「君が代強制反対キリスト者の集い大阪2016」に参加
先週の金曜日、11月11日に,上記主催の「戦争と教会/信仰者」という集会に、仕事を休んで参加した。「日本伝道会議」で同じテーブルで交わった奥野さんから,その時頂いたチラシを見ての参加だった。場所は、日本基督教団東梅田教会で、午後6時半から8時45分だった。教会は、4階建て(屋上2階)のビルで、エレベーターもあり、私が経験したプロテスタント教会では、1番の大きさだった。メインの講師は、野田正彰という、多くの著作があり政治活動もされておられる方だった。君が代強制反対の運動は勿論、自由と人権を抑え込もうとしている権力側の動きには、早くから反対の活動されておられる方だとも知った。奥野氏が、ある集会で,野田氏と知り合ったことをきっかけに、今回の講師となったという事だった。野田氏は、「熱河宣教」という,戦時中に行われたキリスト教の,中国伝道についての事を中心に語られた。その宣教は、キリスト教界では美談として語られているが、当時を知る地域の人々からの聞き取りや、残された資料調査をした立場からは、大きな疑問があるという事を中心に語られた。そこは、日本の軍事政権が、当時「三光作戦」(焼きつきし、殺しつくし、奪いつくす)を,大規模に展開したところでもあった。はっきりと言えば、日本の牧師・宣教師は、政府の側に寄り添い、その側に立って、結局は、言語に絶する、ひどい扱いを受けている人々の実態を、あえて見ずに、自己の信仰の中で、苦悶のフリをしているに過ぎなかったという事だった。宗教における信仰とは何か?宣教とは何か?横のつながりのない各教団や、教派教団のセクト主義的な宗教の実態を、厳しく非難された。氏自身は、宗教全般に、強い批判の気持ちを持たれていることが、お話の端々から分かった。宗教とは世界の実態から、世の中の動きから、目を背ける働きをするものか、とも言われた。また、氏の「日本人の『部分的完璧主義』が、日本社会の窮屈さを煽っている」との指摘にも考えさせられた。その後、奥野さんが、君が代反対裁判の「10月24日の控訴審敗訴」の経過についての報告をされた。なぜ、「条例に違反してまで、自分の生活や損得を除外して、教職員として、キリスト者として君が代を、起立斉唱しないのか、できないのか」その事をちゃんと、キリスト者として理解し、この先生方を、応援していきたいと思う。