こんばんは!

月曜担当のMr.Hですにひひ


本日ご紹介するのは「カンを養う」というお話です。


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<  『指導者の条件』 松下 幸之助  著  
    PHP研究所  より>



 ☆☆ カンを養う ☆☆


◇指導者は真実を直観的に見抜くカンを養わなくてはならない。

日露戦争のときのことである。


名将といわれた黒木為とも大将が第一線を巡視していて


「今夜は夜襲があるぞ」というと、


必ずその晩は敵が攻めてきたそうである。

 なぜそれがわかるかというと、特別な根拠があるわけではなく、


なんとなくそういう感じがするということである。


いうなれば“カン”であろう。



 カンというと、一見これは非科学的なもののように思われる。


実際、合理的にこういうものだと説明するのはむずかしい。


しかし、それだけに一層、カンが働くという


ことが指導者にとってきわめて大事だと思う。



 たとえばこういうことである。


ニュートンはリンゴの落ちるのを見て、


万有引力を発見したといわれている。


リンゴが落ちるのを見たのはニュートンだけではあるまい。


多くの人が見ている。何もリンゴだけでなく、


ものが落ちるということは、だれでも見て知っている。


しかし他の人はそれを別にふしぎとも思わなかった。


それをニュートンは「これはおかしいぞ、


そこに何かがある」と感じたのだろう。


それがカンである。そのカンに基づいて、科学的な研究を行い、


はじめて万有引力の法則を発見したのだと思う。


やはりそうした科学者としてのカンが働かない人では


偉大な発明、発見はむずかしいのではないかと思う。



 だから、指導者でも指導者としてのカンが必要だと思う。


直観的に価値判断できるものごとの是非が


わかるというカンを養わなくてはいけない。


商売人であれば、一つの商品を見て、それが売れるかどうか、


どれだけの値打ちがあるか一目でわかるというのでなくてはいけない。


売れるかどうかわからないが、


まあ一つ売ってみようというようなことでは失格である。



 それでは、そうしたカンはどうしたら持つことができるのか。


これはやはり、経験を重ね、


修練をつむ過程で養われていくものだと思う。


昔の剣術の名人は、相手の動きをカンで察知し、


切っ先三寸で身をかわしたというが、そこまでに達するには、


それこそ血のにじむような修行を続けたのだろう。



 だから、指導者としても、


経験を積む中できびしい自己鍛錬によって、


真実を直観的に見抜く正しいカンというものを


養っていかなくてはならない。


そういうカンの働きと、合理的な考え方とがあいまって、


偉大な成果が生まれてくると思うのである。



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いかがだったでしょか?



「カン」とは、何気ない出来事から生み出されるアイデア、


過去の経験、好奇心、執念などさまざまな要素によって察知できる


ものだろうと思います。


常に考え苦しみ、どうしても何かを掴みたい!という挑戦の中で


「あっ!」と思える”何か”に出会えたら


きっと素晴らしい感動を味わえるのかもしれませんね。



では、また来週!