なんかいろいろ思いだしてきます。

 

息子がまだ赤ちゃんで娘はまだ幼稚園ぐらいだったかなー。

母がアルツ真っ盛りでどうしようもないときだったと思う。

ワンコは一匹だったけど、10才過ぎぐらいからはもう病気との闘いというか、排泄も大変だった。

 

娘は消化器系の問題で何度も何度も腸閉塞を起こしたり、腎臓が悪くて何度も緊急入院をしたりで。

とくに娘の排便に関しては本当に大変でしてね。

クスリも飲ませてたけど浣腸したり、洗腸をしたり、もういろいろです。

息子は赤ちゃんなので当然オムツです。

ワンコは高齢になってさらに心臓も悪くて、排泄がね、というか、いろいろ大変でして。

で、母は・・・、お漏らしが多くて、それを恥ずかしさからなのか隠すんです。

それがね。本当にやっかいでして。

なのでね、とにかくパパ以外は全員が私の介助が必要なわけです。

毎日何十回じゃ聞かないぐらい手を洗ってたと思う。

 

で、あるとき、パパが中国に出張中。

娘がインフルにかかりまして。

で、息子も母もワンコもいるわけです。

 

そんなとき、私、体というか皮膚が痛くなりまして。

服がこすれても痛い。

ネットですぐに調べました。

帯状疱疹だと確信しました。

 

発症から48時間でしたっけ?

なんか忘れたけど、その時間内にクスリを飲めば治るって。

ですがね、私、インフルで高熱の娘がいて、家に置いていけるはずもなく。

母に頼む事は当時無理でした。

ワタシがクリニックに行ったとしても待ち時間とかもある訳で、おそらく2−3時間はかかるわけで。

インフルの娘と、赤ちゃんの息子を家に置いていけるはずもなく。

ましてや連れて行くわけにも行かず。

母を残したら、何をしでかすか分からない・・・状態でしてね。

 

パパがあと2日で帰ってくるってのをささえにものすごい痛みを耐えてました。

寝ることも出来ないほどの痛み。

医者に行ってクスリさえもらえれば・・・って分かってても行けないんですよ。

私には手枷足枷がぎっしりでしたから・・・。

 

パパが帰ってきて、家に着くなり、「御免とにかく医者に行かせて。」ってものすごい痛みを抱えてクリニックに行きました。

帯状疱疹でした。

が、すでにクスリが効く時間は過ぎていたかギリギリだったかで、結局1ヶ月ぐらい苦しみました。

 

なんてね、そんなことがあったなーなんて思い出した。

 

他にもね、もう数え切れないぐらい大変なことはいっぱいありましたよ。

娘は3才までじゃなくて小学校に上がるまでの6年ぐらいは入退院が多かったし、手術も大きいのから小さいのまで多かったんですね。

 

その頃が一番大変だったのかも・・・。

腎盂腎炎、腸閉塞・・・その繰り返しで。

その度に近くの大学病院や大きな病院では対処出来ず、子供専門病院に行くわけです。

当時は、小児泌尿器科は国内でもそうそうなく、小児外科はあったけど、泌尿器科の小児専門医はそうそうなかったんです。

その度に、母を預け息子を預けなければならないわけで・・・。

 

夫が日本にいるときは夫に助けてもらってたけど、というか、夫がいなければ本当にどうにもならなかったわけで。

 

まあね、夫を完全に手伝い要員として見てました。と思う。

愛とかそんなこと考えてなかったと思う。

 

夫は愛を求めて外に目を向けた・・・のかも。

もしくは、仕事で成功し始めお金もある男を卑しい女が求める。

私は子育てに夢中・・・。

 

なにもかも、もう戻れない訳で。

言葉にすると簡単な事に思えるけど、介護時代は本当に余裕がなくて。

 

夫との関係も、もうなるべくしてなったのかも・・・なんて思う。今思うとね。

私は夫を手伝い要員として見ていたのは間違いないわけで。

だって、自分でご飯食べれて自分で排泄出来て自分でお風呂には入れる人は、夫以外いなかったんですよ。

 

・・・なんか、泣けてきちゃう。

いったいなんだったんだろう。

あんなに頑張ったのに、いや、頑張ったというかタダ必死だっただけなんだけど、夫は他に女を作った。

それでも、今でも経済的な夫としての責任は果たしてくれている。

 

なんだかなー。

理不尽だなー。

 

なんかさ、他にもいろいろ大変だったこと、いろいろ思い出しちゃった。

介護時代の私は本当に頑張ってたと思う。

良く生きて来れたと思うぐらい大変すぎた。

 

なんでね、私に介護が必要になった、すぐに施設に入れて欲しいと子供たちには言ってあります。

子供たちに嫌がられたくないから。

イヤな思いをさせたくないと言うよりも、嫌われたくないし、邪魔にされたくないから。

 

私は・・・正直、本当に辛かったから。

 

あー、やっぱり私って、私こそ自己中なのかも。

自分が母の介護を疎ましく思ってたから、子供たちもそう思うに決まってるって思ってしまってるのかも。

 

介護って、やった人じゃないと分からない辛さがしこたまあるんですよ。

人って経験して始めて知ることってある訳で、私はまだ若い時期に経験出来たのはせめてもの救いだったのかも。

それと経済的には恵まれていたから。

やはり、感謝が足りてないな・・・なんて今だから思えるようになった訳です。