またまた続きをご紹介したいと思います。

 

 

 

 

ウォルトの夢とミッキーマウス

幼い頃から図画や演技などアートの才能を発揮しては教師を驚かせていたというウォルトは、19歳にして初のアニメ作品を手掛け、22歳で(1923年)、兄のロイと共にディズニー・カンパニーを立ち上げると、アリス・コメディやしあわせウサギのオズワルドなどの人気アニメを製作。そして1928年にはミッキーマウスを生み出し、歴史を作ることになりました。ミッキーマウスのアニメはすぐに大人気となり、世界中の人々に愛され、いつしかウォルトが壮大な夢として思い描いていたテーマパーク構想の中には、いつも傍らにミッキーマウスがいるようになったのです。

 

 

ディズニーランドは完成する事はない

1955年7月18日、カリフォルニア州アナハイムに世界初のディズニーランドがオープン。パークの完成を心待ちにしていたゲストは、ウォルトが築き上げたものを見たいとパークに押し寄せました。そのとき、彼は「ディズニーランドは永遠に完成しない。世界に想像力がある限り、成長し続けるだろう」と語っています。人々に何度も来てもらい、愛され続けるには、常に新しい夢とアイディアでパークを改良し続けていく必要があることに気づいていたのです。そしてその言葉通り、ディズニーランドは50年以上経った現在も、ウォルトの意志を引き継いだディズニー・イマジニアたちの斬新で新しい発想と創造力で、世界中の人々を驚かせ続けています。

 

いかがでしたでしょうか??奥が深いですね・・・。

 

前回の続き、ディズニーランドについてのご紹介をしたいと思います。

 

 

 

 

ディズニーランド誕生ストーリ

ウォルト・ディズニーは、よく幼い2人の娘を連れてカーニバルや動物園、遊園地に遊びに行っていました。ところがあるとき、娘たちは回転木馬に乗って楽しんでいるのに、自分はベンチに座ってポップコーンを食べるだけという状況に気づき、なぜ両親と子どもたちが一緒に楽しめる場所が存在しないのかと、それを造るべきではないかと考えたのです。それがディズニーランド計画の始まり。ウォルトは彼自身のポケットマネーでデザイナーを数名雇い、コンセプトを考え始めました。その開発には15年という長い年月がかかったといいます。そして、カリフォルニア州アナハイムに、1955年ディズニーランドを完成させたのです。

 

 

「これは私たちが作る、初めての長編映画になるんだ。」

ある晩ウォルトはスタッフ全員を集めて、1時間半にも渡るパフォーマンスを終えた後彼らに、「これは私たちが作る、初めての長編映画になるんだ。」そう言いました。ウォルトは『白雪姫』の成功のために、どこまでもこだわり続けました。150人もの歌手に出会い、7人の小人それぞれに個性を与え、「絶対失敗する」といわれた、前代未聞の90分にもわたるアニメーション作品を、750人のスタッフと、150万ドルもの制作費をかけて作りあげたのです。

 

 次回に続きます。

 

 

 

ディズニーについてご紹介したいと思います!

 

 

 

 

ディズニー とは

ウォルト・ディズニーを創始者とする世界的娯楽系巨大企業。

世界一有名なネズミ「ミッキーマウス」を筆頭に「ドナルドダック」「グーフィー」などの数多くの人気キャラクターを生み出した事で知られる。業界内においては著作権管理の厳正・厳格さでも有名です。なお東京ディズニーリゾートは直営ではなく資本関係の無い「株式会社オリエンタルランド」がライセンスを受け、運営している。

 

ウォルト・ディズニー とは

ウォルト・ディズニーは、世界的に有名なアニメーション・キャラクター、ミッキーマウスの生みの親であり、ディズニーランドの創設者。ここカリフォルニアにあるディズニーランド・パークは、実はウォルトが自ら構想・指揮して誕生した、世界初のディズニーランドなのです。

 

次回は皆さんがご存知のディズニーランドの誕生ストーリについてご紹介したいと思いますので、是非また次回もお越しください☆

 

※ディズニーランドは完成する事はないのだそうです。

次々と生まれていくディズニーランドとは?その真相に迫りたいと思います!

 

ではまた次回お会いいたしましょう!!