誰かを、心も身体も振るわせるような演奏は
演奏者のものではない。
太陽や、月の光のように
誰をも同じように照らし、包み込み
聴く人ひとりひとりの身体にしみこんでいく。
その体験は
とても個人的なもの。
同じものを受け取るわけではないのだ。
言葉も同じ。
「あの時のあの言葉は凄かった」
と、言った本人はすっかり忘れているのに
友人に突然言われたとき、
その言葉は私のものではない、と思う。
古典を読んでいて
心に飛び込んでくる言葉は
時空を超えて、私を待っていてくれた
と、思う。
美しいものを見たいし、聴きたいし、
美しいものを見せたいし、聴かせたい。
ある人の演奏をきいていて、とても、そう思った。
演奏者のものではない。
太陽や、月の光のように
誰をも同じように照らし、包み込み
聴く人ひとりひとりの身体にしみこんでいく。
その体験は
とても個人的なもの。
同じものを受け取るわけではないのだ。
言葉も同じ。
「あの時のあの言葉は凄かった」
と、言った本人はすっかり忘れているのに
友人に突然言われたとき、
その言葉は私のものではない、と思う。
古典を読んでいて
心に飛び込んでくる言葉は
時空を超えて、私を待っていてくれた
と、思う。
美しいものを見たいし、聴きたいし、
美しいものを見せたいし、聴かせたい。
ある人の演奏をきいていて、とても、そう思った。