月曜担当のMr.Hですにひひ


ゴールデンウィークはいかがお過ごしでしたか。


さて、本日ご紹介するのは・・・。


「大事がなされるには、時が満ちる必要がある」というお話です。


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  <『 静かな人ほど成功する 』ウェイン・W・ダイヤー 著 より >

   ☆☆  大事がなされるには、時が満ちる必要がある   ☆☆



中国の教師であり、哲学者でもある孔子から引用した冒頭の文を、


私は自分のタイプライターに貼り付けています。

それは、「大事を成し遂げる邪魔になることば何もするまい」


と、常日ごろから、自分自身に言い聞かせるためです。

人間の本性を見ると、いかに私たちが、


大事の邪魔になることばかりしてしまうかということが、とてもよく分かります。


しかし、本来かくあるべしと自らが認めたもののためには、


この自然本性の欲求をしぱしぱ無視して行動できるのも、


また、私たちの意思の力なのです。


自然界のプロセスにおいても、私たちの個人的な領域においても、


忍耐こそが、重要な要素となります。



例えぱ、私が、腕に擦り傷をつくったり、骨を折ったりしたとします。


私たちが、それについてどんな勝手なご託を並べようとも、


そんなことには一切かかわりなく、自然治癒のプロセスは、


正確に自らのペースを守って黙々と進行していきます。



これこそが、自然の営みというものです。


私が、早く治そうと、いくらやきもきしたところで、


なんの役にも立ちません。


それを私たちの身近な世界に当てはめて言えば、


25世紀前の孔子がすでに説いているように、


「急いては、治るものも治らなくなる」ということになるのです。



また、シェークスピアもこの古代中国の大先達と知恵を競い合って、


次のように書いています。

「忍耐心がない者は、なんと哀れなことか。


どんな傷だって、ただ静かに待っていれば、


徐々に癒えていくものなのに」と。



今でも私は、私の本が、初期に書いた本のようにベストセラー入りしなかった


ことで気を落としそうになるときは、この中国の聖賢の箴言を思い起こします。



「大事が成される、時が満ちる必要がある」


褒めたたえるべきは、孔子の天才でしょう。


孔子が地上を去って、すでに2500年の歳月が流れ去ろうというのに、


いまだに、その発言は重宝され、またその英知は、私たちの生きた教材に


なっているのですから。


私もまた、やがて後れてくる人たちのために、書いていきたいのです。

そのことで、今の世において脚光を浴びるという、


小さな利点を犠牲にしたとしても、それこそ私の本望なのです!



私の気の短いエゴだけは、いらいらするかもしれませんが。



『奇跡の学習』という書籍のなかに、


エゴの虜になっている人をいら立たせるような一節があります。


そこには、一見矛盾しているように思われることが書かれています。


「無限の忍耐をもった時点から、ただちに成果が実ってくる」


これと同じ響きが、今あなたが読んでいる2500年前の孔子の箴言にも


こだましているのです。

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いかがだったでしょうか?


理解するには深すぎてなかなか日常生活に落とし込めません( ̄_ ̄ i)


結果をあせらず地を固めればおのずと結果に結びつくということでしょうか。


種をまけばおのずと実がなるプロセスは誰でも知っていますが


「実」がなるその時期が来るまで待たなければなりません。


そこに忍耐力が必要ということだと私は思います。


その「実」を大きくするために肥料や水をやるように


仕事においてもそういった行動が必要なのかもしれませんね。



ではまた来週!