今日は「本」の話をしようと思う。
読者の中には「何だ?今更インテリぶっても、お前がバカなのは周知の事実だぞ!」と思う人もいるかもしれない。そう、僕はインテリぶってるのだ!どうだ、参ったか!今から本の話をしてやるぞ~、ヘッヘッへッ!どうだ、頭がよさそうだろ~!メガネなんかかけちゃうぞ!
...取り乱しました。しょうもない話はこれぐらいにして、そう、本の話だ。読むといっても、高校3年ごろからで、最初は友達の“ハッサン”(H君のあだ名)からの影響だった。ハッサンは一言でいえば“変”な奴であった。普通にしてればまともに見え、実際考え方はまともな奴である。しかし時々行動が奇怪で、僕もおもしろがっては一緒になって奇怪な遊びをして、周囲から不審な目で見られていた。まぁ、その内容はまた今度話することにしよう。
ハッサンは昔から本をよく読むやつで、中学の頃から自分で小説を書き、国語の先生を驚かせるほどであった。(最近も詩のコンクールで特別賞をもらったらしい。)で、僕もハッサンから本を半ば強引に読まされることになった。最初は「こんな活字の山なんて、読めやしね~よ!第一、国語嫌いで、教科書の作者の写真にはもれなく立派な“ヒゲ”や“アフロ”が書き加えられているというのに...。」と思っていた。最初に借りたのはなんだったかなぁ...あ、あれや。村上春樹の「風の歌を聴け」だ。そう、その時は予想通り5ページぐらい読んで字の多さにうんざりして、そのまま返却。感想を聞いてきたので、適当に話を合わせていた。本人は気をよくしたらしく、色んな本についての話を聞かせてくれた。
「これは厄介なことになったぞ...」 そう思ったが、しょうがないので話半分に聞いていたら、ハッサンは面白いエッセイの話を始めた。そこで出会ったのが原田宗典のエッセイだった。原田宗典は淡い青春時代を題材にした小説を多く書いている作家(本人は“物書き”と言っている)だが、エッセイはそんな小説からは想像できないような程、本人の恥ずかしい体験やおもしろエピソードが赤裸々に綴られており、僕も話を聞くなり爆笑してしまい、思わず本屋で買ってしまった。原田宗典のエッセイにはただ単におもしろいだけでなく、「あ~あるある、こういう時」と思わせたり、「あ~、この小心者!」というようなことが満載で、何というか本を通して原田宗典という人間を見ているような親近感が湧くのである。そんな親近感はこの人の小説からも見て取れる。「十九、二十」は実体験を元にしており、「スメル男」「平成トム・ソーヤー」などは展開や設定はとてもありえないおもしろさなのだが、どちらも主人公のふとした時の言動に、人間味が溢れ出すのである。また「優しくてちょっとばか」や「西洋林檎ワイン煮」などは女の持つ不思議さや怪しさがありありと描かれていて別の意味で面白い。僕はぐいぐい本のおもしろさに引き込まれていった。最初は笑うためにエッセイを読んでたが、そのうち原田宗典の小説も読みたくなり、読んでは笑う以外の新たなおもしろさを知った。エッセイを読んだ人はお気づきかもしれないが、このリクーム日記は原田氏のエッセイのエッセンスが満載である。悪く言えばパクリである(笑)。内容は違うけど、エッセイと比べて見ると、多大な影響が見て取れるはずである。
次に出会ったのが前述の村上春樹だ。最初はあの形容部分というか、抽象的な描写が多くて謎だらけの展開が、退屈で意味がわからなかった。気になったのは、やたら出てくるエロい描写である(笑)。しかしその後、印象は一変して、著書を片っ端から読みあさることになるほどハマってしまう。そんなきっかけになったのが、「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」である。あの衝撃はすごかった。二つの何の関連もない物語が進むにつれて徐々に絡み合って、最後に一つになる。あんな物語は今まで出会ったことがなかった。読み終わった後、ただ呆然として何もする気になれなかった程である。最近読んだ「海辺のカフカ」もまぁまぁおもしろかったが、やはり「世界の~」や「ねじまき鳥クロニクル」「ノルウェイの森」が好きだ。「国境の南、太陽の西」もいい。
何だか本の解説みたいになってしまったな。まぁそんな感じで、僕の本棚にはほとんどが二人の本で占められている。他にも村上龍や中島らも、古いところでは夏目漱石なんかも読むが、やはり僕の血となり肉となっているのはこの二人である。文学は何も難しいものじゃなくて、(もちろん自己表現手段ではあるが)今も昔も娯楽の一種なんだという事を教えてくれた二人に感謝である。
ヒマな時にはちょっと本を読んでみるのもおもしろいですぞ。
~僕の時代が青春してたころ~
愛子様が生まれた日、僕は高島屋前で号外をもらい、それを見ながら当時の彼女と天皇制が必要かそうでないかでケンカした。彼女は「帰る」と言い出し、本当に帰ってしまった。僕はこのまま帰るに帰れず、後を追うように彼女の家の近くの公園まで行って、「公園にいる」とメールを送って、じっと待っていた。やがて彼女はしびれをきらしたか、公園に現れ、何とか仲直りできたが、その日はそれで帰った。12月1日。4年前の僕の誕生日はそんな風に過ぎていった。あの頃は若すぎたな(笑)。
読者の中には「何だ?今更インテリぶっても、お前がバカなのは周知の事実だぞ!」と思う人もいるかもしれない。そう、僕はインテリぶってるのだ!どうだ、参ったか!今から本の話をしてやるぞ~、ヘッヘッへッ!どうだ、頭がよさそうだろ~!メガネなんかかけちゃうぞ!
...取り乱しました。しょうもない話はこれぐらいにして、そう、本の話だ。読むといっても、高校3年ごろからで、最初は友達の“ハッサン”(H君のあだ名)からの影響だった。ハッサンは一言でいえば“変”な奴であった。普通にしてればまともに見え、実際考え方はまともな奴である。しかし時々行動が奇怪で、僕もおもしろがっては一緒になって奇怪な遊びをして、周囲から不審な目で見られていた。まぁ、その内容はまた今度話することにしよう。
ハッサンは昔から本をよく読むやつで、中学の頃から自分で小説を書き、国語の先生を驚かせるほどであった。(最近も詩のコンクールで特別賞をもらったらしい。)で、僕もハッサンから本を半ば強引に読まされることになった。最初は「こんな活字の山なんて、読めやしね~よ!第一、国語嫌いで、教科書の作者の写真にはもれなく立派な“ヒゲ”や“アフロ”が書き加えられているというのに...。」と思っていた。最初に借りたのはなんだったかなぁ...あ、あれや。村上春樹の「風の歌を聴け」だ。そう、その時は予想通り5ページぐらい読んで字の多さにうんざりして、そのまま返却。感想を聞いてきたので、適当に話を合わせていた。本人は気をよくしたらしく、色んな本についての話を聞かせてくれた。
「これは厄介なことになったぞ...」 そう思ったが、しょうがないので話半分に聞いていたら、ハッサンは面白いエッセイの話を始めた。そこで出会ったのが原田宗典のエッセイだった。原田宗典は淡い青春時代を題材にした小説を多く書いている作家(本人は“物書き”と言っている)だが、エッセイはそんな小説からは想像できないような程、本人の恥ずかしい体験やおもしろエピソードが赤裸々に綴られており、僕も話を聞くなり爆笑してしまい、思わず本屋で買ってしまった。原田宗典のエッセイにはただ単におもしろいだけでなく、「あ~あるある、こういう時」と思わせたり、「あ~、この小心者!」というようなことが満載で、何というか本を通して原田宗典という人間を見ているような親近感が湧くのである。そんな親近感はこの人の小説からも見て取れる。「十九、二十」は実体験を元にしており、「スメル男」「平成トム・ソーヤー」などは展開や設定はとてもありえないおもしろさなのだが、どちらも主人公のふとした時の言動に、人間味が溢れ出すのである。また「優しくてちょっとばか」や「西洋林檎ワイン煮」などは女の持つ不思議さや怪しさがありありと描かれていて別の意味で面白い。僕はぐいぐい本のおもしろさに引き込まれていった。最初は笑うためにエッセイを読んでたが、そのうち原田宗典の小説も読みたくなり、読んでは笑う以外の新たなおもしろさを知った。エッセイを読んだ人はお気づきかもしれないが、このリクーム日記は原田氏のエッセイのエッセンスが満載である。悪く言えばパクリである(笑)。内容は違うけど、エッセイと比べて見ると、多大な影響が見て取れるはずである。
次に出会ったのが前述の村上春樹だ。最初はあの形容部分というか、抽象的な描写が多くて謎だらけの展開が、退屈で意味がわからなかった。気になったのは、やたら出てくるエロい描写である(笑)。しかしその後、印象は一変して、著書を片っ端から読みあさることになるほどハマってしまう。そんなきっかけになったのが、「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」である。あの衝撃はすごかった。二つの何の関連もない物語が進むにつれて徐々に絡み合って、最後に一つになる。あんな物語は今まで出会ったことがなかった。読み終わった後、ただ呆然として何もする気になれなかった程である。最近読んだ「海辺のカフカ」もまぁまぁおもしろかったが、やはり「世界の~」や「ねじまき鳥クロニクル」「ノルウェイの森」が好きだ。「国境の南、太陽の西」もいい。
何だか本の解説みたいになってしまったな。まぁそんな感じで、僕の本棚にはほとんどが二人の本で占められている。他にも村上龍や中島らも、古いところでは夏目漱石なんかも読むが、やはり僕の血となり肉となっているのはこの二人である。文学は何も難しいものじゃなくて、(もちろん自己表現手段ではあるが)今も昔も娯楽の一種なんだという事を教えてくれた二人に感謝である。
ヒマな時にはちょっと本を読んでみるのもおもしろいですぞ。
~僕の時代が青春してたころ~
愛子様が生まれた日、僕は高島屋前で号外をもらい、それを見ながら当時の彼女と天皇制が必要かそうでないかでケンカした。彼女は「帰る」と言い出し、本当に帰ってしまった。僕はこのまま帰るに帰れず、後を追うように彼女の家の近くの公園まで行って、「公園にいる」とメールを送って、じっと待っていた。やがて彼女はしびれをきらしたか、公園に現れ、何とか仲直りできたが、その日はそれで帰った。12月1日。4年前の僕の誕生日はそんな風に過ぎていった。あの頃は若すぎたな(笑)。