こんばんわ、冬将軍様が多大な軍勢を率いて勢力拡大に乗り気ですね。
そう思えば、たまに暖かい日もあったりして、
何!?ツンデレ??ヤンデレ??
もう、将軍様ってば!!!!
と思ったりするような時もあります。
どこぞやの不穏な動きをする将軍様と違い、まだお茶目な冬将軍様の方が好感が持てます。
…むぅ。なんだかんだで1ヶ月以上の放置。
たまにブログの事を言って頂けるのだが、本当に申し訳無い!!涙
でもなんて言うか無理に書けないのが私のスペックでして…www
書きたい時は色々書こうとするのに、書けない時は全く書けない。
習慣付ける事や地道にやるって言う事は素晴らしい事だと思いますが、そこに愉しみがないと。
どんな事でも同じやと思います。
地道に努力する事はとても素敵な事ですが、努力という行動の中に自分を奮い立たせるモノや成長するモノがあるから努力になる訳で、行動の中身が何もなければ、それはただの作業でしか無い訳ですからね。
中身=愉しめる要素。
だと思ってるので、中身が無いなら離れた方が良い。離れる事で違う角度から物事を捉えたり、新たに観えてくる事もある。
言い換えれば、離れる事も行動に含まれる事になりますから。
…はい、サボリ常習者の言い訳、ここで終了www
もう年が明けて一ヶ月が経過したんですね。
う~ん、早い。
1月は個人的には俺の誕生日やったり過去にも色々あった月なんですが、まぁボチボチ過ごしていますwww
そういえば、年末に尊敬してやまない上司のIさん(直属では無いのですが、憧れる御仁)から上品なブックカバーをされている或る一冊の本を貸して頂いた。
しかもまだ読みかけだと言うのに、
『お前に貸してやりたいと思ってた。』
なんて言って頂いて凄く嬉しかった。
その後、
『まだ読みかけやし、どの位で読める??』
と言われたので、笑いながら
『今年中には読み終えますよ~。』
と答えたら、
『じゃあ、感想文を書いて提出な。』
との御返事。
『…。1月中には余裕で書いて本を返せますよ~。』
この時の俺はあまりにも浅薄だったんだ。
たまたま、年末に訪れた会社で出会えた事に舞い上がっていたのもあるし、尊敬する上司からわざわざ本まで貸して頂いたのだから、有頂天になるにきまっている。
元々、仕事を離れてからも会いたいとは思っていたし、こんなタイミングで会えた事も嬉しかった。
だからこそ応えたいという気持ちがあった。
本を開くと…。
…字がびっしりじゃない!!
この分厚さ、司馬遼太郎先生の小説並じゃない!!!!
まぁこの位読み応えある方が好きですけどwww
などと思いながら読み進める。
貸して頂いた本の著者、デール・カーネギーの名前は知っていた。ナポレオン・ヒルやジョセフ・マーフィーなどと並ぶくらい、有名な方だ。
だが実際にカーネギーの著書を読んだ事は無かった。
書店で気になっていたまま、手に取る事はなかった。
このタイミングでカーネギーの著書を読めるという事や上司がカーネギーの著書を持ってられる事にエキサイトした!!(欧米のインタビュー風)
読んで行くと、本当に様々な考えが変わるのを感じた。
変わると言うより、昇華すると言った方が俺的にはしっくり来るのだが、『何、カッコつけた言い方してんねん!!』と言われそうで、少し怯えてますwww
カーネギーの面白い所は、とても身近な話を多用していて、心に響きやすかった。
ナポレオン・ヒルやマーフィーの本は、どこか『本当に!?』と思ってしまう部分があったので(俺的に。でも好きやし、色々と勉強になるwww)、尚更面白かった。
しかし、ここで問題が。
『1月中には余裕で感想文を書けますよ~。』と調子に乗っていた俺だ。
正直、ここまで内容が深くて多岐に渡ると思っていなかった。
そして、書きたい事が山のように現れていた。
上司からは
『そんな長々書かなくて良いし、本当に読んだか知りたいだけやから、分かり易く箇条書きで、まとめてくれたら良い。』
と言われたが、これは簡単に書けるような内容では無かった。
そうとも知らず、俺は…。
そう、あまりにも、浅薄だったんだ。(2回目)
それから、どこに行くにも本を持ちながら時間があれば読んでいた。
出来るだけ汚したりしたくなかったので、読みながらも緊張していたwww
個人的には本は汚すモノだと思っている。
好きな本や感銘を受けた本程、持ち歩いたりするし、時には文章に線を引いたりする。
デニムや靴に似た感覚www
気に入ると自分オリジナルにしたいので履き潰すような…。それで味が出ると言うか、思い入れが強くなる。
カーネギーも著書のはじめに『気になる部分は線を引いたり、何度も読んで欲しい。』記している。
しかし、これは借り物。
しかも尊敬する方からの本であり、重厚感溢れるブックカバーも施している。
はじめにあったカーネギーの言葉を読んだ瞬間、
『でもこれは上司の本、しかもまだIさんは読みかけなんだよ…。』
とカーネギーに語りかけた。
…カーネギーは優しい笑顔のまま無言だった。
取り敢えず印象的だった部分を書き出して、気持ちを書こうとしたが、上手くまとめられず、結局4回程読み返した。
学生時代から含めて、ここまで文章を創るのに迷ったのは初めてだ。(元々、文章創りや論文書きは好きだったんすwww)
悩みでは無く、愉しい迷い。
それを上手く凝縮する事が難しかった。(このブログを読まれていたら、俺の文才の無さが御理解されると思いますが…www)
論文とかのコツは、一方的に書ける事なんですよね。
言ったらブログやらメールもそうやし、何でもそうなんですけど、論文やレポートとかの方が一方的に書く事を武器にしやすいんです。
良く起承転結て良いますが、ぶっちゃけそんな事はどうでも良い。そこに拘るから難しくなる。
簡単に言えば『どの部分に興味を持ったか。』を頭にして、次に『その上で何を求めるか。』を書いて、『それを付加して展開を変える。』で最期に『効果とその後の考え(想い)。』を記せば良い。
音楽でも同じ。
リスナーを魅了するイントロがあって、どんどん引き込む上昇期(Aメロやヴァース)を経て、爆発させるサビ(フック)があり、次へと紡ぐアウトロで締める。
でも箇条書きやメールなどは一方的でありながら完結にまとめる事が重要なんですよね。
言わば、一方的過ぎない所が必要になる。
メールでそこまで考える人は居ないと思いますが、一方的過ぎないようにするには、いかに一瞬の爆発力だけを表すかって事なんすよ。
それを上手く表現するコピーライターの方々は本当に凄いと思います。(例えば『NO MUSIC, NO LIFE』とか)
…あっ、脱線してもた。
まぁ、そんな事で箇条書きで想いが書ききれず、簡単に書く事に悪戦苦闘していた訳ですwww(約3日間程)
でも、久々に凄く面白かった。
書いている上で葛藤が現れたりして、でもそれが心地良くて本当に良い薬になった。
勿論、カーネギーの本の内容も発見ばかりで凄く勉強になったし、読んでいて気持ちが落ち着いていた。
それを言葉にして尊敬している方に返す事にも悦びを感じた。
こうなる事を知って貸して頂いてたとしたらIさんは俺の中では神の存在だwww
その他にも、敬愛するI兄さんとも御飯を共にしてもらえたり、〝久し振りに〟Oさんと遊んだりして愉しい時間を過ごせた。(敢えて〝久し振りに〟を強調www)
なんやろ?大好きな人達と関われるって本当に幸せだと思う。
もっと言えば、大好きな人達が気にして頂ける事自体、幸せだ。
それが『当たり前』に氾濫してる社会。常にでは無くともその『当たり前』に対して感謝と尊敬の気持ちを持つ事が必要であり、大切なんだと思う。
それを相手に押し付けるのではなく、自分の心の中で持っておけば良い。
TwitterやFacebookでもそう。
繋がる事は素晴らしい事。だけど、身近過ぎて『当たり前』という言葉で片付けてしまいがちだ。
身近なモノ程、見失いやすい。
俺も実感した。
去年の今頃とは大違いだ。
でも、御陰で色々と学べた。振り返れば、ボロボロやったけど愉しかった気がする。
悲しみ、怒り、感情が制御出来ずに苦しみ、迷走して…。
苦笑ものやけど、そこから観えたモノは結構デカい。
道なんてなんぼでもあるし、道無き道でも歩けば、道になってる。
(…安藤美冬氏の著書にも似てた事書いてあったなぁwww)
それにどのような出会い方でも、こうして繋がっていてくれてる人達に感謝ばかりって事です。
たとえ道は違えても繋がっていれば、必ず交錯する。その時は笑顔でいれるように居たいもんです。
これからどうなるか解らんけど、精一杯生きよう。
過去では無く、未来でも無く、今日というこの一日だけを生きる。
貸して頂いた本で最も印象的だった部分。
『今』だけを観てる人ってどのくらい居るんやろ?
きっと『今』を愉しんでる人は未来も明るい。なぜなら、過去や未来では無く『今』を『生きている』のだから。
最後に俺の好きな言葉を。
『穏やかで、勇敢で、健全で、希望に満ちた考えで頭をいっぱいにしておこう。なぜなら人生は、心に思い描いたとおりになる。(デール・カーネギー)』
…あれから、Iさんから貸して頂いた本を購入しようと探しているのですが、見つかりません(ノД`)
6件程探しましたが、未だに見つからず。カーネギー関連の本はあるけど、あの本だけは…泣
でも通販は俺のポリシーに反するので出会う時を愉しみに、また書店巡りしよww
実は探してる時も愉しいんですがwww
BGM:Don't Look Back In Anger by oasis
そう思えば、たまに暖かい日もあったりして、
何!?ツンデレ??ヤンデレ??
もう、将軍様ってば!!!!
と思ったりするような時もあります。
どこぞやの不穏な動きをする将軍様と違い、まだお茶目な冬将軍様の方が好感が持てます。
…むぅ。なんだかんだで1ヶ月以上の放置。
たまにブログの事を言って頂けるのだが、本当に申し訳無い!!涙
でもなんて言うか無理に書けないのが私のスペックでして…www
書きたい時は色々書こうとするのに、書けない時は全く書けない。
習慣付ける事や地道にやるって言う事は素晴らしい事だと思いますが、そこに愉しみがないと。
どんな事でも同じやと思います。
地道に努力する事はとても素敵な事ですが、努力という行動の中に自分を奮い立たせるモノや成長するモノがあるから努力になる訳で、行動の中身が何もなければ、それはただの作業でしか無い訳ですからね。
中身=愉しめる要素。
だと思ってるので、中身が無いなら離れた方が良い。離れる事で違う角度から物事を捉えたり、新たに観えてくる事もある。
言い換えれば、離れる事も行動に含まれる事になりますから。
…はい、サボリ常習者の言い訳、ここで終了www
もう年が明けて一ヶ月が経過したんですね。
う~ん、早い。
1月は個人的には俺の誕生日やったり過去にも色々あった月なんですが、まぁボチボチ過ごしていますwww
そういえば、年末に尊敬してやまない上司のIさん(直属では無いのですが、憧れる御仁)から上品なブックカバーをされている或る一冊の本を貸して頂いた。
しかもまだ読みかけだと言うのに、
『お前に貸してやりたいと思ってた。』
なんて言って頂いて凄く嬉しかった。
その後、
『まだ読みかけやし、どの位で読める??』
と言われたので、笑いながら
『今年中には読み終えますよ~。』
と答えたら、
『じゃあ、感想文を書いて提出な。』
との御返事。
『…。1月中には余裕で書いて本を返せますよ~。』
この時の俺はあまりにも浅薄だったんだ。
たまたま、年末に訪れた会社で出会えた事に舞い上がっていたのもあるし、尊敬する上司からわざわざ本まで貸して頂いたのだから、有頂天になるにきまっている。
元々、仕事を離れてからも会いたいとは思っていたし、こんなタイミングで会えた事も嬉しかった。
だからこそ応えたいという気持ちがあった。
本を開くと…。
…字がびっしりじゃない!!
この分厚さ、司馬遼太郎先生の小説並じゃない!!!!
まぁこの位読み応えある方が好きですけどwww
などと思いながら読み進める。
貸して頂いた本の著者、デール・カーネギーの名前は知っていた。ナポレオン・ヒルやジョセフ・マーフィーなどと並ぶくらい、有名な方だ。
だが実際にカーネギーの著書を読んだ事は無かった。
書店で気になっていたまま、手に取る事はなかった。
このタイミングでカーネギーの著書を読めるという事や上司がカーネギーの著書を持ってられる事にエキサイトした!!(欧米のインタビュー風)
読んで行くと、本当に様々な考えが変わるのを感じた。
変わると言うより、昇華すると言った方が俺的にはしっくり来るのだが、『何、カッコつけた言い方してんねん!!』と言われそうで、少し怯えてますwww
カーネギーの面白い所は、とても身近な話を多用していて、心に響きやすかった。
ナポレオン・ヒルやマーフィーの本は、どこか『本当に!?』と思ってしまう部分があったので(俺的に。でも好きやし、色々と勉強になるwww)、尚更面白かった。
しかし、ここで問題が。
『1月中には余裕で感想文を書けますよ~。』と調子に乗っていた俺だ。
正直、ここまで内容が深くて多岐に渡ると思っていなかった。
そして、書きたい事が山のように現れていた。
上司からは
『そんな長々書かなくて良いし、本当に読んだか知りたいだけやから、分かり易く箇条書きで、まとめてくれたら良い。』
と言われたが、これは簡単に書けるような内容では無かった。
そうとも知らず、俺は…。
そう、あまりにも、浅薄だったんだ。(2回目)
それから、どこに行くにも本を持ちながら時間があれば読んでいた。
出来るだけ汚したりしたくなかったので、読みながらも緊張していたwww
個人的には本は汚すモノだと思っている。
好きな本や感銘を受けた本程、持ち歩いたりするし、時には文章に線を引いたりする。
デニムや靴に似た感覚www
気に入ると自分オリジナルにしたいので履き潰すような…。それで味が出ると言うか、思い入れが強くなる。
カーネギーも著書のはじめに『気になる部分は線を引いたり、何度も読んで欲しい。』記している。
しかし、これは借り物。
しかも尊敬する方からの本であり、重厚感溢れるブックカバーも施している。
はじめにあったカーネギーの言葉を読んだ瞬間、
『でもこれは上司の本、しかもまだIさんは読みかけなんだよ…。』
とカーネギーに語りかけた。
…カーネギーは優しい笑顔のまま無言だった。
取り敢えず印象的だった部分を書き出して、気持ちを書こうとしたが、上手くまとめられず、結局4回程読み返した。
学生時代から含めて、ここまで文章を創るのに迷ったのは初めてだ。(元々、文章創りや論文書きは好きだったんすwww)
悩みでは無く、愉しい迷い。
それを上手く凝縮する事が難しかった。(このブログを読まれていたら、俺の文才の無さが御理解されると思いますが…www)
論文とかのコツは、一方的に書ける事なんですよね。
言ったらブログやらメールもそうやし、何でもそうなんですけど、論文やレポートとかの方が一方的に書く事を武器にしやすいんです。
良く起承転結て良いますが、ぶっちゃけそんな事はどうでも良い。そこに拘るから難しくなる。
簡単に言えば『どの部分に興味を持ったか。』を頭にして、次に『その上で何を求めるか。』を書いて、『それを付加して展開を変える。』で最期に『効果とその後の考え(想い)。』を記せば良い。
音楽でも同じ。
リスナーを魅了するイントロがあって、どんどん引き込む上昇期(Aメロやヴァース)を経て、爆発させるサビ(フック)があり、次へと紡ぐアウトロで締める。
でも箇条書きやメールなどは一方的でありながら完結にまとめる事が重要なんですよね。
言わば、一方的過ぎない所が必要になる。
メールでそこまで考える人は居ないと思いますが、一方的過ぎないようにするには、いかに一瞬の爆発力だけを表すかって事なんすよ。
それを上手く表現するコピーライターの方々は本当に凄いと思います。(例えば『NO MUSIC, NO LIFE』とか)
…あっ、脱線してもた。
まぁ、そんな事で箇条書きで想いが書ききれず、簡単に書く事に悪戦苦闘していた訳ですwww(約3日間程)
でも、久々に凄く面白かった。
書いている上で葛藤が現れたりして、でもそれが心地良くて本当に良い薬になった。
勿論、カーネギーの本の内容も発見ばかりで凄く勉強になったし、読んでいて気持ちが落ち着いていた。
それを言葉にして尊敬している方に返す事にも悦びを感じた。
こうなる事を知って貸して頂いてたとしたらIさんは俺の中では神の存在だwww
その他にも、敬愛するI兄さんとも御飯を共にしてもらえたり、〝久し振りに〟Oさんと遊んだりして愉しい時間を過ごせた。(敢えて〝久し振りに〟を強調www)
なんやろ?大好きな人達と関われるって本当に幸せだと思う。
もっと言えば、大好きな人達が気にして頂ける事自体、幸せだ。
それが『当たり前』に氾濫してる社会。常にでは無くともその『当たり前』に対して感謝と尊敬の気持ちを持つ事が必要であり、大切なんだと思う。
それを相手に押し付けるのではなく、自分の心の中で持っておけば良い。
TwitterやFacebookでもそう。
繋がる事は素晴らしい事。だけど、身近過ぎて『当たり前』という言葉で片付けてしまいがちだ。
身近なモノ程、見失いやすい。
俺も実感した。
去年の今頃とは大違いだ。
でも、御陰で色々と学べた。振り返れば、ボロボロやったけど愉しかった気がする。
悲しみ、怒り、感情が制御出来ずに苦しみ、迷走して…。
苦笑ものやけど、そこから観えたモノは結構デカい。
道なんてなんぼでもあるし、道無き道でも歩けば、道になってる。
(…安藤美冬氏の著書にも似てた事書いてあったなぁwww)
それにどのような出会い方でも、こうして繋がっていてくれてる人達に感謝ばかりって事です。
たとえ道は違えても繋がっていれば、必ず交錯する。その時は笑顔でいれるように居たいもんです。
これからどうなるか解らんけど、精一杯生きよう。
過去では無く、未来でも無く、今日というこの一日だけを生きる。
貸して頂いた本で最も印象的だった部分。
『今』だけを観てる人ってどのくらい居るんやろ?
きっと『今』を愉しんでる人は未来も明るい。なぜなら、過去や未来では無く『今』を『生きている』のだから。
最後に俺の好きな言葉を。
『穏やかで、勇敢で、健全で、希望に満ちた考えで頭をいっぱいにしておこう。なぜなら人生は、心に思い描いたとおりになる。(デール・カーネギー)』
…あれから、Iさんから貸して頂いた本を購入しようと探しているのですが、見つかりません(ノД`)
6件程探しましたが、未だに見つからず。カーネギー関連の本はあるけど、あの本だけは…泣
でも通販は俺のポリシーに反するので出会う時を愉しみに、また書店巡りしよww
実は探してる時も愉しいんですがwww
BGM:Don't Look Back In Anger by oasis









