20年の節目・・・。 | 松浦ブログ

20年の節目・・・。

先日の17日で阪神淡路大震災からちょうど20年という


節目を迎えました。


ここ最近では地震のみならず様々な自然災害で被害を


被る人々が各地で増え続けています。


それだけにこの阪神淡路大震災だけが注目される所以は


ないと思い、ここ数年間このブログではこの話に触れることは


ありませんでした。


しかし、敢えて今年に限って言うならば・・・。


あの恐怖の巨大地震からもう20年もの歳月が経ってしまった事実。


東日本大震災における恐怖は当然今も我々の記憶に新しく


余震などが起きるたび、自然と体が硬直してしまう方も少なくない


のではないでしょうか。それと全く同じ恐怖心が未だに私の脳裏に深く


刻まれたままになってしまっています。もう20年も前の話だというのに・・・。


今の神戸には当時の震災を経験された方の人口がそのときと比べ


半分以下になってしまったとう情報もあります。被災され引越しを余儀なく


された方も多くいらしたと思いますが、高齢化が進み世代交代していったり


地方から転入された新しい神戸市民の方も多く増えたと聞きます。


それが証拠に震災後、神戸には絶対に立つことはないと思っていた


タワー型の超高層マンションの建設なんかもかなり進み、売れ行きも


かなり好調だったとか・・・。20年という歳月はやはり伊達じゃないと


いうことなんですかね。当時を知る我々のような人間にはいくら


丈夫とはいえあの地面を突き上げた後に大きく左右に揺れた


巨大地震の恐怖を考えると到底住むことなど叶わないません。


それほど強く我々の記憶にはあの当時の恐怖が刻まれたまま


になっており今もなお色褪せることなく存在しているのです。


それを考えるとやはり気になるのが東日本大震災で被害に遭われた


方々の記憶が如何に辛いものかということ。地震の恐怖だけでなく


巨大津波が襲って来る様子など今でも目を閉じただけで


その当時の映像が目に浮かぶのではないでしょうか?


今後その記憶は何年経っても何十年経っても色褪せることなく


被災者の方々の記憶に残り続けることでしょう。


過ぎてしまったことに対し「・・・たら」「・・・れば」は意味がないのかも


しれません。しかし、起きてしまったこの事実に対し我々被災した


者たちがそれをどのようにして後世に繋いでいってやれるかが


今を生きる我々の勤めなのかもしれません。


2015年という新しい幕が明けたところではありますが


今年も既に様々な事件や事故が各地で起きています。


当然、自然災害なども今後は起きてしまうのかもしれません。


それら全てに備えるというわけには到底いかないでしょうが


まずはこういった一つの節目を境に意識の持ち方だけでも


前向きに捉えておく必要があるのではないかと思う次第です。


なにはともあれみんなが無事に過ごせるそんな世の中に


なることを期待したいと思います。



阪神淡路大震災により尊い命を失われた全ての人たちへ


鎮魂の願いを込めて。