どうもZeroです!
今日はアニメ、エヴァンゲリオンに出てくるATフィールドがまさに人が人と対面した時に無意識に張っている他人との壁だなと感じたので、その話をしたい思います。
新世紀エヴァンゲリオンは言うまでもない日本を代表するアニメです。
説明は不要ですよね?
劇中の主人公碇シンジと渚カヲルの対話シーンで渚カヲルはこんなのことを言っています。
「怖いのかい?人と触れ合うのが…
他人を知らなければ裏切られることも、互いに傷つくこともない、
寂しさを忘れることもないよ」「人間は寂しさを永遠になくすことは出来ない
人は一人だからね
ただ、忘れることが出来るから
人は生きていけるのさ
生きていくためには、新しいことを始める変化も大切だ」
「そう、君たちリリンはそう呼んでるね何人にも侵されざる聖なる領域、心の光
ATフィールドは誰もが持っている心の壁だという事を」
ATフィールドというのはエヴァや使徒が攻撃を防ぐために作り出すシールドのことです。
主人公シンジは「ATフィールド全開!」っといい敵の攻撃を防ぎます。
エヴァや使徒を「人」と仮定して、ATフィールドが「心の壁」だと仮定するならば、ATフィールドをバリバリに張っている使徒に対して、ATフィールドを全開にして、対抗するのは直感的に有効とは言えませんよね
エヴァは槍などの武器を使って使徒のATフィールドを破ります。
人間も同じですよね。
特に初対面の人に対してはATフィールド全開です。ですが何度も会話を繰り返すうちに徐々にお互いの距離が縮まりATフィールドは薄くなっていきます。
ですが、ATフィールドの厚さや個数は人それぞれです。しかも無理に壊したら本人も壊してしまう場合だってあります。
現代社会はスマートフォンの普及により、インターネットによる情報のやりとりが当たり前になり、人と人のコンタクトの取り方が多様化しています。
知りたい情報をすぐ入手することができたり、インターネットを通して他人と簡単に知り合うことができます。非常に便利です。しかし、それを利用した犯罪が増えているのもまた事実です。
これにより人々のATフィールド(心の壁)も多種多様になり、その奥にある本当の心に触れにくくなったと思います。これは深刻な問題だと私は思います。
日常生活において、対立したり、塞ぎ込んだり、通じ合えないと感じるのは、お互いにATフィールドを全開にしてぶつかりあったり、相手のATフィールドに跳ね返されたからだと、表現できると思います。
それだと、その奥にある本当の心に触れてないのですから、通じ合えないのは当然です。
この問題はみなさんも心どこかで感じてますよね??
少なくとも私は感じてます。
最後に…
感じてる人も感じてない人もこれを読んで少しでも興味をもったのでしたら、周りの人を「あ、この人ATフィールド張ってるな〜」「うわ、この人今ATフィールド全開だよ〜」という見方をすると何か変化があるかもしれないですよ