今日から3月、早い!
年月の速さは年齢と比例するみたいですね。
子供の頃、一年が早く感じないのは経験がないからで、例えば、歩いた事のない行きの道よりも、帰りの道の方が早く感じるのと同じ事です。
という事は、いつも新しい事にチャレンジすればいいのかな。
はい、今回は美しくなるために「現状を把握する」・・・
そんな内容を記事にしたいと思います。
私のみならず、褒められて伸びる人、多いですよね?
という事は、いつも新しい事にチャレンジすればいいのかな。
はい、今回は美しくなるために「現状を把握する」・・・
そんな内容を記事にしたいと思います。
私のみならず、褒められて伸びる人、多いですよね?
大抵の場合は、褒められるとその気になってもっともっと頑張れる、そういう気持ちが沸いてくるものです。
女性は、美しくなるのにも、やはり褒め言葉はとっても大事になってきます
女性は、美しくなるのにも、やはり褒め言葉はとっても大事になってきます
もし、それが他人に言葉から聞くことができたら、それは大いに、自身の美に寄与することになります。
しかし、褒め言葉を頂戴するときは、決して、こういっては意味がありません。
「私◯◯したんだけど、どお?」・・・と。
◯◯とは、何でも当てはまります。例えば、
ヘアスタイル変えた、ダイエットした、
メイクを変えた・・・何でもありです。
それを、「どお?」って自分から聞いても、相手は褒めるしかないのですから。
褒め言葉が最初から欲しい場合はいいでしょうが、それよりも、その努力を前面に出さないで、変わったあなたを、周りが勝手にキャッチして、褒められたほうが、うれしさは倍増です。
他人はハッキリ言って、外見に関しては、厳しいことは言わないものです。
聞かれたら、褒めるのが普通です。
それはあたかも、友人の子供に何かおもちゃをプレゼントして、その子供のお母さんが、子供に
「ほら!ありがとは?」といって、子供が「ありがとう」と言わせられているくらい、ありがたみがありません。
スタイルが悪いだの、太っているだの、メイクがきついだの、ファッションが云々とか・・・
そういうことは、身近な人でもあまり、言わないです
もし、身近な人に、外見のことでハッキリと言ってくれる人がいたならば、そういう人を、絶対大切にしたほうがいいです。その方は、貴重な方だと思います。
しかし、私たちは時に自分に関して、厳しい現実を直視しなければならないときがあります。
私の世代ですと、加齢と向き合うことがあるかもしれませんし、以前のように体力がなくなってきたり、自然の原理で、垂れたり下がったり、プヨプヨになったり、シミができたりと・・・
そういうときに、甘く褒めてあげるだけでは、どんどん、楽な方向にいってしまうようになります。
特に、周りの優しい友人たちは、太ったあなたを見ても、「全然OKだよー!太ってないよー!気にならないよー!」って言ってくれます。
ここが、私たちをどんどんゆるくしていくのかもしれません。
家族の言葉、ご主人さんの言葉は本当に的を突いていて、厳しいですが、客観的な目線での判断と言葉です。
基本、着たいものを着るって、私は「あり」だと思っています。
ポリシーを感じられるというか、着たいものを自信を持って着ているのであれば、多少、周りから奇異に思われても、自信というオーラにより、そのファッションはいつの間にかその人自身のものになると、思うからです。
ただ、その着ているものや、自分のスタイルや体型に自信という強固な土台がないと、やはりそれはこっけいで「変」に見えたりすることがあるかもしれません
褒め言葉は他人にまかせて、あとは、叱咤激励は、身近な人から、そして、自分が鏡に向かって励ましたりして、ダイエットやエクササイズをがんばるのは大事なことですよね。
ただし、これまたバランスが必要ですよね。いつもいつも自分の至らないところばかり見て、がっかりして、ネガティブなことを考えていると、脳は、しっかりとそれを受け入れてしまいます。
「太った、太った・・・」と思えば思うほど、脳には「太れ・・・太れ・・・」とインプットしていることになり、「ああ、シミしわが増えた~」は「シミしわが増えろ~」の命令をしている
しかし、褒め言葉を頂戴するときは、決して、こういっては意味がありません。
「私◯◯したんだけど、どお?」・・・と。
◯◯とは、何でも当てはまります。例えば、
ヘアスタイル変えた、ダイエットした、
メイクを変えた・・・何でもありです。
それを、「どお?」って自分から聞いても、相手は褒めるしかないのですから。
褒め言葉が最初から欲しい場合はいいでしょうが、それよりも、その努力を前面に出さないで、変わったあなたを、周りが勝手にキャッチして、褒められたほうが、うれしさは倍増です。
他人はハッキリ言って、外見に関しては、厳しいことは言わないものです。
聞かれたら、褒めるのが普通です。
それはあたかも、友人の子供に何かおもちゃをプレゼントして、その子供のお母さんが、子供に
「ほら!ありがとは?」といって、子供が「ありがとう」と言わせられているくらい、ありがたみがありません。
スタイルが悪いだの、太っているだの、メイクがきついだの、ファッションが云々とか・・・
そういうことは、身近な人でもあまり、言わないです
もし、身近な人に、外見のことでハッキリと言ってくれる人がいたならば、そういう人を、絶対大切にしたほうがいいです。その方は、貴重な方だと思います。
しかし、私たちは時に自分に関して、厳しい現実を直視しなければならないときがあります。
私の世代ですと、加齢と向き合うことがあるかもしれませんし、以前のように体力がなくなってきたり、自然の原理で、垂れたり下がったり、プヨプヨになったり、シミができたりと・・・
そういうときに、甘く褒めてあげるだけでは、どんどん、楽な方向にいってしまうようになります。
特に、周りの優しい友人たちは、太ったあなたを見ても、「全然OKだよー!太ってないよー!気にならないよー!」って言ってくれます。
ここが、私たちをどんどんゆるくしていくのかもしれません。
家族の言葉、ご主人さんの言葉は本当に的を突いていて、厳しいですが、客観的な目線での判断と言葉です。
基本、着たいものを着るって、私は「あり」だと思っています。
ポリシーを感じられるというか、着たいものを自信を持って着ているのであれば、多少、周りから奇異に思われても、自信というオーラにより、そのファッションはいつの間にかその人自身のものになると、思うからです。
ただ、その着ているものや、自分のスタイルや体型に自信という強固な土台がないと、やはりそれはこっけいで「変」に見えたりすることがあるかもしれません
褒め言葉は他人にまかせて、あとは、叱咤激励は、身近な人から、そして、自分が鏡に向かって励ましたりして、ダイエットやエクササイズをがんばるのは大事なことですよね。
ただし、これまたバランスが必要ですよね。いつもいつも自分の至らないところばかり見て、がっかりして、ネガティブなことを考えていると、脳は、しっかりとそれを受け入れてしまいます。
「太った、太った・・・」と思えば思うほど、脳には「太れ・・・太れ・・・」とインプットしていることになり、「ああ、シミしわが増えた~」は「シミしわが増えろ~」の命令をしている
ことになる。コワイネー!
ですので、自分のイマイチな部分を発見したり気づかされたりしても、がっかりしないで、それを、美しくなるために改善点を発見できてラッキー!
ですので、自分のイマイチな部分を発見したり気づかされたりしても、がっかりしないで、それを、美しくなるために改善点を発見できてラッキー!
くらいに捉えて、よい原動力にしたいものです。意味付けを変えればいいんです
