抜け目なく。



数字が無けりゃ つかないスポンサー


何か 変えたきゃ 出来ない一人じゃ


怖がっててもしょうがない


突っ走れ 勝ちが確定


 


そっからの勝負 パスからゴール


成功の後にも 安心はない Fall..


勝ちの先の先先の先の先にも


抜け目なく必勝 で1勝


 


今日の学びでした(-ω-)

人生、日々勉強..

さてと..

初ブログ。


17時より仕事の準備をする前に少々考え事。


クリス岡崎「億万長者専門学校」


って本に出会ったので紹介。

タイトルかなり胡散臭いが、億万長者になる具体的な方法を説明してくれる。

ロジックはこの「具体的な方法」って事。


「具体的な方法」の認識方法が「人それぞれ違う」という事。

例えば証明写真を撮りたいとする。


「具体的な方法」を紹介される形はいくらでもある。

一見冷たいと思われる例でも


・調べてみれば?

・探してみれば?


ぐらいの助言は誰でもくれるっしょ。

それだけで実はもう9割型解決してる。


要は「自分の中に答えはある」

と教えてくれてる。


そっからのフローチャートは自分で調べれば

大抵導いてくれる。


「目的地までは絶対に行く」

という熱意が「行き方」ってソースを引き寄せる。

てめぇの運命はてめぇで引き寄せろって事。


てめぇで引き寄せられなかった時に

心の底から感謝するといい。

「他人の責任で自分の道を後押ししてもらった」

と。

突き詰めると人との関わりは

「感謝すべき事はない」となる。

結局は「人生の選択すべてはてめぇの責任」


って事。



例に戻していえば

探してみ?→グーグルで検索→証明写真を撮るにも種類がある

(写真屋に行くのか?デジカメで撮って印刷か?自動撮影機に行くか?)

→調べる事でメリット・デメリットが把握出来る(ここで頭の回転が必要)


A,写真屋に行く(メリット:クオリティが高い デメリット:費用がかかると人と関わるという工程を踏む)


B,デジカメで撮って撮影(メリット:デジカメがあれば費用は少ない デメリット:クオリティが低い)


C,自動撮影機(メリット:クオリティがある「社会一般で認められている」 デメリット:細かい注文は出来ない「対人でない」)


ここでロジック。


行動の起点が起きた後、考えの道の先には「障害物」が出てくる。

道路にある分岐点・障害物をどう避けるか?


「それが解らないのでは発進出来ない」


というロジックが頭に働く。


その障害物を取り除くには「確かな情報を得る」

事が必要になってくる。

一番のソースは「信頼出来る(経験談)」を得る事ではないか?


※何に信頼を置くかはその人が決めるとして。

例えば友達でもこいつは信用出来るけど、こいつは・・とか

こいつのここは・・。とか判断基準はいつも「てめぇ」だ。


そして大事なのは道の選択。

行き先「証明写真をGET!」に対してのプロセスはこの例だと三つ「A.B.C※他にも道を見つける事が保険」

行動する時(道を進む時)もう一つ情報が必要だろ?



そう、「自分の現在地」

これが大事。要チェックポイント


自分の現在地は常に流動し、人間社会の中で

どこに位置するかを「常に自分と他人の視点(出来れば多い方がいい)で」

「把握」する事に在る。



賢い人はこの3ポイントがしっかり出来る。

「よく失敗」する人は「行き先」「プロセス」は探す(決める)事が出来ても

「自分の現在地」を調べようとしない。


残念ながら「自分の現在地」は調べる物だ。


俺ってどこだろう?この辺かなぁ?


でもいいけど、リスクがデカ過ぎるし

まず「自分の現在地」が解らない状態で生きてる方がデンジャー

残念ながらこの世の中は弱肉強食である。

強い者が生き残る。これは生物的に言っても異論の余地ない。



つえー奴が一番。



これは、どの動物でも変わらない。

人間も同じじゃねーかな?


アクションを起こしたいと思ってもアクションが起こせない人には

「アクションを起こす条件」がなかなか整わないからアクション出来ない。


まずこの

「行き先」「行き方」「自分の位置」

これ3つは基本的な知識。

これが出来ないんじゃぁ、武器を持たずに危険にさらされてるのと同じ。

いつでもてめぇのガチンコ勝負。

それってさぁ、確率で考えて「勝つ」確率が非常に低い。


「武器」って概念があるなら使わない手はないよな?

ガチンコで勝ったとしても、「運」ならまるで意味なし。

「常勝出来るロジック」を見つける「ヒント」

だと思った方がいい。


「運での勝ちは通過点に過ぎない」


しかもリスクを潜り抜けたという「自信」っていうおまけつき。


が、これはあまりにもリスクが高い。

「失敗」で落ち込む人(復習しない人出来ない人、ネガティブな人)

にはあまりにもオススメではない。


運でのトライは、「自分への未来の教材」だという

観点で捉えられる人間はまぁ、トライする価値はあると想う。



そこで肝になってくるのは

「俺は絶対にやってやる」っていう気持ちそのもの。

最近の言葉で言うと「折れない心」ってやつかな?

漢字で言うと気概。


元々「生きている時点で」

その行動全てに気概を持つ事が理想。

どれだけ多くの気概を持つか。

それが人生を楽しく、かつ、豊かに生きられるコツだと想う。



「小さな成功から成功パターンを見出していく事」


それが今の俺の課題であり

毎日行っている事。


人間社会。

まず「括られている種類」でのパターンを見出す事が

近頃じゃ一般的。

どこでも通用するのはやっぱ


心理学・生物学・薬学・法律


そんなもんかな。

この辺は勉強しておいて人間で在る限り一生損はしないと想う

だって絶対に「所属」してるから。


所属先の情報を頭に詰め込む事は義務だと考えるようにしてる。

「生きる」為の義務。まず「生きる」の定義を「自分の現在地と目的地」によって

日々変えていく事かな。



もちろん「目的地」にも「経由地」ってもんがある。

俺の地元、土呂から上野に行くには1本で行ける。

が、成田になると話は別。

上野を経由してから成田へ。


って事は俺の一番最初の目的地は「上野」になる。

成田には「上野」に行かないと行けないって訳じゃない。

プロセスは何個もある。

どれを選ぶか?だ。


肝心なのは「成田に行かなきゃならない(目的)」があるって事。

その「理由」、アクションを起こさないとならない理由が

「自分の中に明確にある」って事が大事。


人の為でもいいけど、「人の為」を選択する事で

すでにリスクを背負う。

「俺はしたくないんだけど」と想ったら時点でOUT。


する気がなくてする(我慢)は、DOした時点で

責任の一切は「自分」にある事をオブラートで包んでしまってる。

そんな甘くねぇ。

したくなくても・する気があっても関係ない


「被る責任は一緒」

変わらない。


人の為にした事で想うような結果が出ない事で

相手からのリアクションを求める事はお門違い。

「おせっかい」からの脱却は出来ない。


人の為にするなら最初から見返りを求めるな。

求めるならば最初からしなければいい事になる。


これは俺が勤めてた会社で教わった行動指針。

深い。。


「じゃあ、見返りが欲しい俺は人の為に行動しちゃいけないの?」


こんな人に救済の手。



「与える」と選択した時点での見返りはすでにもらってる。

目に見える物じゃないから、不安になるかもしれないが

「プラスを世の中に生み出した」って事実が残る。

「人の為に行動した自分」この事実が現実社会に残るだけで

プラスのレールに乗っかる事になる。


ポジティブなレール。

ネガティブなレール。


ネガティブな人は、ポジティブなレールに乗っかりたいと思う人が大半だと想う。

心の底では皆が「ポジティブ」になりたいと願っていると想う(俺はそう願いたい)


じゃあ、なんでレールを乗り移れないか?


ただ単に「一歩踏み出す勇気がないから」


その一歩に

「見返りがなくても人の為に行動する」事が入る。


本当の意味で「与える」という事を理解してれば

自ずと還って来る。

だから与えるって一口に言っても簡単に言い表せる言葉じゃない。


どう?勇気出てきた?


善循環を生み出す人間になりたいと想う。

そして、善循環を生み出す人間を増やしたいと想う。

Love & Peace!


「億万長者専門学校」著者のクリス岡崎が言う

BIG WHY?(自分だけの使命・夢・人生っていうスパンでの目標)

はありきたりだが俺はこんなとこ。


今問題なのは「ありきたり」なのか「個性的か」じゃない。

肝心なのは「それを爆発的なパワーのソースに出来るか?」って事。


なると先輩のように九尾のチャクラをソースに使える空想話は

置いといて・・・。笑(ちなみに誤解されそうだけどなると大好きです)



そろそろ支度するかー(-ω-)