いつ頃なのか、さん付けで呼ばれるようになったのは。


親が付けてくれた大切な名前の思い入れは、

数か月前に聞いた。


名前って何の為にあるのか。


今時の若い子達は、自分の名前で自分を表現する。

自分達がガキの頃には無かった事。


もしかしたら、自分を指定できる方法の一つなのかと不図思う。

他人の為に名前を付ける?誰?と特定できるように?


すると、こんな風に思えた。


自分自身の判断とは、マスターベーションに過ぎないのでは?

自分の行動と結果に、自己満足する行為。

それは万人が喜ぶ事ではないのでは。


自分自身の行動と結果を、評価判断する、第三者からの

視点や意見が、最も客観的な答えなのか?


最近思う。


対面する相手の、その先の未来も考えようと。


直面する今の現実にばかり捉われず、振り返ることなく

その何歩先を捉えよう。


立場上、当り前の事なのかもしれない。

でもその思考の真髄を全うできている経営者は、

本当のところ、いるのか?


精神的な荒波にも、平然と気をなだらかにできるか。

目指す一つの精神か。


でも、揺るぎない信条は変えられない。


ビルド&スクラップ。今期は転機なのか。

その環境準備のその先を捉えよう。