少しだけ語ります。こんな話すみません。。
ブログにも書きましたが、今年の7月、父のお祖父さんが亡くなりました。
自分の父は長男の立場から、喪主でした。
このお葬式は、父の長男として、父がお祖父さんの喪主を務めたことは、
自分にとって忘れられない時間でした。
お祖父さんは愛媛県に住んでおり、愛知県からはやはり距離があり、
なかなか側に居れないのは、父にとっては、やはり歯がゆかったと思います。
お祖父さんが亡くなった時、たまたま母親に電話をしたことから、事態を知りました。
そして、母に電話をした30分後、本当に前触れもなく、お祖父さんは亡くなりました。
今思えば、何となくお祖父さんの声を感じたのかも知れません。
自分にとって、お祖父さんの存在は凄く大きなものでした。
間違いなく、今の自分の性格に、限りなく影響しているかと思います。
そんな自分も、お祖父さんには数年に1回程度しか会っていません。
でも、なぜそこまでお祖父さんを思えるのか不思議な方もいるでしょう。
その答えは、「自分の父親の父」であることだと自負しています。
父は、何事にも直球で、基本的には「自己中心的考え」だと思っていました。
しかしながら、自分自身が歳を重ねるにつれ、口下手だってことがわかってきました。
それを感じることが出来たのは、その先に見える姿が「お祖父さん」なんです。
お祖父さんは、何があっても討論をやめませんでした。
「何が良くて何が悪い」「コレがこうだからそうなる」「こうだからこうすれば良くなる」
確かに持論だし、答えは無いかも知れません。
しかしながら、一つの事案に対して、こんつめて考えることは、
今の自分の考えに非常に合致し、そして最良の結果をもたらす事が出来ます。
その教えを受けた子から生まれたのが、「自分」です。
親父はいつも怒ってました。そしてずっと怖かったです。
でも、思春期の時、あれだけガンガン当たって来て、殴り合いのケンカしても、
それでも、自分のことを見捨てず見ててくれたのは
やはり親です。
そんな経験をしてきて、親父の、お祖父さんへの最後のスピーチを聞いた時、
素直に、こう心に問いかけられました。
自分の親の存在を考えたことがありますか?
親ってのは、いつも憎たらしくて、怒ってるイメージか無いでしょう。
時に優しく、時に厳しく。そんな甘い考えが通用する親では無かったのが事実です。
そんな親の子に生まれてきたことに、悔やんだ時期もありました。
でも、どれだけ親の存在が大きいか、少し視点を変えて考えてみてください。
だからこそ、自分は、これだけは言いたい。
自分にとっての親は「そこにしか居ない」
ということです。
自分の嫁さんの父親は、自分と結婚する前に病死で亡くなっています。
自分は、嫁のお父さんと顔を合わせることも無く、結婚しました。
でも、嫁のお父さんの「考え方」や「曲げない根性」「子育ての母性」など、
しっかり嫁さんに受け継がれています。
決して甘んじるのではなく、子供の立場を尊重し、そして親の威厳を図る。
簡単そうで、すごく難しいことを、子供の母としてやっています。
これは、嫁の旦那として、嫁に対して凄く感謝していることです。
だからこそ、しっかりと今の家庭を築くことが出来ているんだと思います。
自分が、親になって、親の立場から子育てをした時、ふと思います。
あ~自分の親の考えや、怒り方、考え方はまともだったんだなと。
子供の視点からじゃ気付かなかった、親の考え方を理解した瞬間でした。
両親は自分より長生きはしません。これは世の常です。
今からでも遅くはありません。親から見れば、いつまでも子供なんで、
親孝行とは言わず、親と一緒にやりあうことも、凄く大切なことでないでしょうか。
自分の両親が居るうちに、親といっぱいケンカや相談が出来ることが、
何より心の励みになるし、幸せなことでしょう。
人生一度っきり。親も一度っきり。真っ直ぐ親と接するのも悪くないと思います^^
※乱文すみませんでした。修正無しで、そのまま記載します。