私は北海道生まれ北海道育ちだ。

北海道に住んでいて様々なことが二十歳間近の今でも残っている。

この記事では投稿ネタに沿った記憶を紹介しようと思う。

 

2018年9月6日AM3:08 胆振地方を中心に北海道を大地震が襲った。

私も家族もぐっすりで、緊急地震速報は遅く、もはや不意打ちに等しかった。

突然私の部屋が揺れ、瞬時に布団に隠れた。そして揺れが収まった時に寝ぼけていた私の頭が父親の声で覚めた。

地震だぞ!

最初は一時停電(以下ブラックアウト)した。それと同時に眼鏡を紛失したことに気づく。そして電気がこれまた一時復旧し、眼鏡も見つかり一安心。だがこれで終わらなかった。

緊急地震速報が出て、NHKの例のスタジオがあたふたしている時に第2波の地震が襲う。

そして電気が消え、先ほどのようにまた復旧するのはいつなのか分からない。

そしてブラックアウトが始まった。

そもそも地震が起きてブラックアウトが始まった時の屋外は真っ暗だ。

暗いうちは情報収集に努めた。その時の情報には

・家の地域は震度5+

・最大震度6+

と報じられていた。しかし後から最大震度が最大の7だったことや、私の住む区の隣の区が

震度6-だったということが分かった。そうなれば隣の区にとても近い私の家は震度6-だったんじゃないかと思った。

そして夜が明けると隣人の生存確認をした。家族総出で高齢の隣人を呼んでも応答がなく、まさかと思ったのか消防隊を呼んだ。しかし到着した時にはその隣人の無事が確認された。聞いた話によると気づかなかったようだ。

そして家の外壁確認等を済ませ、食料の買い出しに行く。災害時の定番、カップ麺や缶詰・パックご飯を買った。

もちろん行列ができるわけだが、その行列で停電したんだなという実感が湧く。そして友達がやってきて心配してくれた。そしてスーパーと向かいのドラッグストアに買い出しに行った。

幸いにもガスと水は止まっていなかった。

そして母が人生で初めて鍋でご飯を炊いた。災害時だからかいつもより美味しく感じた。

この地震ではデマ情報にも苦しめられた。並んでいる時に「48時間後に同規模かそれ以上の地震が来る」

その情報の影響で自分の部屋に行けなかった。結局その情報はデマだったが余震が襲ってきた。しかし停電のおかげで綺麗な星空を見ることができた。あの星空は今も覚えている。数日後に電気が復活し、復旧して初めて見た番組も覚えている。しかしその地震によるトラウマは、未だに残っている。

 

 

 

停電した経験

 

 

 

 

 

同じネタで投稿する

 

他の投稿ネタを確認する