すっかり冬である。昼はまだ暑いとはいえど、日が落ちるに従って、人々の口から無意識の内に「さむっ」という言葉をいとも簡単に引っぱり出す。そういや、中学の英会話の時間おける僕の名前は「サム」だったなぁ…いつも顔を合わせてる友達と「ハイ、クリストファー!」「オー!ハロー、サム!」と、横文字の名前でつたない会話(それもたいていは『週末何してた?』とか『あんたの趣味は何なの?』とかおおよそ初対面でどんなに気まずい状況でも話さないような会話)をさせられるのは何だか不思議な気持ちがしたもんだ。まぁどうでもいいんやけどね。

 今日はそんなこんなで、何を話そっかなぁ…あ、じゃあ中学のことを思い出したので、中高のクラブ経験でも話しましょう。生身の僕を知っている人がおおよそ思うのは、僕がどっからどう見ても中高をスポーツに捧げた健康優良児ではないだろうということである。これが3、4年前なら、ちょっとは「あぁ、バスケしてそう!」と言われたもんだが(本当です!)、今は「あぁ…ていうか、スポーツという概念の真逆にいるよね。」と言われる(笑)。あのね~、本人の名誉のために言っとくが、球技ならテニス以外はそれなりにいけるくちなのよ、いやほんとに。大学でさぁ…って何だか自分で必死にフォローしてるのが余計に情けないわ…。まぁ、はっきり言いましょう。そうです、確かに僕はスポーツに一途な中高生じゃなかった。でも体育会系クラブとの邂逅はあったのである。 最初に入ったのはもちろん中学入学時。泣く子も憧れるバスケ部である。当時バスケ部といえば、『スラムダンク』が幅をきかせていた時期なので、それは羨望の的であった。バスケ部に入ったならどんな奴でも犬でもネコでも、みんな一目おかれる存在となれたのである。だから言うまでもなく、入学当初は一目置かれたいウブな中坊が殺到した。僕もそんなウブな一人であった。しかし、僕は「小学校も主にバスケ部」という輝かしい(?)実績を持っていたので、アリのように練習にたかる新入生を見て「ふっ、そんな一朝一夕のミーハーな気持ちで、バスケが上手くなると思ってたら大間違いだ!朕は卒業文集にも【将来、第2のマイケル・ジョーダンになってNBAを背負う選手になる】と書いて、端にシカゴ・ブルズのチームロゴを描いちゃうほどバスケを愛してるんだぞ?(←残念ながら実話…笑)」と完全に鼻にかけていた。小学校のクラブなど、ほんのお遊びなのにも関わらず。そんなこんなで、僕はバスケ部に意気込みまくって入部した。

 たしかに途中まではよかった。次々の辞めていく奴らを尻目にもくもくと練習した。しかし、当時僕の身長はほとんど最前列付近なほど低く、ガタイもそこまでよくなかったので、基礎練習でも実践練習でも背が高くガタイのいい奴にかなわないことに気づいてきた。なら、スピードとか敏捷性とか頭の良さとか他の面で越えればいいというものだが、意気込みまくっていた故に、若干ショックであった。そして少しダルくて休んでしまうと、あとはズルズルと半年で幽霊部員に、これはいかんと思ってたまに出ても、続けてる奴との差は明白で、また悪循環。結局、中2の途中で退部してしまった。第二のマイケル・ジョーダンが文字通り“冗談”に終ってしまい、意気消沈していた僕を誘ってくれたのは中高通して一番の親友のU君であった。(パート2に続く...)