遺書。
簡易的なものは書いてある。
少し内容が古くなってきた。
更新しなければ…。
でも、
本当はこういうことをするのって
無意味かなとも思う。
今から自殺するんで、準備しておきます。
そう宣言して、
せーのーで!ってするもんじゃなかった。
そんなことを
洗濯物干しながら考えていた。
もっとナチュラルに、
スル〜っと滑らかに、
日常の中に溶け込んでいるように、
ある日突然、死に向かう。
そういうのが本気の形なのかもしれない。
(自分にとって、です)
たくさん準備体操して、
バカみたいだな。
遺書をしたため、自分の身辺をきっちり片付けてから、
さて、って感じで向かうのか。
計画的…な感じは好きだが、
実際はもっと自然にふと、
ちょっと思いついて飛び降りました。
…くらいが1番良いのかもしれない。
色々考えすぎなんだ。
死んだら、
何も感じないのに。
(「感じる」ってなんだ)
何も恥ずかしい、とか
心配することなんて、
できなくなるのに。ってか、
できるできないじゃなくて、それ以前の問題?
(但し、100%成功する方法で逝くこと)
意識しすぎなんだ。
何かもがゼロになるのだし、
後のことをたくさん考えすぎて、
それが逆にハードルを高くしている。
現世に未練タラタラで、
そっちの方がむしろ恥ずかしい。
今、
自分が考えている方法は
まぁ…100%成功する。
だから、かな。
未練がましいのって。
本当にいいのか?って
つい、自問自答してしまう。
未来を思い描く自分がほんの僅かでも残っているのなら、
多分、実行に移せない。
何か期待している自分をちょっとでも感じるなら、
まず、無理だ。
勇気がある・ない、の問題じゃない。
目一杯、死にたくない!と
叫んでいるようなものだから。
もっともっと、
すーーーーーーーーーーーーーーーって、
息をするように
スムーズに行動に移せる日、
それが全てをゼロにする日。
そう想って、
今日・明日を想う。
死にたい、
じゃなくて、
生きていたくない。
死にたくない、
じゃなくて、
生きたい。
でも、
生きたまま死んでいるようなのも嫌だ。
でも、
消えたい。
様々な気持ちが巡る、
スンッと冷たい夜の空気。