横山×島崎
今日の握手会は正直、最悪だった。
バカレアの頃からどんどん推してもらえるようになり
じゃんけんの優勝でさらにメディアの露出が増えたわたしのレーンには
今まで経験したことがないくらい大勢の人が並んでいた。
それは素直にとても嬉しかった。
でもみんながみんな応援してくれるわけではない。
わたしのことをよく思わない「アンチ」の人が今日は特に多かった。
そういう人がいるということはもちろんわかっているし
それなりに覚悟していたけれど
あまりにも酷すぎるその内容に、つい心が折れてしまい泣きそうになった。
それでもなんとか堪えて、最後までやりきると
みんなのいる楽屋ではなく、会場のトイレに向かい
そこでなるべく声を押し殺して泣いた。
もう誰にも会いたくないし、泣いているところを見られたくなかったから…
「ぱるるー、おるやろー?」
しばらくして会場からでなくてはいけない時間が近づいてくると
私を呼ぶ声が聞こえてきた。
由依の声だった。
今日は、明日またある握手会のためにホテルに泊まることになっている。
由依は今夜おんなじ部屋だから探しに来たのだろう。
聞きなれたその声に少しだけホッとしたけど
やっぱりまだ顔を見たくない。
泣きはらした顔を見られたくない。
「…先に行ってて。」
なるべく平静を装って応える。
しばらくの沈黙のあと、コツコツ…という足音とともに
由依が遠のいていくのがわかった。
彼女の足音が完全に聞こえなくなると
わたしは泣いたことが誰にもバレないように
時間ギリギリまで必死に水で目を冷やしたりして
目の赤みが薄れたころようやくトイレから出た。
「お、やっときた。」
出た直後、わたしの耳にまたあの声が届く。
「…先行ってろって、言ったのに。」
顔を伏せながらつぶやくと
まあまあ、とニコニコしながら由依がわたしに手をさしのべてくる。
条件反射でその手を握ると、由依は楽屋へ向かって歩き出す。
わたしは俯き、黙ったまま由依の少し後ろを
彼女の手に引かれながら歩いた。
ホテルの部屋についてからもわたしは必要以上に口を開かなかった。
由依もいつもより口数が少ない。
ーせっかく待っててくれたのに、そっけない態度とっちゃったから
怒ってるのかな…
申し訳ない気持ちになったけれど
今日の握手会のことがふと頭によぎるとそれどころではなくなった。
ーもうだめだ。今日は早く寝よう。
まだ寝るには早すぎる時間だけど由依に「おやすみ」とだけ言って
布団に潜り込んだ…
…あれから何時間が経ったのだろう。
なんとなく予想はついていたけれどやはり眠れない。
握手会の記憶が頭にこびりついて離れない。
辛い記憶や眠れない焦りが相まって
軽くパニックになってくる。
布団の中で一人悶々としていると、隣で寝ている由依のほうから
何やら動く音がする。
寝返りでも打ったのかと考えていると
急に由依がわたしの布団に潜り込んできた。
何事かと思い、由依の方を振り向こうとすると
後ろから抱きしめられ、背中に顔を埋められる。
「…。」
声も出せずに固まっていると
「わたしがおるから…。」
由依が私の頭をポンポンと撫でながら囁く。
「誰に何言われたって気にしたらあかん。
わたしはずーっと、ぱるるの味方や。」
「…なんで、わかったの?」
「わたしも…ぱるるとおんなじやったから。」
…そっか。由依はわたしよりもひどいバッシングを受けてたはず。
しかも周りが先輩ばかりだったから、あまり弱音を吐けなかっただろうし。
…たった一人で耐えてきたのかな。
なぜか目頭が熱くなってくる。
「…この先もっともっと辛いことがあると思う。
けど、そんときはわたしがぱるるを守るから。
…だから、負けんといてや。」
少し震えた声でそう言うと、由依は私をさらに強く抱きしめる。
由依の温もりに全身が包まれているのがわかると
荒んで冷え切った心が少しづつ暖かくなっていくような感覚になり
ホッとした気持ちになる。
「…うん、ありがとう。」
心からそう言うと、急に心地よい眠気に襲われて
由依に体を預けたまま、眠りについた。
ーわたしも、由依を支えてあげられる存在になるからね。