偽・乱筆記~himagine~

偽・乱筆記~himagine~

当たり障りのない日常の日記や雑記の類です


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2018年は資格試験の受験勉強で幕を開けた。
一昨年から転職を見据えて幾つかの資格試験を受験しているが、
その一昨年は年明けから勉強を始めて秋頃が試験日にあたり、
それから年末にかけては少しゆっくりできたのだが、
昨年は時間や期間に追われて年末年始も勉強をしなければならなかった。

昨年まで転職に強い士業資格を取ろうという主旨で、
不動産業界への転職を目標に2年間を費やして
宅建やマンション管理士(マン管)、管理業務主任者(管業)の
資格試験を受けてきたのだが、
そんな試験勉強の最中にもまだ将来のことを決めかねていて、
ネットで不動産関連で実効性の高そうな資格を調べていたところ
目に停まったのが“土地家屋調査士”だった。

そして昨年12月初旬の管業の試験を終えると
その翌週すぐに資格学校に足を運んだ。
詳しく話を聞いてみると“土地家屋調査士”は、
“測量士補”という別の試験に合格することで
試験の半分が免除され、その方が難易度も低いというのだ。
それで急遽検討した結果、
2017年は“測量士補”の資格試験を受験し、その合格資格を以って、
2018年に“土地家屋調査士”の資格試験に挑戦することにした 。
“測量士補”と“土地家屋調査士”の勉強を両立するという選択もあったが、
“土地家屋調査士”の難易度と私の能力の低さを勘案し、
両方いっぺんにというのはハードルが高過ぎると判断したのだ。
しかし11月からすでに直近の試験の講義が始まっていたため、
新年の授業開始までに遅れを取り戻そうと
年末年始の休みの間もweb配信サービスを利用して、
それまでの講義を見まくってきたわけだ。
それで冒頭の話になった。

“測量士補”はこれまでの宅建やマン管のような
業界の法律や常識の知識体系を問う試験とは少し違って、
幾何学等の数学知識を駆使して
机上で測量的な算定をする必要があるのだ。
私は勉強が苦手だったから当然学生の頃から文系に逃げて、
落第こそしなかったものの数学は赤点すれすれで、
今ではその記憶すら殆ど残ってない。
sin,cos,tanなんて何かを召喚する呪文くらいの認識しかない。
そんな状況から三角関数のおさらいを独学で始めたので、
今回の試験勉強はこれまで以上に困難を極めた。
やはり計算問題というのは一際難易度が高くなる。
私がすっかり簿記一級を諦めているのも結局それが理由だ。
ともあれ試験は5月の半ば。
ゴールデンウィークも全く休みらしいことをせず、
約半年にわたる鍛練の日々が続いた。
今回の試験勉強は難しいながらも
解らないところをwebで授業動画の配信を
何度でも確認できたのが効を奏した。
計算問題の解法を忘れても
それで何度でも見直しができたのだ。
動画が容易に見られる環境が整ったことで、
同じ勉強をするなら今は身に付けやすい時代になったと思う。
そして試験日前日恒例にしている
“華麗に勝つ”べくカツカレーを食べるとぐっすり12時間眠り、
完璧なconditionで決戦の日、5月20日を迎えた。

決戦の場は日本最高学府、東大campus。
会場時間寸前に辿り着くと私の席のある校舎の脇にしゃがみこんで
時間までtextを眺めたりする。
計算問題は前日まで散々犯りまくっているので
当日は暗記モノの記憶の掘り返しだけに集中した。
大丈夫、わりと覚えている。いい感触だ。
時間になり校舎に吸い込まれていく受験者の波に乗って
指定された教室へと向かった。
席につくとウェットタオルで熱くなったおでこを冷やしながら
暗記モノの確認の続きを時間一杯まで続けた。
試験開始時刻になった。
試験は3時間で五肢択一の28問。450/700点以上で合格だ 。
配点は不明だが単純計算で1問25点なので、
450÷25=18問正解がborderlineになる。
時間が足りない事態にはなかなかならないと思われたが、
やはり厄介なのが10問程度ある計算問題だった。
1つは完璧に解らなかった。w
結局それ以外はまぁ納得のいく解答ができた。
途中退室は試験問題も持ち出しできなかったので
受験票の余白に解答した番号を書き込むと
一時間を残して教室を出た。
帰宅してから深夜頃に解答速報が出ていたので
答え合わせをしてみると………

23/28点!

どうやら合格圏内に居るようだった。
計算問題があるということで
当初は苦手と感じた資格試験だったが 、
なんとか試験日までに知識の定着が間に合った。
あとはおそらく吉報のはずの合格発表を待つのみだ。
この後は秋に“土地家屋調査士”の講義が始まる予定なのだが、
それまで少しの間、鍛練活動の猶予ができた。

私はこの期間を効率的に使おうと、
最初に考えたのは自動車免許取得だった。
事前にネットで軽く調べたところ、
申込むにあたって一定の視力が必須ということだったので、
先ずは眼鏡を買うことにした。
今まで眼鏡をかけたことが無いので生まれて初めてのことだった。
これまであまり自覚がなかったのだが、
lensを通して見る世界はかなりclearで、
今まではモノがぼんやりとしか見えていなかったんだなぁ
と改めて思い知らされた。
それからその足で申し込む気満々で教習所に向かったのだが、
その日はまさかの休業日で、
私は仕方なく入り口付近にぶら下がっていた
パンフレットだけ貰って帰宅することにした。
帰宅後改めて教習所通いの具体的な計画の検討を始めたところ
私の構想には1つ重大な支障があることが判明した。
社会人が土日を使って免許を取るには、
半年以上かかりそうな見込みだったのだ。
それでは秋から始める試験勉強にも支障が出てきそうなので
自動車免許取得は先送りにして
夏場は割り切って少し休むことにした。
とりあえず平日夜は溜まっている文庫本の読破と
FXや仮想通貨の知識習得等のindoorな趣味を充たし、
週末は関東近郊の山歩きや街歩きといった
outdoorな嗜好を楽しもうと思っている。
孤独ではあるが多趣味な性分のせいで決して退屈だけはしないのは、
貧しい人生ながらも不幸中の幸いである。



 

 

【蛇足】
相撲協会、レスリング協会、日大アメフト部、
安倍、パコリーヌや二重国籍などのパヨク議員、
日本の社会構造は虚言癖が中枢に君臨し動かす傾向にある!
何故なのか!?orz


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明けましておめでとうございます
今年も宜しくお願い申し上げます

2017年は年の瀬まで仕事と勉強の両立で忙しく過ぎ、
一段落したあと少しくらい街歩きや山歩きでもしてみようとか
地図を眺めたりして一応は思案もしたのだが
例年以上に寒さがキツくていまいち外出に前向きになれなかったのと、
野暮用ができて時間が必要になったのが理由で大して何処にも行かず、
折角のまとまった休みを勉強っぽいことをしたり、
その気分転換にずっと時間や気持ちに余裕がなくて
1年くらい放置していた『1Q84』を読み進めたりと、
indoorな年越しになってしまった。
それもずっと放置していたから読みながら
少しずつあらすじを思い出して内容を理解していく感じだ。
ハンターハンターの読者も毎度そんななのだろう。
…とは言うものの貧しいながらもなんとか五体満足で乗り切り、
こうして新年を迎えることができたのは
それだけでも幸運なことなのかもしれない。
元気に生きていればこそ人生が好転させるべく機会に遭遇し、
挑める可能性もあるわけだから大変有り難いことなのだ。
この無駄に頑丈で元気なだけの身体を引きずり回して
今年も自分なりの目標に向かって全速力で突き抜けていこうと思う。

そこで先ずは毎年元旦の恒例にしている
昨年の反省と今年の目標設定をする。
これは言葉で自分の意思や願望を整理して具体的な方針を定めることで、
日々の生活を律していこうと考えて続けている営みだ。
それと余興でやっている当たった試しのない
今年の世相予測もしていきたいと思う。


【2017年の反省】
昨年は下記の4つの目標を掲げた。
『100万円貯蓄』
『副業についての研究継続』
『マンション管理士、管理業務主任者試験W合格』
『健康診断で体重60kg未満になる!』

その結果だが、
『100万円貯蓄』
は、小銭まで計算してないが約33万円で終わった。
昔に比べてモチベーションは落ちてると思う。
株式投資をしてみたり、ふるさと納税してみたりと、
貯蓄活動の足しになりそうなことはいろいろとしてはいるのだが、
以前の爪に灯を灯すほどの節約根性は出てこなくなった。
勉強に注力すべく外食が多くなった。
少しでも元を取ろうと大盛りや御飯御代わり無料の店では
迷わずより多く食べた。
そんなわけで…

『健康診断で体重60kg未満になる!』
も無理だった。64kgに増えてて驚愕した!w
年末直近に計っても62kgだったので昨年と変わらずだ。
当初は朝昼食べなくなったのでいけると思ったのだが、
夜に元を取ろうと糖質を沢山取る生活になってしまい
それが良くなかったみたいだ。
“糖質”なんて言葉も随分後で知った知識で、
その以前にふるさと納税で玄米を送ってもらい、
我が家では玄米が主食になっていて、
これがまた糖質を始め栄養分が高過ぎて
ダイエットには向かない食材だった。
それにあまり集中して取り組んでこなかったと思う。

『マンション管理士、管理業務主任者試験W合格』
は最も集中して取り組んだ目標だった。
合格発表は1月半ばなのでまだ結果が確定してないが、
マン管はたぶん落ちている。管業が希望を残している。
何れにしろ自分の置かれた状況下において
手は尽くしたという自負はあるのでもうどんな結果でも構わない。

『副業についての研究継続』
これは片手間で多少は考えたりはしたが、
特段妙案は浮かばなかった。
何にしろ“モノを売る”のであれば、
売れるモノを安く仕入れて高く売るという行為になるので、
それなら手続きの手間のかからない“株”を上回るモノが
今のところ思い付かないので“株”で充分だ。
“サービスの提供”となると人に秀でてできるコトがない。
秀でてないなりに“何でも屋”みたいにできることでもやればとも思うが、
普段会社勤めをしているので時間のかかることを安請け合いはできない。
ユーチューバーならどうか!?
一般人の趣味嗜好がよく解らないから無理だ。
夜間自宅でできるそれらしいことは“為替取引”くらいかなぁと
年末頃になってようやく思い至るようになった。
株式取引でも一貫してるがあくまでも超保守のstyleなので、
FXでレバレッジを効かせるとかではなく
あくまで普通の為替取引だ。

総括すると、
『100万円貯蓄』→約33万円で未達成。
『副業についての研究継続』
→FXに活路を求めることとする。一応の決着。
『マンション管理士、管理業務主任者試験W合格』
→マン管は不合格、管業は合格見込み。半分は達成見込み。
『健康診断で体重60kg未満になる!』→62kgで未達成。
となる。忙しかったわりにはいまいちな結果だ。


【2018年の目標】
さて続いては2018年の目標だが、
“貯蓄活動”と“鍛練活動”の両軸は変わらずだ。

“貯蓄活動”は、もはや絵に描いた餅の『100万円貯蓄』。
もう1つは昨年よりも少し具体的に『FXの検証』。
FXは上半期はシュミレーションに留めて、
種銭を稼ぐことに注力して下半期で本番に臨もうと思っている。
この2つを掲げていく。

“鍛練活動”は、昨年で完了して今年はいい加減に
転職活動すんじゃないのかよ!という想定だったが、
試験勉強の最中に気になり始めた宅建士やマン管士よりも
明確な資格者の独占業務がある
“土地家屋調査士”への挑戦をすることを決意した。
そして今年に関してはその一次試験を免除できる
コスパのいい資格試験『5月の測量士補の資格試験合格』を目標とする。
本文冒頭で触れている野暮用の勉強っぽいことはこれのことだ。
すでに資格の学校の申込みをしており、
11月から授業のカリキュラムが始まっているので
すぐに取り掛からないと試験に間に合わないため
すでに勉強っぽいことを始め ているのだが、
“測量士補”とはバリバリの理数系資格で、
なんと高校数学の復習から勉強が始まる。
サイン、コサイン、タンジェントなんて言葉も久しぶりに耳にした。
現役高校生の頃も苦手で2度と関わらないつもりでいたのに
四半世紀過ぎて再び私の前に立ち塞がり避けては通れない状況だ。
そしてこれまで勉強してきた知識や仕事を通じて得た経験則が
あまり活用できないジャンルで私の脳も元来文科系でできているせいか
いまいち知識が脳に染み込んで来ない。
近年では最も取っ付きにくい難関試験になりそうだが、
とにかくやるだけやってやろう。
万策尽くした結果なら大して後悔はない。
5月の試験なので、その結果次第で先のことを改めて考えることとする。

…体重は気にしてる余裕もないし、もういいや!w

で、今年の目標を整理すると、
『100万円貯蓄』
『FXの検証』
『5月の測量士補の資格試験合格』
これら3つを掲げていく!

【2018年の世相予測】
先ず2017年という年は、
“英国のEU離脱”と“トランプショック”でハイリスクな市場になり、
『世界的な株価大暴落が起こる』
『日経平均大納会の終値は15000円』
と予測していた。
ところが前提の事実をものともせず世界の金融市場は
粛々と安定した推移をしていた。
こういうのが毎年のように予想が外れる。
だから株式投資も上手くいかないのだ。
否むしろ逆にだからこそ世相予測を始めたようなものだ。
こうして考える癖がついてきただけでも良い傾向だ。

さて改めて2018年という年を想像すると、
韓国で冬季五輪、ロシアでサッカーW杯と大統領選。
北朝鮮からは亡命と難民とミサイルが日本に時々やってきて、
トランプとの口喧嘩も虚しさと激しさを増し、
極東がにわかに注目を集めると思っている。
そして『第二次朝鮮戦争の勃発』に至るのではと予測する。
そして『日経平均大納会の終値は15000円』と
昨年の予測と同じあたりまで落とすと予測する。
今上がってるのが身の丈以上に思えて仕方ないのだ。

で、まとめると、
『第二次朝鮮戦争の勃発』
『日経平均大納会の終値は15000円』
を予測する。
果たしてどうなることやら今から楽しみだ。







【蛇足】
新成人へ
二十代は人生を諦めるにはまだ早すぎる!
例え今何かに絶望していても諦めるのは三十路過ぎてからにしろ!
まだいける!w


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乱筆自体随分と久しぶりだ。
尤も乱筆していない時は大概何かしらで忙しい時期なので、
このところリア充だったとも言える。
好きなことをしていて忙しいならそれは幸せなことだが、
私の場合はそうでもないのが辛いところではある。
そして2017年もあっという間に年末を迎えている。
…みたいなことを毎年言っている気がする。w

昔の人は“少年老い易く学成り難し”などと言って
時間の流れが思いの外早く過ぎていくので
やるべきことがあるならば尽力すべしと
警鐘を鳴らし続けてくれてるのだが、
かくいう私の半生は注意散漫で
無為に多くの時間が過ぎていった嫌いがある。
子供の頃から遊びの類いは幾らでも夢中になれたのだが
勉強などの苦行に一定期間集中して取り組むことが
なかなか出来なかった。
疲れやすくごろごろと怠けていた時間も少なくはない。
私の人生設計が崩れ始めたのは高校受験の頃だったと思う。
それらが積み重なって平均寿命の半分を過ぎても
職能の鍛練を続けるはめになってしまったのだ。
歳を取っても勉強してるというのは一見立派な心掛けのようだが、
こんなことは本来は若い頃に消化しておくべきことで、
私くらいの歳ならばとっくに何かしらを体得していて
すでに何者かになっていて然るべきなのだ。
いつまでもルーキー面しているのはむしろみっともない。

で、みっともないなりにも今年は11月末の“マンション管理士”と
12月頭の“管理業務主任者”の試験を受験すべく、
3月半ばから授業を受け始めて、
4月半ばに今期の問題集を購入し、
5月半ばから土日平日夜も資格の学校の空き教室に籠り、
ひたすら教科書と問題集の反復を繰り返した。
昨年、宅建の試験に合格した時に確立した私なりの手法だ。
しかし今年は若干minorな資格のせいか
最寄りの学校では生授業をやっていなかったので、
学校まで通ってDVDで授業の映像を視聴するという受講だった。
同内容のネット配信を家で見ることもできるのだが、
“いつでも見れる”ものは“なかなか見ない”ことを私は知っていた。
数年前にもCFPの受験をしようと思い、
ネット受講を申し込んだことがあったが、
なんと1コマ目の授業すら最後まで見なかったのだ。
そして今でも後で見ようとfreeでダウンロードできる
ドラマや映画やエロビデオを見つけては
大量に落としているがほぼ後で見返すことなく、
PCの容量を圧迫し出すたびに結局1度も再生せず
片っ端から削除するという一連の流れを
懲りずに何度も繰り返している。
だからわざわざ日時を決めて学校まで通うことに意味があったのだ。
その点は功を奏して授業の視聴をスケジュール通りに進められたので、
一定の速度で知識を習得することができたと思う。
ただ映像と教科書と問題集を見て理解しなければならないのだが、
先ずその教科書に不満があった。
学校で教科書と過去問の問題集をくれたのだが、
教科書の内容が浅くて過去問を網羅できていないのだ。
そしていざ解らないことが出てきたらネットを通じて
講師に質問ができるシステムはあるのだが、
文章で事細かく疑問点を伝えるというのは非常に難しく、
回答も少しずれてたりしても回答に対して
重ねて質問ができる仕様でもないので
結局幾つか解らないところが解らないままで試験時期を迎えてしまった。
それはそれで仕方ないのでそういう箇所は試験直前に洗い出して、
最後はもう理屈抜きで丸暗記をした。w
それでも試験直近の模試では、
マンション管理士は、37/50点、
管理業務主任者は、40/50点、
何れもボーダーラインは30点台後半なので、
なんとかそのlevelには仕上げることができた。

決戦の刻

11月25日、先ずはマンション管理士の試験だ。
前日夜は“華麗に勝あかつ”べく景気付けに
CoCo壱でカツカレーをテイクアウトした。
そして試験当日はお腹を壊さないように
スナック菓子だけ少し食べて家を出る。
肌寒かったが天気もよく体調も万全、
試験会場になっている都内の私立大学へと向かう。
無能なりにやれるだけの事はやった手応えもある。
どんな結果でも後悔はないだろう。
取り合えずはそんな状態で試験に臨んだ。
試験は過去問があまり参考にならない
初めて見るような論点が多いように思えた。
それでもその場で引き出せる知識を応用して解答していった。
家に帰ってから解答速報で自己採点すると、

30/50点!

さすがに不合格であろう。
…見込みを遥かに下回る点数にその日はしばし茫然としてしまった。
寝て起きて翌日からは気を取り直し、
管理業務主任者に向けて最後の調整に入った。
マン管の試験結果に多少自信は挫けていたが、
改めて緊張感が高まって良かったと都合よく解釈し、
12月2日、管理業務主任者試験の日を迎えた。
2017年の挑戦の最終戦だ。
前日はまた件のカツカレーで“喝”を入れて、
万全な体調で先週と同じ大学へと向かった。
前週に比べたら過去問が参考になる問題が多く、
自信をもって解答できた問題が多い手応えだった。
家に帰って解答速報が出ると早速自己採点をしたところ

39/50点!

最後の最後の試験は大体想定通りの点数で、
管理業務主任者の方は期待が持てる結果に終わった。
昨年、宅建士の試験勉強をして無事資格を取り、
今年はその余勢を駆ってマン管と管業の試験勉強と受験を終えて、
転職願望に駆られて始めたこれらの営みは、
結果はどうあれこれで一先ず一区切りついた。

この年末は少しゆっくりして年明けからでも
当初予定していた転職活動などこれからのことを
少しずつ実行していこうという心づもりでいたのだが、
まだマン管、管業を勉強していた最中にふと思い当たったことがあり、
先ずはその検討をすることにした。
その思い当たりとは“土地家屋調査士”資格への挑戦だ。
今まで独占業務のある士業と言われる資格を得て
転職市場である程度の優位性を確保してから転職しよう
という志を立ててから2年越しの試みを終えて、
宅建士、管理業務主任者(合格見込み)の資格を取得し、
一定の成果を得ることはできた。
しかし宅建士も管理業務主任者も一部独占業務があるものの
営業所に一定数居なければならない“必置資格”であるところに
大方の意義がある。
なので初心者でも無免許でもそれに近い仕事は出来てしまうので、
現状よりも有利な転職にありつけるほどの自信を持てないでいた。
マンション管理士に至っては名乗っていいよ!っていう
“名称独占資格”とか名ばかりにもほどがある。w
それに対して“土地家屋調査士”は現行法において
表題登記の登記簿作成が士業独占で、
独占性の高い不可欠な地位を得ることになる。
これまで2年間の不動産業界の勉強の余勢を活かして、
挑戦してみる価値はあるのか!?
ネットで調べたところかなり前向きな気持ちになってしまい、
あとはその具体的な学習計画とその環境を整えることができるかどうかだ。
資格の学校を調べたところ通えそうな場所にあったので、
管業試験の翌週には早速その学校に足を運んだ。
話を聞いたところ測量士補という資格を取れば、
土地家屋調査士の試験では一次試験を免除できて優位だという話で
今の時期からのprocessを考えると
来年の5月の測量士補試験合格を目指し、
その結果を経て1年間勉強して再来年10月予定の
土地家屋調査士の試験に挑むのが最短距離で実現可能だと思った。
もう若くもないのにすでに転職に向けた職能の鍛練に2年を費やし、
そしてまた2年がかりの挑戦をしたい衝動に駆られている。
いやはやどうしたものか。

私には仕事としてやりたいことが特段何もなく、
逆にやりたくないことばかりで働くこと自体が嫌になっている。
結果(金)だけが欲しいというのが率直な気持ちなのだ。
そんな性根だからいつまでも生きていく手段の照準が定まらない。
そして少し悩んだがもう何年も転職の意思は揺るぎないのだから
ダメ元でも挑戦してみることにした。
私には“やりたいこと”がないから“出来ること”を増やして
有利な転職に繋げられれば、
今よりも少しは有意義な人生をいきていけるかもしれない。
などと皮算用をしたのだ。
そんなわけでまたあと約2年間仕事と勉強に挟まれた
忙しい日々が続くことになり、
早速来年5月に向けた試験勉強を始めている。
もっとゆっくりと貯まってる本を読んだり、
街歩きや山歩きなんかもしたかったのだが時間がないので諦めた。
本くらい読めそうなものだが時間だけでなく、
体力も人一倍足りないのでそんな暇があったら、
少しでも長く深く眠りたいのだ。

今の若者は私より若いくせに私より早くに絶望し、
死にたがったり、実際死んでるnewsをよく見る。
座間の事件も被害者(?)も加害者も全員年下だ。
両親ともクズみたいな家庭で幼くして亡くなる子も多いので、
私よりも過酷な境遇なら私も軽々しく“生きろ”とか言えない。
だがそうでもないならせめて二十代までは
不幸に抗ってみてはどうか?
こんな屑みたいな世界のために
若者がわざわざ死んでやることない!
と率直に思う。



【蛇足】
今年は4編のエッセイを書いた。
昨年に引き続き忙しい年だったのであまり乱筆活動は出来ず、
今や決してモチベーションの上がらなくなった仕事と、
その仕事を変えるべく取り組んできた勉強だけで
忙しい1年が過ぎていった。
しかも成果の芳しくなく辛い年になった。
それでも根拠のない自信に突き動かされw、
来年も同じように光陰の矢に負けぬ弾丸のごとく
全速力で突き抜けていくつもりだ。
それでは少し早いがメリークリスマス!そして良い年を!


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2017年の冬は大して寒くなかったので
出勤時に1度もcoatを着なかった。
私は寒いのが苦手で
冬になるともう15、6年前に昔映画やドラマでやっていた
探偵濱マイクを多少意識して買った
革のロングコートを着るのが唯一楽しみだったのだが
重ね着をして満員電車に乗るのは嫌で、
好き嫌いを秤にかけたら着なくても平気かなと思っているうちに
いつしか春めいた季節に変わっていた。
私の通勤路には専門学校があって
毎年3月に卒業式があって、4月になれば入学式があり、
特段意識して見ているわけでもないのだが、
いつも似通った時間に家を出るので
すれ違う若者たちの顔ぶれがこの時期に代わっていくのが分かる。
見かけなくなった人たちはきっと学校で覚えた技能を駆使して
希望の職種に就いているのだろう。
若くして一先ず希望が叶っているのなら
それはとても幸せなことだと思う。
万が一今回上手くいかず夢破れた若者たちも、
或いはこれから学ぶ若者たちだって
若いというだけで圧倒的な可能性を持っている。
少なくとも労働市場ではそういう思考傾向にある。
それに対して私はもう大して若くもないのに
未だに半人前で成りたかった自分に成れていない。
それでいつまで経っても不安定な生活が続き、
そのくせにここ数年はずっと転職することばかり考えている。

転職を思い立ったのは一昨年の2015年の梅雨頃だ。
少しでも就労に役立ちそうな技能と自信を身に着けるため
職能の資格試験を受けるのがライフワークになっているのだが
数年前に挑戦した簿記1級は難解で脳に染み込まず、
CFPも範囲が広すぎていまいち知識が定着せず、

いずれも不合格だった。
そこでCFPの一分野でもある不動産に特化した資格なら
いい勝負出来るのではないかと考え、
不動産業界を得意分野として確立し来るべき転職に備えて、
昨年と今年で不動産関連の国家資格を取り巻くる計画を立てた。
そして昨年は先ず宅建士の資格試験を受けて
見事合格することが出来た。
弁護士や会計士に比べたらかなり格下ではあるが
取り合えずは業務独占の士業資格だ。 
年が明けてからもlicenseを取得するための
研修と試験を受けたりしている。
そしてそれも終わり、もうすでに今年の目標である
マンション管理士と管理業務主任者の授業が始まっている。
ここまで2年前に立てた当初の計画通り進んでいるのだが、
如何せん私のやることは他人より時間がかかる。
というのも私が計画を立案した時から現在に到るまでに
私の周りの多くの人たちは私よりも遅くに展望を抱き、
それを私よりも早く実行し、すでに大勢が転職しているのだ。
いつだって私は取り残される。

私の時間軸の進行の遅さは“自信のなさ”に拠るところが大きい。

何をするにしても自信がないから
事前の準備など手を尽くしてからでないと
次の一歩を前へと踏み出せないのだ。
失敗しても取り返せる場面なら深く考えず突き進めるのだが、
人生がかかっている状況では簡単には何も決断出来ない。
“自信がない”のは根拠がないわけではなく、
実際に他人様に誇れるような業務遂行能力があるのかというと
劣っているような気がしてならない。
この仕事で生きていこう、この会社で定年まで頑張ろう、
というような決断もこれまでに何度もしてきたが
その度に思っていた環境と違い、後に反故してきた。
自信もないし秀でた技能もないから
何をやっても上手くいかないことが多いのだ。
だから少しでも不安を散らす意味合いで
本番に取りかかる前に人事を尽くしておこうと、
時間のかかる手法になりがちなのだ。
こんな悠長なペースだからとてもじゃないが
大事を成し遂げるtypeの人間ではないとは自覚しているが、
少なくともそれで上手くいかなくても
手を尽くして駄目だったなら後悔は少なくて済むとも思っている。

しかも最近では勉強のコツを掴んできたから
今なら簿記1級にも手が届くのではないかとか思い始め、
さらに時間と労力と費用のかかるようなことを考えたりもしている。
転職市場は歳を取ってるだけでもハンディキャップなのだから
あまり悠長なことも言ってられないのだが、
結局のところ当面の目標そのものが
私自身も大してやりたいものではないから
いつまでも照準すら定まらずぐらぐらと揺れ動き、
それでこのところずっと将来のことを考えあぐねているのだ。
今や特段やりたい仕事などもなく、
どちらかといえば働かないで済む手段ばかり考えている。



【蛇足】
生まれて初めて職質されたわ!
どう見たって怪しくねえだろ!なぁ?w


テーマ:


『Battery』SMAP

 

正月休みを終えると厭な仕事の日々が待っていた。
それでも一時期の目の回りそうな状況よりも落ち着いていて
忙しい最中にも定時で帰れる時が時々ある。
2月から宅建士証を取得するための研修が始まり、
それからなし崩しにマンション管理士の
資格試験に向けた授業が始まり、
仕事と勉強を掛け持ちする忙しい時期が来るので
それまでプライベートの時間は、
しばしの余暇を読書と音楽鑑賞で過ごした。
コルトレーンを聴きながら少し前まで読んでいた文庫本が、

『行きつけの店』山口 瞳

2、3年ほど前だったか。
健康診断で訪れた病院で待ち時間に
待合席のラックに置いてあった雑誌ブルータスの記事で
“文豪の通った店”のような特集を読んで、
こんな作家さんも居たんだなぁと初めて知って、
後日、ブックオフで購入した作品だ。
著者が仕事や私事で訪れた先で飲み食いした
贔屓の店での思い出話を描き連ねたエッセイで、
訪れた時期というのは昭和時代の出来事で
著者の後書きによると本書の出版された時点でも
取り上げた店がすでになかったり、
話に登場した店主が亡くなっていたりと
古い話ばかりで今でも同じような追体験が
出来るかというと殆ど無理であろう。
仮に店があって店主が居ても高そうな店が大半なので
私には敷居高過ぎて結局入らないだろう。
尤も最近ではあまり自炊もせず外で食べることが多くなった。
身体が横着になり舌が贅沢になってしまっている。
それで腹が出てるのが気になり出す始末だ。
その上金もない。

昨年末に有名なアイドルグループのSMAPが解散した。
アイドルグループで長期に渡って解散に至るまで
peakの人気を維持してきたのは彼らが初めてじゃなかろうか。
かつてロックバンドで人気絶頂だったビートルズやBOOWYが
解散した時なんかが一番似たような出来事かもしれないが、
いずれも活動時期は短かったし、
ロックンロールというものは感度の高いteenagerのものだから
世代を隔てなく老若男女に衝撃を残したかというと
そこまでではなかっただろう。
かくいう私も所謂日本の芸能界に大して関心が高いわけでもないが、
彼らのメディアを通じた活動や歌う曲は、
普通に生きているだけで勝手に耳に入ってきた。
メンバーの顔と名前もいつの間にか覚えていた。

彼らは私と同じ世代だ。

メンバー最年少の香取は若干離れるが、
1970年代前半生まれの団塊ジュニアなどと言われ、
その前後に比べると人口が突出して多い世代だ。
そのせいか子供の頃は遊び相手に事欠かず
わりと楽しく過ごしていたが、
俄な人口過多が禍して高校進学を考える年頃には
競争率の高さに相当苦労した。
時代は好景気まっただ中でちょうどその頃SMAPは誕生したらしい。
しかし80年代のアイドルブームも
光GENJIとWINKあたりですっかり熱気は冷めて、
私もハイティーンになりアイドル風情に
全く関心を持たなくなっていた。

私がSMAPの存在を初めて認識したのは、
土曜の夜にやっていたTV番組の
『夢がMORIMORI』がきっかけだった。
だがその時も前番組が若かりし頃のダウンタウンとウンナンが
やっていたコント番組でそれに比べると
いまいち笑えず殆ど見なかった。
その頃の私は今で言うFランの大学に滑り込んだのだが、
すぐに退学する羽目になり将来について考えあぐねていた。
“就職氷河期”という言葉が聞こえ始めた頃だ。
私は学歴不問で未経験者歓迎でお馴染みの飲食業界に身を置いていた。
ご存じのとおり安月給で忙しいばかりの業界で
夜型の生活だったこともあり、
その頃もあまりTVを見てる暇もなく
SMAPの存在はグループ名を知っている程度のものだった。

20代後半になり飲食業界の愚図っぷりに嫌気がさし、
事務職に携わるようになり昼間働き、夜眠る生活になり、
昨年末までやっていた番組『SMAP・SMAP』を
時おり見るようになって、
ようやくメンバーの顔と名前が分かり始めた。
相変わらず笑えるほどではなかったが、
私自身あまり腹を抱えて笑うようなことがなくなってしまい、
TVの中の楽しそうな雰囲気を楽しめれば
それで良いと思うようになっていた。
世界は21世紀に突入していた。

日本は後に“失われた20年”と言われる景気低迷の中で
私も低収入の惨めな生活が現在まで続いている。
勿論同じ時代を上手く生きてる人は沢山いる。
私の器量がなかっただけだ。
その間SMAPはずっと同世代のてっぺんに君臨し続けてきた。
TVを通じて彼らを見る限りずっと変わらず仲良さそうで、
仕事も楽しそうで羨ましくも思えた。
勿論彼らには彼らなりの苦悩はあったかもしれないが
一般人の生活苦に比べたら大した話じゃないだろう。
と勝手に思っている。
それが昨年初頭の解散報道からの一転謝罪、
夏になってやっぱり年末解散宣言、そして年末の解散…
…と1年間ずっと彼らの暗い話題ばかり報道され、
私も少なからず関心を持ち、
何故だか幾らか淋しい気持ちにもなった。
とはいえまぁ才能のある人たちだから
これからもたぶん上手くやっていくだろう。
お笑いはやっぱりいまいちだけどw
中居の司会は面白いし、
他の四人はそれぞれいい役者だと思っている。
私は自分の心配をしていればいいのだ。
私もまだ幸福を諦めたわけではない。
謎の自信だけを胸に抱いて
Let's get higher higher!



【蛇足】
昨年の障害者施設の大量殺人事件後、
障害者や擁護者が「根底に差別がある」とか
必死に被害者面してるけどさほどの差別はなく、
むしろ私的には逆に精神障害者が年がら年中起こしている
殺人事件が不起訴になる刑法に逆差別を感じている。
差別を無くして健常者と同等の刑罰を受けろ!!!


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明けましておめでとうございます
今年も宜しくお願い申し上げます

 

というわけで今年も貧困で不幸な生活ではあるが、
無事に新年を迎えることが出来た。
年末からの休みは近現代の戦史や
古代文明発祥や聖書誕生にまつわる
ドキュメンタリーの動画を見たり、
村上春樹のエッセイ集を読んだりしてだらだらと過ごした。
生まれ故郷に行ったりもしたが耐え難い寒さのせいで
それ以外の街歩きの計画は全て中止にした。
やはり冬はどうしてもインドアになってしまう。
外に出て得られる経験も当然沢山あるだろうが
折角の引きこもり時期なので
せめて思索に耽る好機にしたいと考えている。

 

そこで先ずは毎年元旦の恒例にしている
昨年の反省と今年の目標の掲示、
それと大概外れる今年の世相予測をしていきたいと思う。

 


【2016年の反省】
昨年は最終的にマンション購入を想定した“貯蓄活動”と
転職に耐えうる職能を身に付けるべく“鍛練活動”の
2つの目標を立てていた。

 

“貯蓄活動”は『年間100万円貯蓄』を目標にしていたが、
結果は458,182円。全く届かなかった。
主な要因は収入が目減りしていることだ。
残業が厳しく制限されてるのが原因なのだが、
そのおかげで“鍛練活動”に時間を費やすことが出来たので、
その点は一長一短で良し悪しは付けがたいと考えている。
あと金融資産がトランプ景気で時価が上がったおかげで
多少は低収入をカバー出来た。
収入は自己統制出来ないので
投資の分野にも活路を見出だせないかな。
昨年も副収入に言及してたし稼ぐ方法論については
引き続き考え続けなければと思っている。

 

“鍛練活動”は『宅建合格』を掲げて合格した!
これは昨年唯一の吉報だ。

 


【2017年の目標】
今年も“貯蓄活動”と“鍛練活動”の両軸でいく。

 

“貯蓄活動”は変わらず『100万円貯蓄』。
全く手が届かずほとんど絵に描いた餅になりつつあるが、
照準はそこに合わせた生活を心掛けよう。
併せて『副業についての研究継続』も目標に掲げていく。
これは具体的な成果物を決めがたいので
一先ず検討の継続自体を目標にする。

 

“鍛練活動”は予てから計画していた
『マンション管理士、管理業務主任者試験W合格』
昨年勉強のコツみたいなモノが掴めたので
記憶が鮮明なうちに余勢で行けるのではないかと考えている。
あと今年は裏目標として『健康診断で体重60kg未満になる!』
一昨年までは数年間連続で体重60kg未満だったが、
昨年急に62kgに激増し腹肉に嫌なダブつきを感じるので
意識して食事を抑制することで
“貯蓄活動”の動機付けにもなればと考えている。

 

以上をまとめる。
これらを忘れずに今年を生きるつもりだ。
『100万円貯蓄』
『副業についての研究継続』
『マンション管理士、管理業務主任者試験W合格』
『健康診断で体重60kg未満になる!』

 


【2017年の世相予測】
先ず昨年は、
『若者の左翼傾倒がより顕著になり、参院選は共産党が躍進する』
と予測していたが、若者も普通に保守寄りの人が多く、
マスコミが偏った報道をしていただけで私はまんまと流されていた。
にしても報道の偏向が顕著なのは改善されないのか。
大して権力の圧力もない中で
自分たちの好みで自由な偏向記事を書いておきながら、
報道の自由度ランキングは先進国らしからぬ下位に低迷とか
馬鹿じゃないかと思う。

 

さて、2017年はというと大したeventもなさそうなので
2016年の余波から推察するに
“英国のEU離脱”と“トランプショック”でハイリスクな市場になり、
『世界的な株価大暴落が起こる』
と予測する。
っていうか正直なところ2016年も私の推察を超えることばかりで、
2017年という年にどんな影響を及ぼしていくのか
私には全く想像が付いていないのだ。
先行き不透明な世界を生きていくというのは
不安で些か心許ないが、
展開の読めない推理小説でも読んでいると思って
前向きに受け止めることとする。

 

併せて今回からは紫BBAみたいに
年末の日経平均株価を予想したいと思う。
全く想像付いてないと言ってる傍から無謀な話だが、
すでに挙げたようにハイリスクを理由に
『世界的な株価大暴落が起こる』と予想しており、
現状が実態経済を遥かに超えた期待値を反映した株価で
今年もまたドイツ総選挙、フランス大統領選と
先進国にまた大きな変化が予想されるのを鑑みると
『15,000円』
程度に落ち着くのではなかろうか。
大暴落ってほどでもないか。w

 

 

 

【蛇足】
新成人へ
君たちがこれから出会う年輩の大人の人たちは
そんなに立派な人ばかりじゃないから
人の言うことをいちいち真に受けず、
物事の良し悪しを最後は自分で考えろ!
少なくとも自分の判断なら反省はあっても後悔はない!w


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10月半ばにあった宅建士の資格試験を終えてからは

今まで勉強に当てていた時間を遊興に費やしている。
家に居る時は久々にマイルス・デイヴィスや
モートン・フェルドマンなんかの古いalbumを聴きながら
しばらく放置していた文庫本の山を読み漁り、
同じく手が付かなかったAFPの継続教育を受講したりと
わりとアカデミックな時間を過ごしている。
最近読んでる本は宅建士の勉強範囲にあって
軽く興味を持った“地形”や“地質”について
多少雑学を付けたいと思って購入した
山川出版社の地理の教科書だ。
でもこれはちょっとimageと違って
地形とか地質とか地学というよりも
国柄やその歴史的背景などの地政学的な内容で失敗だった。
学校の教科書を読むのは随分久しぶりだったから
地理という教科の内容を少々勘違いしていた。
出来れば人間の情動的な営みを排した
自然科学的な内容が盛り沢山なのが良かった。
そして週末は時間と体力の許す限りあちこち出歩いて
山歩きや街歩きの類いをしている。
と言っても12月にもなると
寒さで些か出不精にはなってきているが、
金はないが時間さえあれば
やりたいことは幾らでもあるので
退屈だけはしないで済んでいる。

尤も昨年の初夏にその次の目標まですでに考えていたので、
いつまでもだらけてるわけにはいかなかった。
先ずは宅建士の登録実務講習を受けて、
試験を突破しなければ宅建士証が手に入らない。
その勉強を来年の2月から3月半ばまで予定している。
それから11月末から12月初旬の2週にかけて実施される
『マンション管理士』『管理業務主任者』の
資格試験を受験するつもりで
その授業の申込みも済ませている。
それが3月半ばから始まり、
勉強自体は試験日まで続くのだ。
となると来年も年末まで
仕事と勉強に追い立てられる日々になる見込みだ。
職種としてはこれまでのskillや経験則を活かした
経理士としての仕事に就くことのが希望なのだが、
士業独占の資格を合わせ持つことで不動産業界受けが
多少なりとも良くなればそれで良く、
宅建士よりもマンション管理士の方が
現状の需要は少ないが参入者も少ないので、
参入出来れば定年まで
継続可能な仕事になりうるのではないか
という大甘な見通しの目算があっての挑戦なのだ。
宅建士やマンション管理士としての職種自体は
特別やりたい仕事でもないのだが、
私には最早特別やりたい仕事など無く、
“継続可能”な仕事に就くことが最重要な要素なのだ。

逆に“継続不可能”な仕事とは何かといえば、
私の経験上“飲食業界”と“飛込営業”は無理だと思った。
それらは私が二十代前半から半ば頃に経験している。
しかも今もあるか分からないが以前に見た
netのブラック企業ランキングで見事殿堂入りしていた
“モンテローザ”と“光通信(の子会社)”だ。
大学も中退し職歴もない無能力者だったので
自分に出来ることは限られてると思い
「学歴不問、未経験者歓迎」という
敷居の低い仕事に絞って就職活動をしていた。
しかし飲食業界は今では和民を筆頭に
ブラック企業が多いことが世間にも知られるようになったが
私の居たところもそんな感じで、
それでも若さもあって不眠不休でやってみたつもりなのだが、
どんだけやっても何を言ってるのか分からない輩が
横柄に偉そうに怒鳴り散らしてる職場だったので
腹が立って辞めてしまった。今思い出しても腹が立った。
営業の方も半ば押し売りくさいことをしていた。
それでも無理な日が殆んどだったので
そこでも何を言ってるのか分からない輩が
横柄に偉そうに怒鳴り散らしてる職場だったので
腹が立って辞めてしまった。今思い出しても腹が立った。
当時私は人一倍職能や堪え性がないのかと悩んだりもしたが、
その後廻り廻ってわりとまともな企業で働くようになり
そこでの仕事は他人に遅れを取らず
出来ることが結構あったので
“自分はあながち無能でもない”と思うようになった。
向き不向きはあれど大概のことはやると結構出来るのだ。
そう思うようになってから活路を見出だすようになったのが
職能の資格取得だった。
難易度が上級の資格になると手が届かないことが多かったが
中級程度なら頑張ってある程度はむしり取ることが出来た。
今の仕事にすぐに役立ってるものばかりでもないが
退屈しのぎの脳トレになっただけでも損ではない。
今の私は溺れながらも
少しずつむしり取った藁の束をかき集めて
それらを脇に抱えてこの世界を漂流しているようなものだ。
その甲斐があってブラック企業とまでは言わないが、
安月給だが残業代くらいは当然に出るグレーな職場にいる。
しかしこの頃はその職場にも不満が多く
転職のことばかり考えるようになっている。
実際に私の周りも嫌になって辞めてく人が後を絶たない。
転職するにしても今や私も然程若くはないので
秀でた職能を持ってないと前向きな転職は難しい年代だ。
それだけにまだ若い時分の無駄にしかならなかった
試行錯誤の時期が心底悔やまれる。
大学を中退してから本当に失策の多い愚図な半生だった。
こんな愚図な人生を望んではいなかった。

Cause we were never being boring.

最近趣味にしている長歩きを再開したのは
すっかり秋も深まった11月に入ってからだった。
久しぶりだったのでへこたれる可能性もあると思い、
先ずは脚慣らしにかつて1度歩いたルートを辿った。
実績があるのだから当然踏破出来る筈だ。
そのルートは金町から柴又帝釈天に立ち寄り、
そこから東京湾岸の葛西臨海公園を目指すというものだ。
前に歩いた時より8年歳を重ねたせいか
思っていた以上に疲れてしまった。
11月半ばには東京側の高尾山から陣場山まで
尾根づたいに歩いて山梨側に下山して
相模湖の先にある藤野駅から帰路に付くという
後半は私も初めてのルートを踏破した。
約25kmくらいの行程だが基本山道なので
体感はその1.5倍くらいあったと思う。
おまけに前日の朝まで降っていた雨のせいで
道中の至るところをぬかるみが出来ていて
歩きづらさも半端なく、転んでる人も散見した。
山歩きは所々人の手が加えられて舗装された道もあるが、
そのほとんどは道とは名ばかりで
何となく通れそうな“道筋”を辿ることになる。
多くの人が辿ったであろうから足で踏みつけられた痕跡が
道のように見えているだけなのだ。
その漠然とした不定形な全景をくみ取りながら
目的地への道を歩いている筈だと
些かの不安を抱えながらも進むのだ。
山道は1969年のマイルス・デイヴィスに似ている。
当時は電化マイルスなどと称賛とも揶揄とも取れる
異名の付いた契機になった年で私もまだ生まれていない。
exoticで不気味なrythemが延々と繰り返され、
幾つもの楽器が次々と不規則に絡み合い、
マイルスの吹くひときわ高音のトランペットが
不定型なmelodyをその上に重ねていく。
その先行きの分からない進行に不安感と期待感が湧くが、
終わってみれば充分に美しさの余韻を得ることが出来る。
careerの長いマイルス・デイヴィスの中でも
その頃の不可思議な曲調の作品が最も私好みの作風なのだ。
山道で息を切らして膝の痛む左脚を引き摺りながら
そんなことが頭に浮かんでいた。

帰りの電車に乗る藤野駅へ向かい
初めて歩く道を伝って下山し、
ようやく山道を抜けて街道に出た。
麓まではまだ少しあるようで傾斜の多い道だったが
ともかく歩きやすいアスファルトの道路だ。
あとはただただ駅まで歩くだけのつもりだったのだが、
道端で矢印の形をした立て看板を見つけて
どうしても気になってしまった。
矢印の中にはこう書かれていた。
『陣馬の湯』
まだ時間にも余裕があり左膝関節の痛みもあるので
足湯みたいのでも15分ぐらい浸かることが出来れば
ラストスパートにも耐えられるだろう。
そう思って矢印の指し示す方へ行くことにした。
ろくに舗装されてない私道のようなところを抜けて
開けた道路に出て少し歩いたところに
温泉のあると思しき旅館に辿り着いた。
持参していたガイドブックにも陣馬の湯について
記載があったと思い旅館の前で調べたりしていると
旅館の番頭さんが出てきて
「いらっしゃいませ」と声をかけてきた。
折角だからその方にいろいろと質問した。
私「通りすがりのものですが温泉だけは入れますか?」
番頭「入れますよ」
私「手ぶらで来て幾らかかりますか?」
番頭「1000円です」
私「タオルは借りられますか」
番頭「普通のサイズでしたら無料でお貸しできます」
私「それではひとっ風呂浴びてきます」
というわけで温泉に入って行くことにした。
鍵付きのロッカーはないらしいので
「あなたを信じます」と念押しし貴重品諸々を
番頭さんに託して旅館脇の温泉の建物へと向かった。
小さい湯船だったが私以外に一人しかおらず
その人もすぐに出て行ってしまったので
私一人で身体をざっと洗ってから
結局30分くらい湯に浸かり、膝の調子も良くなった。
温泉を出て荷物を受け取り、
少しゆっくりして帰り道の確認をしてから宿を出た。
その時番頭さんが居なかったので何も言えなかったのだが
旅館に着いた時には泥だらけだった
私の登山ステッキの先と靴を
洗っておいてくれたようだった。
本当に良い宿だった。

そして今年一番の街歩き企画は、
数年ぶりに再会した友人との伊豆半島周遊だ。
私は学生時代、社会人と呼ばれるようになってからと
沢山の人たちと出会ってはきたが、
私と接点が続いている人は皆無なので
今となっては私にとって唯一の友人との旅だ。
出会いは二十代半ばに約3ヶ月ほど在籍していた
件の営業の会社だった。
彼は悪名名高い光通信からの出向者で
私はそこの系列会社のプロパー社員だった。
光通信の社員と言えば押し売りまがいな営業が売りで
それを良しとする無茶苦茶な思想の連中ばかりだったから
どいつもこいつも偉そうに大口を怒鳴り散らしてたかと思うと
翌日から急に来なくなりそのままバックレて辞めるという
朝令暮改が繰り返されるうちに
私もそこで出会った人間の言うことは
いちいち真に受けなくなったが
そんな中でも彼は全く環境に迎合することなく
“普通な人”であり続けた。
そして私も環境や風潮にいちいち迎合しない気質なので
自分に似てる人だと思って次第に彼と親しくなっていった。
私も彼もそれぞれの都合で同時期にその会社は辞めて、
それから彼は東海地方の実家に帰り、
私は引き続き関東住まいだったので
なかなか会う機会も無くなってしまったのだが、
それでも細々とした付き合いはもうかれこれ15年以上になる。
きっかけはほんの短いすれ違いだったのに
私に友人を残してくれたのだから全く奇妙な運命だ。

で、11月の終わりに熱海で落ち合い、
そこからずっと東伊豆の海沿いの道を車で南下して
ぐるりと廻って所々で名所に立ち寄りながら途中一泊し、
西伊豆を北上するというルートを辿った。
私一人だったら電車と徒歩になるので、
特に路線のない西伊豆に行く機会はなかなかなかっただろう。
伊豆の海岸はかつて富士山が噴火した時の名残だかで
溶岩の固まった黒い岩場やその岩場に
穴を開けたような変わった地形が多く、
ドラマだか映画だかで見たことがあるような場所もあり、
後でネットで調べてみると岩場だけでなく
砂浜や街並みなんかが実際多くの作品で使われていた。
とても綺麗な街だ。

一泊は西伊豆の民宿で素泊まりだった。
友人が体質で魚介類が全く食べられなかったからだ。
伊豆の民宿ときたら当然豪勢な海鮮料理のオンパレードで、
友人にとっては拷問のようなものだ。
そこでGoogleマップなどを駆使して
民宿から少し離れた繁華街の松崎町まで車を飛ばし、
友人が食べられそうな食堂を探しに行ったのだが
田舎の夜は早い。
夕方で閉まる店も多くてなかなか見つからず
街灯も殆どない薄暗い繁華街を車でぐるぐると廻っていたが、
道沿いに『ステーキ 洋食の店』
といった文言の看板が目に止まり、
そこに行ってみることにした。
外に漏れる店の明かりが薄暗かったので
そもそも開いているのか少々不安だったが幸い営業中だった。
その洋食屋は気さくな感じの店主一人で切り盛りしていて、
私はペペロンチーノを注文し、友人はカツ定食を注文していた。
その店はバイキング形式のサラダとコーヒーが付いてきたので
満腹になるまで飲み食い出来て大変良い店だった。


 

 

 

 

【蛇足】
今年は7編のエッセイを乱筆することが出来た。
時間も体力もないので短めに済ませたかったのに
結局長文ばかりになってしまった。
来年はもっと短く締まりのある文章を
描けるようにしたいと思っている。
自分の1年を振り返ると仕事と勉強に追われつつも乗り切って
充実した手応えのある有意義な1年になったと思っている。
その反面あまり愛社精神をくすぐる会社に居ないので
慣れ親しんだ周りの人が
次々と入れ替わり立ち替わり居なくなり、
一人ポツンと遺されたような侘しい年でもあった。
まぁそれでもまだ今のところ生きる気力が挫けていないので
来年も懲りずにもうしばらくは生きていこうと思っている。
それではメリクリ!良い年を!


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ハロウィンが日本でも定着して随分経つ。
私が街中で見かけるハロウィンのデコレーションが
目立つように感じ始めたのは2000年頃だったと思う。
それから年々お祭りムードが高まっていき、
今では何故か渋谷で毎年の大騒ぎが恒例になっている。
それを「馬鹿みたい」「迷惑だ」と水を指す人も多いようだが、
私は結構なことだと思っている。
生活に余裕があり人間関係が充実していたら
私もばか騒ぎの日々を送りたかったと思っている。
好き好んで品行方正な慎ましい人生を送る人間の方が
理解出来なくて気持ちが悪い。
まぁ当人が納得してそうしてるだけなら
それでも構わんと思うのだが、
真面目礼讚信者は自分の正義を疑わず有識者気取りで
他人にまで品行方正を啓発してくるから嫌いなのだ。
私としては面白い人生を生きてるヤツが幸せで、
私も率直にそうありたいと思っている。
とはいえ、これまでに失敗の多い人生を歩んでしまい、
たぶん今からでは叶わない願望も沢山あるだろう。
それでもまだ自分の残り半生が幸福なものになる筈だ、
という思いがあるから日々試行錯誤して
体に染み付いた不幸に抗っているのだ。
最近の試行錯誤が“宅建士の資格試験”の受験で、
その試験は私的に2016年最大のeventだった。
1月から勉強を始めて10月半ばに試験だったのだが、
試験結果は11月末に通知され、
私はその週末に通知を受け取った。
その結果は……………

……………合格!Yeeeeeeeeeeaaaaaaaaaaah!!!

私はこれまでにも鍛練活動と称して、 
生存していくためにbusinessで使えそうな
職能の資格試験を断続的に受験してきたが、
今の職種(経理)に近い中堅レベルの難易度の資格はすでに取得しており、
近年は難関レベルに挑戦し黒星続きだったので、
今回は畑違いの職能とはいえ久しぶりの白星だった。
畑違いだったのは来るべき転職活動において
不動産業界に対しては多少勉強していることが
少しでも優位に働けばという思いがあってのことで、
宅建士として仕事に就くのではなく、
業界について勉強した経理士として職を得たいのだ。
勿論資格があるので報酬次第では掛け持ちでも構わない。
何にしろ“定年まで継続出来る仕事”が私のささやかな望みなのだ。

最近ふと思い出したのだが、
十代最後の年、私が将来やりたいと思っていた仕事は、
“予備校の講師”だった。
それまでは“大頭領のように働き、王様のように遊ぶ”
という漠然とした願望しかなく、
その漠然とした願望を叶えるために
先ずはより良い大学に入りたいという野望と
馬鹿で愚図な家族と暮らす生家を出たい一心で、
大学受験のために東京の代々木にあった予備校に通うべく、
某経済新聞の都内の専売所の寮で新聞配達の奨学生をしていた。
高校卒業後1年間浪人したが勉強のコツが掴めず惨敗し、
我が家は炎上した生徒会長に負けず劣らずの貧困家庭だったので
大学の学費は4年も続くので親に出してもらうが、
さすがに二浪は負担かけすぎだろうと思い、
予備校の学費くらいは自力で何とかしようと意思を伝え、
奨学生の制度を調べたのも手続きをしたのも確か全て私だった。
私の親は何もしてなくても忙しいという口実で
いつも何もしていなかった。
夫婦揃って行動力が異常に欠落しているのだ。
何もしない選択肢を好んで選ぶから他人より行動力がなく、
それは非力な虚弱体質とあらゆる経験則不足に繋がり、
私が出会った沢山の大人たちのレベルに比べて
一般的な知識や社会通念の類いが著しく足りない大人だった。
それが貧困に繋がったんだと思う。
そういうのが気持ち悪くて家を出たかったのだ。

3月末頃から始まった新しい環境での生活は
快適とまでは言えなかったが実家に居るよりは
遥かにましだと思った。勉強も随分と捗った。
朝は3時起床、新聞にチラシを織り込むことから始め、
4時前には配達に出発、7時頃には終了し、
私の担当区域は遠かったので
7時半頃には専売所に戻ることが出来た。
それから代々木に向かい自習か授業だ。
そして16時には夕刊配達に行くのが毎日続き、
さらに毎月集金にも行かなければならなかった。
集金が一番厄介な仕事だった。
商品が経済新聞だっただけに法人顧客が多く、
平日の日中早い時間でないと担当者が居ないとか
相手の都合の良い時間が早すぎて予備校のスケジュールと合わず、
どうしても両立が難しかったため所長に掛け合って
給料を減らしても良いから法人顧客の集金は
他の専業の人にお願いしたいと提案し、
議論は散々紛糾したが私にしたら1年限りの職場で、
将来と秤に掛けたら比べるほどのモノではなかったので
私の意思も固く最後は呑んでくれた。
議論が紛糾したのはこの話よりも前に
食費を引かれて提供されていた寮の賄いが美味しくなかったので
賄いを食べないから食費は引かないでくれ、
という交渉をしていたからだと思う。
十九の若輩者が随分と出過ぎたことをしてきたものだと
今では自嘲する反面、大した行動力だと自讚する気持ちもある。
「我が儘だ、贅沢だ」とその時も散々言われたのを思い出したが、
後で思ったが弁当屋の弁当や予備校にあった
立ち食い蕎麦屋のご飯物は普通に食べていたので、
賄いで使っていた米があまり良いモノではなかったのかもしれない。
それ以上にカルチャーショックだったのは“水”だ。
それまでは実家でも学校でも水道水を普通に飲んでいたので、
地元のスーパーでジュースやお茶、珈琲と並んで
水のペットボトルを販売してるのを見て、
「こんなモノ誰が買うんだよ!w」とかずっと思っていたが、
専売所の水道水は薬品のような味がして
体に悪そうだったので飲み込むことが出来なかった。
そして試しのつもりで買ってみたエビアンを飲んだところ
無味無臭なのがとんでもなく清潔で美味しい飲料に思えた。
そしてジュース、お茶、珈琲ですら不純物のように感じてしまい、
しばらくはそればかり飲んでいた。

私と同じ年に奨学生として同じ専売所に来た者も他に6人居て、
3人が工業系の専門学校生で、1人が私と同じく予備校に通う浪人生、
1人はアニメーションの専門学校に通っていた大阪人で、
もう1人は5月だか6月だか随分時期外れにやって来た
異常に大人しい女が居たが大して話をすることもなかったので
どんな人だったか全く分からなかった。
高校までは地元民としか接点のない生活だったのが、
そこで出会った人たちは出身地がそれぞれ違う人たちで
生活文化が微妙に違ったりしたのが、
ちょっと新鮮なカルチャーショックだった。
その専売所には3月末まで居たのでちょうど1年ほど世話になったが、
工業系の3人は夏ごろには全員学校を辞めてしまい、
だらだらと無為な日々を過ごし、
もう一人の浪人生はその年は合格出来なかった。
女とは喋らず終いで、大阪人だけが仕事と学業を両立していた。
私はというとその年、3つの私立大学を受験し、
滑り止めで受けた偏差値50ちょっとの大学に滑り込むことが出来た。
当時は大学の受験者の倍率が2倍と言われた年で
受験者の半分は大学に入れなかったので
偏差値50あたりも今でいうFランに相当するところだった。

しかし入学して半年経った秋頃になって親が学費が払えないとか、
4年間また新聞配達しないかとか言い出してきた。
新聞配達の拘束時間も半端ないのだ。
掛け持ちが勉強だけなら両立出来たが
大学は友人を作ったり有意義に過ごす場だと思っていたので
4年も続けられる自信はなかった。
それに金がないとかその頃になって判明する話ではない。
結局いつものように何もせずに時間だけが過ぎていたのだ。
そんな愚図が怠ける代わりに私が苦労を背負い込むのも嫌だった。
それで私は進級することなく大学を辞めてしまい、
せっかく仲良くなれた人たちともそこまでだった。
私の十九、二十歳の年は徒労に終わってしまい、
愚図な家族だけがいつまでも私の人生に絡み付いてくる。

あの年のことはしばらく忘れていたが、
今年、宅建士の資格試験を受験するために
しばらくぶりに集中して勉強してきた中で
ふと“前にもこんなことがあったなぁ”と
かつて同じように目標に向かってがむしゃらだった時のことを
いろいろと懐かしく思い出した。
思い返すと今でも当時の影響を残していることが幾つかあった。
前にだけつばのある帽子、所謂ベースボールキャップが好きで
今でも休日はちょっと出掛けるだけでもかぶるのだが、
その嗜好習慣が身に付いたのはその専売所で流行っていたからだ。
その時はスパイク・リーのdesignで
赤くて格好いいのをかぶっていた。
今は無地の黒だが派手に傾いたdesignは今でも好きだ。
他に今でも使っている文庫本の革のブックカバーは
その頃買ったモノだ。
代々木駅までの通学中に山手線の中で文庫本を読むのに、
何を読んでいるのかと表紙を見られるのが嫌で
折角だから良いモノを買おうと思い、
確か渋谷の西武ロフトで購入した。
当時、予備校の現代文の講師が授業中に解説した作品が
どれも魅力的に思えて好んで読むようになったのだ。
その講師がこんなことを言っていた。
「私にとって予備校の講師はやりがいのある天職だと思ってます。
何故なら皆さんが真剣に話を聴いてくれるからです。
高校や大学の講師ではこうはいきません。
皆さんが真剣だから私も一人でも多くの人を合格させたいと思って
心から全力で仕事に取り組むことが出来るんです。」
確かにそうだ。予備校の生徒は学歴にもならない学校に
高い学費を払ってわざわざ通っているのだ。
結果を得るために真剣なヤツばかりだったと思う。
この話が私の胸にコーンと響いて
私も予備校の講師になりたいと思うようになったのだ。
偏差値の低い大学にしか入れずそこも中退してるので
当然やりたい仕事には就けなかったが、
今は若者自体が減少しており、
さらに長引く不況でかつての私のように
学費をかけられない世帯が以前よりも増加しているようで
その予備校市場は縮小の一途で需要がなくなってしまった。
私の通っていた予備校も全国にあった校舎の
大部分を閉鎖したようだ。
そうなると私が当時の夢を叶えていても
幸せな人生を送れたかは定かでない。
とりあえず出来ることをやろう。
私も愚図の親譲りの虚弱体質で体力は他人よりないみたいだが、
動ける限りはじたばたと行動する気性があるようで、
その気性がずっと私の人生を支えてきたのだと思っている。



【蛇足】
芸能界でたまに見聞きする「干す」っていう風習が陰険で嫌だなぁ
険悪な関係なだけなら互いに干渉しなきゃいいだけだろ!
ベッキーを擁護する人は沢山居るみたいなのに
誰も能年を庇ってくれないのも本当がっかりだわ!


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今年は雨の日が多かった。
特に調べたわけでもないが随分と沢山の雨音を聴いていた気がする。
そしてその何度かは運悪くずぶ濡れにもなった。
まぁたぶん実際例年の平均よりは降水量の多い年だったと思う。
逆によく晴れた日の記憶が殆どない。
この夏は熱中症で人が亡くなるニュースは極端に少なく、
風物詩になりつつあった猛暑日の最高気温記録合戦も
全く話題にはならなかった。
凌ぎやすい暑さだった代わりに
大型台風接近と地方の水害の被害ばかり次々と報じられ、
そこまでいかずとも降ったりやんだりのぐずついた天気が続き、
いまいち盛り上がりに欠ける夏だった。
尤も今年は全くと言っていいほど余暇の外出をしなかったから、
そのことは然程残念にも思わなかった。
休日の殆どの時間を学校の教室で過ごしていたのだ。

昨年の春頃に我が社では人事制度の改悪があり、
以前から企業風土として根付いたモノなのだが、
本来のサービスの構築や提供といった本業よりも
部課長や取締役に見せやすい個人目標を掲げて、
それを名調子でプレゼン出来ることが評価に繋がる
内向きの社内営業礼讚の風潮が半ば公に制度化したのだ。
予てから私にはその風潮がどうしても気持ちが悪く、
今後も私はあまり信心深くならないだろうから
今の会社にも長くは居られないと考えるようになっていた。
私はどうしても気に食わない環境や風潮に同調することが出来ない。
その性分がおそらく私を不幸にしている。
「解かっているなら自分を変えればいいじゃないか!?」
みたいなことを賢しげに言う馬鹿に
これまでに何度か遭遇したことがあるが
周りが間違っていて自分だけが正しいと感じているのだから
気高い人間なら安易に譲歩出来んだろうが。
それでISや将軍様に与えられる腹立たしい幸福よりも
高楊枝を咥える人生を選んでしまっている。
そこで来るべき転職活動時に備えて何を成すべきかと検討し、
少しでも転職に有利に働き、少なくとも履歴書に箔を付けるつもりで
実効性の高そうな資格を取得することを決意した。
それは昨年の5月か6月くらいの頃のことだった。

先ずはnetを眺めて条件の見合いそうな目標を吟味し、
照準を定めたのが“宅地建物取引士”だった。所謂“宅建士”だ。
以前から宅建の名称で知られている資格で、
私も知らなかったのだが2015年からは
法的に業務専権の士業の地位が明確になったようで、
不動産業界への足掛かりに有効そうだと考えての選考だった。
それに宅建は私が過去に取得しているAFPの範囲の一部なので、
触る程度は勉強したことがある分野だ。
FPは学習範囲が相関性の薄い6つの分野に分かれていて
無駄に広いので知識を脳に定着させるのが困難で、
FPの最高峰CFPを受験した際は惨敗したのに対して、
宅建の学習範囲はその1/6を深く掘り下げたモノのようなので
知識体系の横幅が狭まれば内容が深くとも
上手く関連付けするなどすれば理解が捗りやすく
近年黒星続きの私にも充分に勝算があると考えたのだ。
それと結構もう中途半端な年齢になったにも拘わらず、
末端の仕事ばかりしてきて職歴や業務経験が乏しいので、
少しでも履歴書に華を添えたいという細やかな想いもあった。
試験日は毎年10月半ば頃の予定で
昨年は思い立ってから試験日までが短かったので
当初から今年の試験に照準を絞り、
昨年は割り切って落伍者の如く怠け惚けて
今年からは心機一転新年早々から学校に通うなどして勉強を始めた。

上半期はなかなか勉強のコツも掴めず、
ミニテストなんかの点数も精々平均点で、
基準が不明なのだが例年合格率は15%程なので
平均点では確実に不合格だ。
その伸び悩みを何とかせねばと思案した末、
6月頃からは勉強時間を捻出すべく
土日祝日や夏休みのほぼ全て学校に行き、
空き教室で自習するという
非リア充の孤独人でなければ真似の出来ない禁断の悲技を使い始めた。
そのうちそれでも時間が足りないと思うようになり、
8月頃からは平日も会社帰りに学校へ立ち寄るようになり、
結果ほぼ毎日学校に足を運ぶようになった。
9月に入ると試験のシュミレーションと
その解説講義をする“答練”が始まった。
これは試験結果と全体の中の自分の位置を測ることが出来るモノで、
宅建の試験は50点満点でborderlineは例年30~35点あたりにくる。
私は私なりに手を尽くしたつもりだったが、
9月中はまだそのborderlineの狭間に居た。
それでシルバーウイークも1日だけはよく寝て
あとは連日朝の7時から夜の8時過ぎくらいまで
学校の空き教室に通い詰めて教科書と問題集の反復を繰り返した。
そんなに集中力が継続するのかというと続くわけがない。
だが集中し出す瞬間が時折訪れるので
その瞬間に出会うために一日中教科書と問題集に挑み続けた。
bigwaveを待ち続けるサーファーのような心境だろうか。
それに連日学校の空き教室に通い詰めてると
私のように勉強目的に訪れる人は他にも沢山いたのだが
私以上に集中力がない人が大勢いることが分かり、
自分の学習効率にちょっと自信を持てたりもした。
10月初旬に本試験さながらの公開模試があり、
その時初めて合格圏の38点に到達した。
そこからは順風満帆だったかといえばそうでもなかった。
10月前半は仕事が立て込む時期で平日の学校詣が出来ず
本試験の前の週も1日は出勤していた。
おまけに肌寒くなり体調を崩すには申し分ない。
そんな直近で勉強していない週にやった最後の答練の結果は36点。
脳にある程度の知識は根付いたようだが、
まだまだギリギリの量だった。
不幸中の幸いだったのは試験前の1週間は
想定よりも早く繁忙期から脱して
平日夜の学校詣が再開出来たことだ。
それで最後の週は苦手箇所だけ絞って見直しなんかをした。
この時点でborderlineから3歩進んで2歩下がったといったところだ。
試験前日の夜は学校からの帰り道に
ココイチで験担ぎのカツカレーをテイクアウトし、
帰宅後食べると持っていくものを鞄に詰めて早々に寝床に着いた。
これで“華麗に勝つ”ことが出来る。

Here's one lesson that you must learn,
you could lose more than you'll ever hope to find.

試験当日、充分な長い睡眠から目覚めると、
シャワーを浴び、お腹を壊さないようにスナック菓子だけ食べる。
時間一杯まで教科書の苦手箇所を再読する。
そろそろという時間になり、シャツを羽織って家を出る。
天気予報は晴れのち曇り、まずまず暖かい。
試験会場へ行くのに普段は乗らない電車の駅まで向かう。
久しぶりにデジカメを片手に街の風景を撮りながら
最近はあまり通らなかった通りを歩いていくと
新しいハンバーガーショップが出来ていた。
帰りにでも立ち寄ろうと思い、その時はただ通り過ぎる。
試験会場だった大学には入場開始時刻の数分前に到着した。
資格試験を受ける際の地味な楽しみが
学校の敷地内を散策出来ることだ。
今のご時世関係者以外はなかなか敷地内に立ち入れないので
資格試験の会場になれば堂々と入れる数少ない機会だ。
学生時代を少し思い出したりして懐かしい気持ちになれる。
すでに人が溢れていてその辺りでtextやnoteを見直している。
私も近くのベンチに座り時間まで教科書を眺めて時間を潰す。
開場定刻になり試験場のある建物に入る。
そこもまたかつて見た光景に似ている。
自分の席を確認すると先ずはtoiletに行き、
その後は時間一杯までまた教科書を読み続けた。
3人掛けの座席で少しすると隣の席に鼻息の荒いヤツが来た。
試験開始の30分前になり試験官の説明が始まると
鼻息の荒いヤツは席を間違えていたようで慌てて別の席に移った。
ようやく静かになったのも束の間、
試験開始10分前くらいになって会場に到着した刈上げが隣に座った。
そんな騒々しい感じで試験は始まった。
30分くらいして刈上げはtoiletに行きたいとか言い出し、
戻ってきたら机に伏せて寝てしまった。
そして試験時間残り30分のアナウンスで目を覚ますと
もう普通に鞄からペットボトルを出して飲んでやがる。
試験官も最早止めない。
あぁもう鬱陶しい!
…と多少の苛立ちを抱えつつも試験問題は、
手も足も出ない難問は少な目で5分残しくらいで全問解答し、
気になった問題を見直してから
問題用紙に自分の解答をメモっているのを
確認し終えたすぐ後で試験時間が終了した。
35点くらいは取れているのではないかという手応えだった。
(後で解答速報と照合したら40点だった!)
ともあれこれで2016年の10ヶ月を費やした挑戦は終わった。

試験終了後はすぐには帰らず
試験会場や学校の敷地内を改めて散策し、
写真を撮ったりして回った。
私は大学を中退している。
学費が払えなかったからだ。
貧乏な家になんか産まれるもんじゃない。
そこから脱け出したくて一生懸命勉強したのに
貧乏神の愚図な親は最後まで私の足を引っ張り続けた。
自分の能力が低くて相応に不幸なら自業自得で納得も出来るのだが、
他人に足を引っ張られて不幸な状況というのが嫌なのだ。
それで私には学歴コンプレックスのようなモノがあり、
大学の風景を眺めながら1度は手が届いたのに夢破れた
かつての惨めな自分の姿を口惜しく思い出していた。
貧乏神の汚い血は色濃く私に受け継がれ
底辺の生活はあの頃から現在まで続いている。
だからこうして今でも貧困から脱け出そうと
試行錯誤して抗い続けているのだ。

家までの帰り道で件のハンバーガーショップで
ベーコンチーズバーガーをテイクアウトする。
バンズと挽き肉を焼いたりしている間、counterの席に座り、
店のお姉さんが出してくれたcolaを飲んでいた。
これでやっとしばらくはゆっくり出来る。
久々に雑文でも執筆しよう。
ずっと読みかけのままだった植草甚一のエッセイの続きを読もう。
街歩きや山歩きもしよう。
そして気がすむまで眠ろう。
パンの焼けた香ばしい匂いがする頃には
すっかり肩の荷は降りていた。
日常に戻ってきたのだ。



【蛇足】
今年の私的な流行語大賞は『テレビレギュラー週8本なめんなよ。』


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“milestone”とは我が道しるべ。日々の反省をしております。
さらに2011年8月からは株式投資をしている。
FXも検討したのだが道理がよく理解出来なかったので
私の脳で比較的理解しやすかった株式投資にした。
それ以来毎日金融市場を眺めるようになったので、
世界や日本の経済について時折思いついたことを
無知なりにぼやいてみる。
【貯蓄活動】2016年目標;『100万円貯蓄』
一昔前に比べると無駄使いが多い。
でもいろいろと手立ても講じている。
その1つはキャリアのガラケー解約だ。
これはそもそも昨年の今ごろに格安スマホを購入し、
使い勝手を検証した後にどうするかを 判断しようと思っていたもので、
データ通信だけだったスマホの契約を 普通に電話もかけられる契約にして
それ1台にしたのだ。 だから1年間通信費が過大だったのが、
収まっただけとも言える。

もう1つ今年に入ってから新たに実験を始めたのが‟故郷納税”だ。
以前に比べると運用がかなり整理されているようで
手続きが随分と簡単になったらしい。
やたらと時間がかかり稼働がかかる行程がマイナンバー取得の段だった。
4月に始めた手続きだが未だに手元に来ていない。
行政頑張れ!w

そんな折、金融市場にまさかのUKから大きな波が来た。
ピンチか?チャンスか?


【鍛練活動】2016年目標;『宅建資格試験合格』
途中途中で実施するミニテストの結果が平均点レベルで、
上位3割が合格する相対評価試験では落第生になってしまう。
起死回生を狙って始めたのが休みの日に7学校の自習室に入り浸る作戦だ。
これは友人のいない非リアにしか実行出来ない切ない戦術だが、
これまで追いついていなかった授業の復習が
随分捗っているので良い手ごたえを得ている。
次のミニテストで効果が検証出来るだろう。

【Finance】
株価の変動に確信を得るのは私にはちょっと難しい。
だから素人の私が急落してしばらく上がらない
所謂“ホニャララショック”と後に名付けられる 金融危機の直後くらいしか
買い時が分からず、 ずっとその日を待っていた。
そしてそのきっかけは絶対に中国だと思っていたのだが
吉報はRockの本場UKからやってきた。
直前まで株価はぐいぐい上昇してたから
私も含めてイギリスのEU残留濃厚と読んでた人が多勢だったと思うのだが
いざ投票してみると想定外の結果となった。
とはいえ日本でも現状よりも遥かに合理的と思えた大阪都構想が否決されたり、
誰が何故支持してたのか解からなかった禿が都知事になったりしてるし、
箱を開けてみないと解からないことばかりだ。
私の予想は外れたが離脱判断自体は解からないでもない。
日本もTPP反対派が多いのと事情は似てて、
集団の中に入ってしまうと全体の決定に引き摺られてしまい、
主体的な行動判断が出来なくなるのが厄介だったのだろう。
それは私もそう思う。

さて、へぼ投資家にとって問題なのは
“どの辺が底になるか”と“日本株はなかなか上がらない”という信用のなさだ。
海外の金融商品に投資すれば良いのだろうが、
仕事、勉強と忙しい日々の中で海外の少ない情報を根拠に
馴染みのないモノに投資して 為替riskやカントリーriskを織り込んで
繁雑な采配をするのが まだ自信が持てないので
現状では日本の金融でactionを起こそうと考えている。
とはいってもいつまでも苦手と言い続けて 選択肢が限られてしまうのも癪なので
海外の金融についても簡単に目を通していこうとは考えている。
しかし2016年はまだ半年とは思えないほど
ベッキーに始まり例年以上に事件事故が多発してる印象を受ける。
日本では参院選、都知事選。
イギリスでも大統領選?
アメリカでも大統領選!
世界が大きく動く年になりそうだ!!!

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