馬鹿って言えば、馬鹿って言う。

あのCM。

大人になっても言えるかな。

馬鹿って言ったら、相手はどう思うとか、怒るかなとか、いろいろ考えたら言えないのかも。

どうして子供なら言えるんだろ。

裏を読むつもりが、裏はなかったり、勝手な想像をしたり、絶対そうだと決めつけたり。

いつから言えなくなるんだろう。

子供の頃って、思った事は何でも言ってた気がする。

よくよく考えて、言葉選びをすればする程、何も言えなくなる。

自分を守る為、自分がまず幸せになる為に、言葉選びをしていたら、コミュニティーが出来づらい。

近しい友達や親類と同じように、コミュニティーができるなら、同じようにコミュニケーションをすればいい。

わざわざ言葉選びをする背景に何があるのか。

責任や指命なのか。

責任感や使命感が強ければ強い程、言葉が言えないのか。

全く逆に思う。

目標設定や遂行力、努力や達成力を、発揮する原動力や精神力をわざわざ向けたくないが為に、言い換えれば楽をしたい、何でそこまでやらなくちゃいけないという気持ちがある事で、言葉選びで隠れみのを作る気がする。

良心や素直な心を持ち表現できる事は、誰にでも出来る事。

表現方法が違うだけの事。

我や欲は、被災地で犯罪を起こす引き金にもなる。戦争の発端にもなる。

我や欲で、何が生まれるのか。何か得したいのか。自分がまず良ければいいのか。

仕事が出来るか出来ないかより、仕事が好きか、誰かの為に頑張りたいという気持ちがあるかが、とても大事な事だと思う。

会社はスタッフとお客様を想い、スタッフは同僚とお客様を想う。

仕事のやり方とは、効率も必要だが、気持ちや心があって、良心や人に対する想いを貫く事で伝わる事もたくさんある。