月曜担当のMr.Hです
。
さて、本日ご紹介するのは・・・。
「男の人生に2本の川 会社もルーツを大切に」というお話です。
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☆☆ 男の人生に2本の川 会社もルーツを大切に ☆☆
「OB会を作りたい」。
ある日、こんな要望が社長だった私のところに来た時、私は断りました。東京の
本社の人間と北海道の営業の人間では、ほとんど接点はありませんし、こうした
集まりはどうしても声の大きい者が仕切ることになります。そうなれぱ、会を楽
しむどころか敬遠する人が出てくる。そう思ったからです。
そんな折、ある勉強会を通じて知り合ったアサヒビールの福地茂雄会長から、吹
田工場(大阪府)に先人の碑があることをお開きしました。これならぱ、会社のル
ーツを確かめ、グループ会社や協力会社も含め、在籍中や定年退職後に亡くなら
れた社員を偲ぶ場になり、OBを含めた皆が集まれる。私はアイデアを頂くこと
にしました。
今年が創立50周年の当社は昨年、東京都文京区に本社ビルを建設、一番日当た
りのいい一角を空中庭園にして先人の碑を建てました。デザインは彫刻家の亀谷
政代司氏によるものです。
同姓の方との巡り合い。そこには、私のライフワークの成果があります。
松本清張氏の推理小説『砂の器』は被害者が死の直前漏らした「カメダ」という
言葉を手がかりに、刑事が犯人を追い詰めていきます。東北弁を話していたとい
う被害者が実は山陰地方の亀嵩(かめだけ)出身で、その地域で話される言葉が
音声学上東北弁と大変よく似ていることが謎を解くカギになっています。
名作に雑学のエッセンスとして添えられた名前の面白さ。そこに惹かれた私は7
年前、100ページ余りのリポート「亀谷姓の研究」をまとめました。
全国に亀谷姓は何人いるのか、どの地域に多いのか。電話帳で亀谷姓を、地名事
典や地図で亀谷の地名を探し出すことから、私の旅は始まりました。
1991年当時の電話帳で調べた亀谷姓は2799軒、一番多いのは北海道の
391軒でした。そこで北海道の亀谷さん全世帯にはがきを送り、読み方、本州
のどこから、いつ頃移住したのか、当時の職業などをお尋ねしました。
すると、岩手や宮城、富山の漁業で生計を立てている方が、明治かそれ以前に移
住したことが多く、「かめや」が9割で「かめたに」は非常に少ないことも分か
りました。ちなみは沖縄の亀谷さんは全員かめやさんで、関西地方は圧倒的にか
めたにさんでした。山陰には亀谷という地名が多く、亀谷姓の人が集まる地域も
あることが分かり、島根県に出張した際は瑞穂町おおなんちょう(現邑南町)の亀
谷山八幡神社を訪れました。
ここは桓武天皇が即位した781年頃に建てられ、日本史で最初に亀谷が登場し
た所です。
あれこれ調べ始めると、ぼんやりとしている時間は全くと言っていいほどなくな
りました。
社長業の傍ら、よくそんな時間がありますね、と言われたことも少なくありませ
ん。そんな時は、ゴルフエッセイストの夏坂偉さんが新聞記事の中で話されてい
た一節を紹介します。
「英国紳士の人生には2本の川が流れ、1本は仕事という名の主流、もう1本は
サイドリバーと呼ばれる趣味の世界だ」と前置きし、「仕事と同じ情熱を生涯趣
味にも注ぐことで、男として一人前になれる」と説くのです。
当社は東西に分かれて創業していた2つの日本文化シャッターが1970年に合
併し今の形になりました。
M&A(企業の合併・買収)は当たり前になり、創業時の姿など遠のく一方でしょ
う。
こんな時代だからこそ、ルーツを大切にしていきたいと思います。
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いかがだったでしょうか?
自分のルーツなんて今まで気にしたことがありませんでしたが
「どうなんだろう?」と思った方も多いのでは?
万物にはそのルーツが存在し、その理由もそれぞれ興味深いものなのかもしれませんね。
さてさて、2本の川についてなるほどなと思った次第でございますo(^▽^)o
ではまた来週!