グローバル化が呼ぶ闇・・・。
今年も残すところ僅かとなってきました・・・が
それにしても近年、テロ、内戦、紛争など物騒な言葉を
本当によく耳にするようになりました。つい先日もフランスは
パリ中心部において凄惨なテロ事件が起きたばかり。
シリアの内戦から避難民が大量に押し寄せてくるヨーロッパ諸国に
おいて、市場は何かと不安定な時期だったりする中で起きた今回のテロ事件。
国、街、人とどの単位においても不安を口にせずにはいられないそんな
状況になりつつあります。
いつの時代も人の世から争いごとがなくなることはないのは事実・・・。
しかし、過去の戦争と大きく違うのは国同士の戦い、目に見えてわかる
相手との戦いから、目に見えない者たちとの戦いに変わっていったこと
だと思う。現在、イスラム国と呼ばれる集団がこれら戦いの中心に位置して
いると言われているけど、実際はどこまでの関与をしているのかなんて
遠く離れた島国に生きる我々にはわかるはずもない。
ただテロを実行する人たちが世界中のあらゆるところに存在するということ。
聞けば今回の実行犯の中には同じフランス人も加わっていたりもするわけで
単純に肌の色や言葉の違いだけではもはや見分けもつかないのが現状。
そんな中どうやってテロを未然に防ぐ事ができるのか?
これまで中東で起きていた紛争の大半は宗教的思想の隔たりや
中東の石油など利権を巡る争いから起こる紛争が大半かと思っていた。
しかし、近年に見る争いごとの多くはこういった大きな枠組みとはまた違う
もっと個人的な思想や感情を背景に起こした争いごとのように見える。
というかそういう感情を持った個人がSNSなどのソーシャルメディアを通じて
一体となった存在がイスラム国ということなんじゃないかと思う。
社会に対する不満や恐れ、将来に対する悲観や絶望、これまで個人の
心のうちで留めていた不平や不満のはけ口を吐き出せる環境が生まれ、
そこで出来た繋がりが時にテロリストへの第一歩に繋がっていたりする
のかもしれない。個人の不平や不満、不平等さをいくら口にしたところで
なんの大義も生まれない。けど、仮にそこに最もらしい大義を口にできるような
コミニティーや繋がりを持てたとすれば、時に人は水を得た魚のごとく
勢いづいてしまうのえはないだろうか?!
それが昨今のテロや数多の殺害事件に繋がっているのであればなんとも
許しがたい現実の数々。
しかしそうは言ってはみたものの、今の経済の仕組みで生まれる
超絶格差社会において不平や不満を口にする者の数が増えてしまうのは
ごく自然なことであり、それがインターネットやSNSを通じ
情報の共有があらゆる場所で可能となってしまう以上、このような副作用が
出てしまうのも当たり前なのかもしれない。
TPPだFTAだとグローバル化の一途をたどろうとする世界経済ですが
それに合わせてきっちり犯罪や争いごとまでグローバル化されている事実を
我々は忘れてはならないと思います。
何事も行き過ぎは身体に良くないのと同じで、行き過ぎたグローバル化は
人類にとって受けるメリット以上に大きなダメージを被ることに違いありません。
今年も残すところ7週間程度、どうか世の中が平和であることを切に願っています。