私は大学では写真部に所属している。
入部してすぐにGWでの出張を通告された。
その場所はカレーラーメンで有名な室蘭。
実はこの記事を書いた前日に行ったのだ。
室蘭は白鳥大橋や地球岬が有名なので必ず行き、そのあとは
室蘭にひそかに残る戦争遺跡に。
その名は「室蘭臨時要塞 小橋内砲台」
という遺跡である。
これは今こそ住宅街の中にあるため分かりづらいが、コンクリートの劣化具合や建物の形を見れば
それは間違いなく太平洋戦争の戦争遺跡。
これが建てられた経緯は
1945年7月15日に米海軍が室蘭一帯に行った艦砲射撃の際に
迎撃・偵察のために建てられたと考える。
そして艦砲射撃の餌食になったのはなぜ室蘭か。
それは鉄鋼が盛んだったからだ。
今こそ閉山されているが、当時の北海道は鉱山が数多存在した。
その中で室蘭・札幌・空知をピックアップしてみると、定山渓の豊羽鉱山では銀・インジウム・銅・亜鉛・鉛が採れたし、登別にあった幌別鉱山では硫黄が採れ、空知では幌内を中心に石炭が採れていた。
余談ではあるが手宮線は幌内で採れた石炭を手宮に運ぶための路線である。
その中でも戦争で必要だったのは「鉄」であり、鉄の産地として北海道が選ばれ、道内各地から採れた鉄が
鉄動で室蘭まで運ばれて精製されてそれが武器に使われたと考える。それを米軍視点で見ると、
アメリカも欲しいと思うし、室蘭を占領しなくても鉄鋼工場さえ陥落させたら日本は資源面で大きなダメージになる。
そこで室蘭に当たりを付けたものの、日本側も来るとわかっていたからこそ設置したのがこの要塞であろう。
私はこう思っている。
戦争遺跡というものは無くしてはならない。
日本全国に戦争遺跡があるからこそ言える。教科書で勉強しても本人にとってはまだ足りないと思う人もいる。
日本が過去にしてしまった戦争を深く学ぶため・深からずとも
戦争の悲惨さ・平和に対する感謝を学ぶため・過去の戦争を次世代に伝え、戦争のない日本にするためにも
戦争遺跡は無くしてはならない。
私は数々の遺跡や史跡をめぐっているが、定山渓鉄道や旧千歳線といった鉄道史跡よりも
今回の要塞やトーチカ・もっと言えば軍には関係深くはないが
軍が資源を確保するために使われた手宮線や室蘭支線といった鉄道も
平和な日本に今日を生きる私たちや次世代のために残すことが大事なのだ。