月曜担当のMr.Hです
本日ご紹介するのは「自分の右腕となる「名伯楽」の心を獲る」というお話です。
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< 「智将・諸葛孔明の兵法 」
高畠 穣 著 三笠書房 より >
☆☆ 自分の右腕となる「名伯楽」の心を獲る ☆☆
建安五年(紀元二〇○年)の「官渡の戦い」で袁紹を破った曹操は、
今度は劉備を攻めた。
曹操に追われた劉備は、剤州の劉表のもとに身を寄せた。劉備は、
これまでの数々の挫折から、周囲に関羽、張飛、趙雲といつた良将は多いが、
帷幕のなかで遠謀をめぐらす参謀に欠けていることを痛感していた。
ある日、司馬徽から、臥竜と称される孔明のことを聞いたが、
司馬徽はすぐに孔明を紹介してはくれなかった。
劉備は手土産をもち関羽と張飛とともに三たび隆中を訪ねた。
孔明は草堂で読書をしていたが、ふと馬の足音が聞こえ、
弟の諸葛均が「劉備さんです」というのが聞こえた。
劉備は草堂にあがると、誠意をこめて率直に心情を吐露した。
「漢王朝は衰微し、好臣は跋扈して政権を掠め、
天子が辱めを受けて久しくなります。
私は自分に才徳なく、力量もないことをよく知っていますが、
なんとかして大義を天下に広げたいと決心しました。
しかし、たしかに才知は足らず、方法も知らず、東奔西走しながら、
今日にいたるまで、なんの成果もあがっていません。
それでも私は、決してあきらめません。
今日、こうしてうかがったのは、どうすればいいか、
それをお教えいただきたいと思ったからです」
孔明は、劉備の虚心に教えを求める精神と、
漢王室の復興を願う忠誠心に感激した。
孔明は、天下の形勢を分析して、劉備にひとつの方法を提示した。
それが三国鼎立からはじめて天下統一にいたろうという大構想であった。
こうして、孔明は劉備に仕え、終生、非力の劉備をもりたてて、
曹操、孫権に依して一歩もひけをとらせることなく、
天下統一のためにつくすことになったのである。
孔明白身「出師の表」に書いている。
「先帝は、私が賎しい身分のものであることもいとわず、
謙虚にふるまわれて、私を三度も草櫨にお訪ねくださり、
いまの世になすべきことをご下問くださりました。
そのため私は感激し、先帝にお仕えして、
微力をつくすことをお誓いいたしました」
あまりに有名な「三顧の礼」だが、
戦いはまず英雄の心をつかむことからはじまるのである。
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いかがだったでしょうか?
どんなに素晴らしい経営者であっても、たった一人で会社を大きくすることは
難しいですが、すばらしい仲間がいれば可能だと思います。
「志」を高く保ち、自分の力量を見定め、
「謙虚」な気持ちで仲間の力を借りることで
はじめて大きな事を成し遂げられるのではないでしょうか。
では、また来週!