う


『まて!
ワシを主に選べ!!
さすればお前の依り代に
幸福を与えようぞ!!』

阿修羅が叫んだ。

ビキビキビキ・・・

瑞鳥の目が紅く輝き
阿修羅を氷で固めてしまった。


『大丈夫・・・目覚めた時には・・・
全てを忘れ
平穏な日々に戻れるだろう。

さあ、私と共に
ニルヴァーナへ・・・』

瑞鳥の翼に包まれ

遠ざかる意識の中で

揺れる笑顔・・・

クリシュナの・・・


・・・・・・・・・サヨウナラ・・・

涙が一つ・・・こぼれて・・・落ちた・・・
クリシュナが手を差し伸べた。

その掌に聖杯を

ゆっくりと降ろす。


虹色の煌めきを放つ

半透明の白い珠の中に

黒い靄の塊が透けて見える


『これで・・・終わったのか?』

クリシュナが呟いた。


…何やら思い巡らせているようだ


(とりあえず・・・
阿修羅を元の場所に封印したらどうだ?)

龍が言った。


クリシュナが顔を上げて周囲を見渡す。


『ここは、どこなんだ?』


果てしない闇が広がる亜空間

瑞鳥は既に姿を消していた。


(ここは阿修羅が造った異空間のようだ。
お前の力で何とかしろ)

龍が言った。


『何とかって・・・』

クリシュナは困している。



『おい』

誰かがクリシュナに呼びかけた。


『え?』

急に声をかけられ

驚いたように

クリシュナは後ろを振り返った。



『ああ・・・』

見覚えのある顔に
クリシュナはホッとした様子だ。


そこには
かの大蛇がヒトの姿で立っていた

『約束だ』

大蛇は言った。


『そうだな』

クリシュナは応えて
脇に差していた神剣を抜いた


『これを返さなければならないな』

クリシュナは柄を
大蛇に向けて差し出した。


蛇は柄に触れようとしたが、

ビクリとして

手を止めた

『お前・・・謀ったな!?』

蛇は

怒りを孕んだ声で言った。


『何のことだ?』

クリシュナはとぼけるように言った。


『これは我が身に戻すことが出来ない』

蛇は恐ろしい声で言った。


『どうして?』

クリシュナは落ち着いて聞き返した。


『これはお前の命と融合している。
我が身に取り込めば、その力が我を滅ぼすだろう』

蛇は口から赤い舌を
チラチラと見せながら
怒りに震える声で言った。


『そうか・・・
それで、どうするんだ?
オレはこれを返すことは構わないが』

クリシュナは静かに言った。


蛇は眼に毒々しい光をたたえて言った

『いたしかたない。
そのまま持っているがいい・・・

お前を亡ぼしたいが、
それをすれば我が命も消えるだろう。

お前の軍門に下るほかに道は無い』


『そうか、わかった。
お前の命は確かにオレが預かろう』

クリシュナは応えた。


『・・・』

蛇は応えず
その身がうっすらと消えかかる


『あっ、待て!』

クリシュナが呼び止めた。


『何だ?』

蛇は応えた。


『お前、呼んでも無いのに
どうやってこの空間に入って来れたんだ?』

クリシュナは不思議そうに聞いた。


『お前が我が身の一部を持っているからな。
お前のもとにたどり着くのは簡単な事だ』

蛇が応えた。


『そうか、この後、崑崙の頂きに戻れるか?』

クリシュナは更に尋ねた。


『それは命令か?』

蛇は聞き返した。


クリシュナは

少し考えるそぶりをしてから応えた。

『そうだ』


クリシュナは蛇と視線を交わす。


『わかった』

蛇が応えて瞼を閉じた。


『ありがとう』

クリシュナは礼を言った。


蛇は応えず、掻き消えた。

・・・

クリシュナは

神剣を構え、願いを込めて一振りする


すると、

空間が裂けて

その隙間から

星降る山の頂きが見える。


クリシュナは

間髪入れず裂け目に飛び込んだ。
巨神が口を開いた

『ばかめ・・・
お前の、その身にまとう罪業は
幾度ワシを倒そうとも
償うことはできない』


クリシュナはそれに応えず

叫んだ

『鳥よ来たれ!!』


ピィーッ!

ピロロロロロロ・・・


美しい笛の音ような瑞鳥のさえずりが

辺りに鳴り響く。


天空より

青い輝きを放つ瑞鳥の姿をまとい

クリシュナのもとへと

舞い降りる

「呼んだか?クリシュナよ」

瑞鳥が言った。



『まさか・・・

この目でアムリタの鳥を見る時が来ようとはな・・・』

巨神か呟いた。



『約束だ・・・こいつを封じてくれ』

クリシュナが言った


『何?』

巨神が狼狽の表情を浮かべた


瑞鳥は応えた

「承知」


虚空より

世にも美しい輝きを放つ

聖杯が顕れる


巨神が身を起こそうとするより速く

いつの間にか出現した大蛇が絡みつく


『まて・・・!!』

巨神の言葉が終わるより速く

その巨大な身体は

聖杯へとグングン引き込まれていく



『くそ・・・これで終わったと
思うなよ

クリシュナ、お前を呪ってやる!!』

ヒュン!


最後の言葉を残して

巨神は完全に

聖杯に吸い込まれた。