あたりまえの日常とセックスする
【あたりまえの日常とセックスする】
不感症だと、セックス嫌いになるやん。痛いだけだし、相手に合わせて早く終わらないかなーって待つだけ。
日常生活の感情や五感も不感症だと、生きるの嫌になるよな。義務とかやらなきゃいけないことだらけで、世の中は理不尽で、生きててもつまんないなー生きてる意味ないなーってなる。
不感症の人がセックスを楽しみたかったら、どうしたらいい?もっと激しい刺激を?もっと強く?もっと過激なプレイ?もっとたくさんの人とする?・・・じゃ、ないよな。
んじゃ日常生活の不感症を治して生きることが楽しくなるためには、どうしたらいい?もっとお金があれば、もっと綺麗だったら、痩せれば、あの人みたいになれば、地位や名誉が、職業が、持病が治れば・・・じゃ、ないやん。
『もっと強い刺激を』
『もっとたくさんのお金を、時間を、美しさを、持ち物を、、、』
は、全然意味ないんだってば。
不感症から脱するのに、根本的な解決にはならない。
むしろ逆効果よね。
どんどん、鈍感になってく。
どんどん刺激に慣れて、どこまでいっても満たされなくて、もっともっと欲しくて、でもいつも虚しくて。
『自分の感度を上げること』
『感じやすいカラダ、感じやすいココロ』
『目の前にあるもの、肌に触れるものに
どれだけフォーカスして、敏感になるか』
『余計なものに惑わされず、どれだけ集中して感じているか』
『不安や危険や時間の制限に追われずに、
リラックスして、安心して、ゆるめているか』
『神経を研ぎ澄まして、相手の吐息まで感じるくらい敏感になって・・・ほんのちょっと触れられただけではぅぁっ♡ってなるくらい感度上がってるか』
日常と、セックスする。
普段の暮らしと、交わる。
布団に抱きしめられ、
シャワーに撫でられ、
空気に見つめられ、
乗り物に優しく震わされ、
食べ物にキスされて、
香りに癒され、
景色に想像を掻き立てられ、
呼吸という出入りを感じる。
その感度を磨いて、
敏感に喜べる感じやすい女・男になったら、
生きてることがたまらんよ。
毎瞬間、毎瞬間、エクスタシィよ。
えりちんの趣味は、衣食住と三大欲求。
着るものと、食べるものと、暮らしにまつわるものたちと、敏感に交わる。
寝ることと、食べることと、(自分と)愛し合うことを、丁寧に感じる。
その感度上げるだけで、この世はめくるめくベッドの上みたいな極上の場所になる。
たまらんのぉ( ̄▽ ̄)
『もっと強い刺激』
『もっとわたしを幸せにしてくれる何か』
を求めても、セックスも人生もいつまでたっても楽しくならないよ。
不感症やめて、
【今目の前にあるものを感じている自分】
を取り戻すと、
それだけで目に見える景色は変わるし、感じ方も180度ひっくり返る。
そして、【自分の感度を上げていく】だけで、
その感度に合わせて現実もどんどん変化していく。
外に強い刺激を求める必要はないんだ。
もっと過激な道具はいらないんだよ。
それは、どんどんあなたの不感症を進行させる。
内側の感度上げてごらん。
ゆっくり、丁寧に、意識向けて感じてみー。
そしたら、相手はやる気出してもっと上手になるから。
もっとわたしを喜ばせてくれる。
えりちん@人生床上手
フェイスブックでサーフィンしてたら脱がせやえりちんさんに辿り着いていいなと思ったのでのコピペです!
大事なのそこやー!って感じですね╰(*´︶`*)╯♡