こんばんは!
月曜担当のMr.Hです
。
本日ご紹介するのは・・・。
「人間にいちばん大切な「基礎知識」をどう身につけるか」というお話です。
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<『 人生の師 「一期一会」をどう生かすか 』
童門 冬二 著 三笠書房 より >
☆☆ 人間にいちばん大切な「基礎知識」をどう身につけるか ☆☆
自分を成長させ、人を育てるうえで、どうしても欠かせないことがある。
それは「基礎知識」であり、それを支える「基礎勉強」である。
この世に生きるということはほとんど「応用」なのだから、
この基礎がしっかりしていないとダメだ。
それも、すぐれたリーダーによる、きちんとした“指導”を受ける必要がある。
きちんとした、というのは、系統的に整理されているという意味だ。
私は青少年の頃、貧乏で大学に行けなかった。
が、生来の本好きと負けず嫌いから、自分で勉強した。
いわゆる“独学”である。
そのため、ひと頃は、「必要なのは、学力であって学歴ではない」などという
倨傲な考え方をもっていた。
この考えはいまでも基本的には変わっていない。
しかし、それでは、私自身が“歴”を経てきた人と同じ程度の“力”をもっているか、
と言えば、これはまったく自信がない。
それは“独学”の欠点である「自分の好きなものしか勉強しない」ということが、
私にもあったからである。基礎になる学問というのは、学ぶ者にとって
「好きなもの」と「嫌いなもの」とが入り混じって構成されている。
つまり”苦手”なものもたくさん入っている。
それを我慢して克服することが、勉強における努力ということだろう。
私の場合は自分の嫌いなものを退けて勉強しなかった。
それがあちこちに穴を開けている。
そのため、難しい問題に出合ったときに的確に対応できない。
たじろぐ。立往生する。そんなとき、思わず胸に湧くのが、
「ああ、若いときにきちんと系統立てた勉強をしていたらなあ」
という激しい後悔の念である。
だから、いまの私は、
「大学なんて“メ”じゃない」
とイキがる若者には、
「そんなことを言わないで、行ったほうがいいよ」
と言うことにしている。それは学歴社会を認めて、
いい就職をするためということからではない。
基礎をきちんと系統的に学ぶためだ。
いまの大学がけっしてそういう状況でないことは百も承知だが、
独学よりはいい。教師の中には、まだまだ“師”と呼べる人がいるからだ。
基礎勉強に身が入らないのは、講義がつまらないからだ。
つまらないというのは、教え方がへただからである。
つまり、教える側が、「自分が教えている内容は素
晴らしいのだから、理解しないヤツの頭が悪いのだ」
と考えているためである。
「内容さえよけれぱ、伝え方なんかどうでもいい」という考えだ。
これはそうはいかない。「何を」という内容を伝えるためには、
「いかに」というその内容の伝え方、すなわち“表現方法“が大切になってくる。
話で言えぱ「話法」である。文章で言えば「文章そのもの」である。
もう一つは、伝え手の副次的な属性だ。魅力と言ってもいい。
魅力には天性のものと後天的なものとがある。
生まれつきのものと、あとから努力して自分で作り出したものとである。
「魅力は自分で作れない」と多くの人が言うが、そんなことはないと思っている。
魅力を自分で作り出す秘訣は、手っ取り早くは「他人を喜ばせよう」という
気持ちを育てることだ。
自分のことばかり考えているのでなく、他人をまず喜ばせよう奉仕の
気持ちがあれば、それはそのまま仏の心になる。
それがその人を光り輝かせるのだ。
このことは、学問指導にも言える。
教えるほうが自分の教え方を省みることなく、
ただ「理解しろ」と言ってもダメだ。
「理解させるための工夫・技術」も大切だが、
それ以上に“教えられる側”に対する深い愛情が要る。
これがないと、教えられる側は敏感に見抜く。
あると、これも敏感に感ずる。
そして、「一所懸命やらなければ、先生に申し訳ない」と
思って努力するようになる。
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いかがだったでしょうか?
全てのものには基礎があって応用があるんですね。
学ぶ側、教える側の両方に気持ちがあって、初めて身に付くのかもしれませんね。
それが自分自身の、そして周りの変化に繋がるということでしょうか。
ではまた来週!