先週末に読んだ本。
「女帝 わが名は則天武后 」著者:山颯

著者は、在仏中国人、長い黒髪の美しい女性です。
「世界の悪女」本には必ず登場する(?)"冷酷にして残虐な"則天武后と
著者のイメージがどうにも重ならないなぁ、と手に取ったところ
一人称で綴られた物語は
著者が自身の人生を語っているかと思わせるほど
武后にぴったりと寄り添って展開していきました。
武后自身がシャン・サを選び出して書かせたかのよう。
「本当の私の声を伝えて・・・」と。
そして、その本を読む合間に観たDVD
『ウォリスとエドワード 英国王冠をかけた恋』
マドンナの監督第2作です。

ウォリス・シンプソン夫人も、
英国国王に王冠を捨てさせた"野心家の悪女"のように言われています。
当時の世論によるパッシングは、それは酷かったのではないかな。
写真家のセシル ビートンは「愛嬌のある不美人」と評したとか。
今残っている写真をみてもついつい見入ってしまう美しさ・優美さがあり、「美人」といってよいのだと思いますが。
映画では、このウォリスの生涯に見せられた現代女性の視点から
「世紀の恋」が再検証されていきます。
ウォリスは悪女だったのか・・・?
うーーん、関係の始まりに
女性としての野心のようなものもあったかもしれないけれど、
エドワードに魅入られてしまってからは
逆に「囚われてしまった」感の方が強いなぁ。
退位宣言されてしまって、もう後には引けなくなって
「責任とります」的な感じ。
英国を追われてしまっては、もう最後まで添い遂げるしかなかったでしょう。
もし時代がもっとさかのぼっていて、
国王の我儘が何でも通って
ウォリスを王妃にしていたとしたら、
武后のように
恋敵を陥れるとか
政治を混乱させるとか
そんな役回りになっていたかもしれませんね。
あるいは、あっけなく恋が終わっていたかもしれない。
武后にしてもウォリスにしても
最初のチャンスを把む才能はあったにせよ、
その後は、与えられた環境・役割を必死にこなしていたのではないか。
シャンサもマドンナも
一方的に悪女と呼ばれた歴史的な人物の
本当の声を拾い上げて表現しようとしている点で
共通するものを感じました。
偶然に同時期に観たり読んだりしていましたが
まるで呼び合ったようでした。
「女帝 わが名は則天武后 」著者:山颯

著者は、在仏中国人、長い黒髪の美しい女性です。
「世界の悪女」本には必ず登場する(?)"冷酷にして残虐な"則天武后と
著者のイメージがどうにも重ならないなぁ、と手に取ったところ
一人称で綴られた物語は
著者が自身の人生を語っているかと思わせるほど
武后にぴったりと寄り添って展開していきました。
武后自身がシャン・サを選び出して書かせたかのよう。
「本当の私の声を伝えて・・・」と。
そして、その本を読む合間に観たDVD
『ウォリスとエドワード 英国王冠をかけた恋』
マドンナの監督第2作です。

ウォリス・シンプソン夫人も、
英国国王に王冠を捨てさせた"野心家の悪女"のように言われています。
当時の世論によるパッシングは、それは酷かったのではないかな。
写真家のセシル ビートンは「愛嬌のある不美人」と評したとか。
今残っている写真をみてもついつい見入ってしまう美しさ・優美さがあり、「美人」といってよいのだと思いますが。
映画では、このウォリスの生涯に見せられた現代女性の視点から
「世紀の恋」が再検証されていきます。
ウォリスは悪女だったのか・・・?
うーーん、関係の始まりに
女性としての野心のようなものもあったかもしれないけれど、
エドワードに魅入られてしまってからは
逆に「囚われてしまった」感の方が強いなぁ。
退位宣言されてしまって、もう後には引けなくなって
「責任とります」的な感じ。
英国を追われてしまっては、もう最後まで添い遂げるしかなかったでしょう。
もし時代がもっとさかのぼっていて、
国王の我儘が何でも通って
ウォリスを王妃にしていたとしたら、
武后のように
恋敵を陥れるとか
政治を混乱させるとか
そんな役回りになっていたかもしれませんね。
あるいは、あっけなく恋が終わっていたかもしれない。
武后にしてもウォリスにしても
最初のチャンスを把む才能はあったにせよ、
その後は、与えられた環境・役割を必死にこなしていたのではないか。
シャンサもマドンナも
一方的に悪女と呼ばれた歴史的な人物の
本当の声を拾い上げて表現しようとしている点で
共通するものを感じました。
偶然に同時期に観たり読んだりしていましたが
まるで呼び合ったようでした。