世の中にはよくわからないことが多い。むしろ知っていることはほんの少しであり、世界はよくわからないことで回っていると言っても過言ではないだろう。
いつだったか忘れたが、僕は地下鉄に乗っていた。その日はちょうど大学のテストが終了した日(ということは7月終わりらへんだ)で、僕は何とも言えない微妙なテスト明けの開放感をかみ締めていた。その開放感は言うなれば、急な腹痛時に、痛さのピークを少し過ぎたときに感じるあの安堵感と不安感が入り混じった微妙な感じに似ており、その時も「あの単位はとれたのだろうか」とか「あれがもし…万が一、いや金田一、あ~なってしまったら、あとは…あ~~~!!」「しかし、何はともあれテストは終了だ」とあれこれ思い返しては(これで僕の在学状況が判るでしょう…笑)、いろんな表情をしていた。傍から見たら、売れない俳優(しかもだいぶ頭も狂ってきている…おっと失敬!)の練習か、あるいはそういう人かと思ったに違いない。
何はともあれ電車は進むよどこまでも。難波駅に着き、千日前線に乗り換える。あっ、電車が来た。扉が開き、車内に乗ると、どうも混んでいる。いや、今は夜の8時ごろなので(テスト後に大学でぶらぶらしてたのね)、この列車はあまり混まないはず…いやこのぐらいが意外と混むのかな?あるいは、老人列車999なのかな?いや、あれは谷町線の話だぞ?(←老人鉄道999の話を知らない最近の読者の方のために説明しよう!老人鉄道999とは平日の朝10時すぎの地下鉄谷町線に起こる怪奇現象であり、車内が老人でほぼ満員なほど埋め尽くされるという、黄泉の国に繋がった普通電車である。ちなみにその老人達は四天王寺夕陽丘駅で一斉に降りる。まだX-ファイルも手をつけていないミステリーである。)前置きが長かったが、話を戻そう。ともかく、その列車もかなり満員であった。僕は、不審に思いつつも文庫本を開け、しばしの読書にふけろうとした。なかなかこのひとときが一日の中でも好きな一瞬なのだが、この時ばかりはやはり周りが気になって集中できなかった。というのも何か空気がおかしいのだ。単なる満員電車ではなく、もっと重みを持った、沈黙の中にも鋭さと怯えが混じったような満員電車なのである。僕はそろっと横目で周りを見渡してみた。不審な点はいくつか見つかった。
①異常に男の割合が高い。
ほとんど女の人が見当たらないのだ。人口の半数は女であり、統計的にはもっといていいはずだ。いくら男社会が残っていると言えども。
②みんな耳元で囁き合うように喋る。
特に立っている男達は、周りがうるさいわけでもないのに聞こえないように注意して耳元で喋るのだ。しかもあちらこちらで。
③何よりマスク・深い帽子姿が多すぎる。
そう、一番気になったのがマスク人間と深く被った帽子野郎の多さである。そんな風邪が流行っているわけでもないのに、5人に1人はマスクをしている。そしてけっこうな確率で帽子を深く被っている。これは怪しすぎる。しかもみんな似たような格好で、似たような中年層で、リュックを背負っている。
ね?怪しすぎるでしょ?これは木多太郎の頭よりも明らかでしょ?他の普通っぽい人(少数)もその異変を察知しているらしくキョロキョロしたり、ひたすら下を向いたりしていた。僕は一通り不審な点を見てから、いろいろ推測した。テロ組織か?政治団体か?暴走族の同窓会か?それともただの登山サークルで、たまたま餃子食ってきたグループがいたのか?あるいは、世にも奇妙な世界の住人になってしまったのか?僕は思考を巡らせた。しかし、こうしちゃいられない。こうしている間にも事が起こる可能性は十分にある。僕はまず対処法を考えた。地下鉄ハイジャック(そんなんあるんかな?)の時にはおとなしくしておき、機を見て逃げる。脱出方法はあ~して、あ~だな。もし、横の奴がいきなりナイフを出してきたら、こう引いてこうだ。もしみんな登山家だったら、みんなでキャンプだ…と考えていると、どこかの駅に着き、その怪しげな集団(何十人というぐらいのかなりの数)が一斉にみんな、わ~っと降りた。そして、先に降りた奴が叫ぶ。「お~い、みんな降りるぞ~~!!」それにつられて、どんどん降りるは降りる。結局、車内はほとんどすっからかんになった。駅に降りた謎の集団はその後、階段をぞろぞろと上っていった。地下鉄の扉は何事もなかったかのようにシュプーーーーっと閉まり、車内には「何だったんだろう?」という疑いの空気と、謎の集団の汗くさい熱気が残されていた。僕は近く座席に座り、疑問と安堵の気持ちに包まれた。そして、文庫本を開く。
どうも、世の中には決して自分と交差しない物事があるようだ。人は一本道を堂々と歩いて世界を知ったつもりになっているが、実はその横に何本ものわき道があり、すぐ傍にさえ何があるかもわからないまま生きているのだということを思い知った一日だった。しかし、あれはかなりびっくりしたぞ。
古いベンツには物悲しさがある
走ってるのを見るとわかるんだ
他の古い高級車とは比べ物にならないさ
昔の金持ちと言えば、みんなベンツに乗っていて
ジャニス・ジョップリンは「ベンツがほしい」と歌った
なのに今の金持ちは人それぞれで
ベンツさえも改良されて現代風だ
まぁ、いいよ...
ベンツの後ろ姿は言ってる
「俺の時代だったんだ…」
いつだったか忘れたが、僕は地下鉄に乗っていた。その日はちょうど大学のテストが終了した日(ということは7月終わりらへんだ)で、僕は何とも言えない微妙なテスト明けの開放感をかみ締めていた。その開放感は言うなれば、急な腹痛時に、痛さのピークを少し過ぎたときに感じるあの安堵感と不安感が入り混じった微妙な感じに似ており、その時も「あの単位はとれたのだろうか」とか「あれがもし…万が一、いや金田一、あ~なってしまったら、あとは…あ~~~!!」「しかし、何はともあれテストは終了だ」とあれこれ思い返しては(これで僕の在学状況が判るでしょう…笑)、いろんな表情をしていた。傍から見たら、売れない俳優(しかもだいぶ頭も狂ってきている…おっと失敬!)の練習か、あるいはそういう人かと思ったに違いない。
何はともあれ電車は進むよどこまでも。難波駅に着き、千日前線に乗り換える。あっ、電車が来た。扉が開き、車内に乗ると、どうも混んでいる。いや、今は夜の8時ごろなので(テスト後に大学でぶらぶらしてたのね)、この列車はあまり混まないはず…いやこのぐらいが意外と混むのかな?あるいは、老人列車999なのかな?いや、あれは谷町線の話だぞ?(←老人鉄道999の話を知らない最近の読者の方のために説明しよう!老人鉄道999とは平日の朝10時すぎの地下鉄谷町線に起こる怪奇現象であり、車内が老人でほぼ満員なほど埋め尽くされるという、黄泉の国に繋がった普通電車である。ちなみにその老人達は四天王寺夕陽丘駅で一斉に降りる。まだX-ファイルも手をつけていないミステリーである。)前置きが長かったが、話を戻そう。ともかく、その列車もかなり満員であった。僕は、不審に思いつつも文庫本を開け、しばしの読書にふけろうとした。なかなかこのひとときが一日の中でも好きな一瞬なのだが、この時ばかりはやはり周りが気になって集中できなかった。というのも何か空気がおかしいのだ。単なる満員電車ではなく、もっと重みを持った、沈黙の中にも鋭さと怯えが混じったような満員電車なのである。僕はそろっと横目で周りを見渡してみた。不審な点はいくつか見つかった。
①異常に男の割合が高い。
ほとんど女の人が見当たらないのだ。人口の半数は女であり、統計的にはもっといていいはずだ。いくら男社会が残っていると言えども。
②みんな耳元で囁き合うように喋る。
特に立っている男達は、周りがうるさいわけでもないのに聞こえないように注意して耳元で喋るのだ。しかもあちらこちらで。
③何よりマスク・深い帽子姿が多すぎる。
そう、一番気になったのがマスク人間と深く被った帽子野郎の多さである。そんな風邪が流行っているわけでもないのに、5人に1人はマスクをしている。そしてけっこうな確率で帽子を深く被っている。これは怪しすぎる。しかもみんな似たような格好で、似たような中年層で、リュックを背負っている。
ね?怪しすぎるでしょ?これは木多太郎の頭よりも明らかでしょ?他の普通っぽい人(少数)もその異変を察知しているらしくキョロキョロしたり、ひたすら下を向いたりしていた。僕は一通り不審な点を見てから、いろいろ推測した。テロ組織か?政治団体か?暴走族の同窓会か?それともただの登山サークルで、たまたま餃子食ってきたグループがいたのか?あるいは、世にも奇妙な世界の住人になってしまったのか?僕は思考を巡らせた。しかし、こうしちゃいられない。こうしている間にも事が起こる可能性は十分にある。僕はまず対処法を考えた。地下鉄ハイジャック(そんなんあるんかな?)の時にはおとなしくしておき、機を見て逃げる。脱出方法はあ~して、あ~だな。もし、横の奴がいきなりナイフを出してきたら、こう引いてこうだ。もしみんな登山家だったら、みんなでキャンプだ…と考えていると、どこかの駅に着き、その怪しげな集団(何十人というぐらいのかなりの数)が一斉にみんな、わ~っと降りた。そして、先に降りた奴が叫ぶ。「お~い、みんな降りるぞ~~!!」それにつられて、どんどん降りるは降りる。結局、車内はほとんどすっからかんになった。駅に降りた謎の集団はその後、階段をぞろぞろと上っていった。地下鉄の扉は何事もなかったかのようにシュプーーーーっと閉まり、車内には「何だったんだろう?」という疑いの空気と、謎の集団の汗くさい熱気が残されていた。僕は近く座席に座り、疑問と安堵の気持ちに包まれた。そして、文庫本を開く。
どうも、世の中には決して自分と交差しない物事があるようだ。人は一本道を堂々と歩いて世界を知ったつもりになっているが、実はその横に何本ものわき道があり、すぐ傍にさえ何があるかもわからないまま生きているのだということを思い知った一日だった。しかし、あれはかなりびっくりしたぞ。
古いベンツには物悲しさがある
走ってるのを見るとわかるんだ
他の古い高級車とは比べ物にならないさ
昔の金持ちと言えば、みんなベンツに乗っていて
ジャニス・ジョップリンは「ベンツがほしい」と歌った
なのに今の金持ちは人それぞれで
ベンツさえも改良されて現代風だ
まぁ、いいよ...
ベンツの後ろ姿は言ってる
「俺の時代だったんだ…」