当院に限らずどの施設でも、患者さんから寄せられるご意見のうち、最もメジャーな苦情の1つが、「医師によって言っていることが違う」です。書きたいことが誤解なくちゃんと伝わるか大変不安な内容ですが、できるだけ分かりやすく書いてみようと思いますのでご理解ください。

 

読んでみて言い訳がましい印象もおありでしょうけれども、どういうメカニズムでこうしたご意見が来るに至るのかを知っていただくことで、今後の私たちの説明に対して納得感や理解につながればということが目的ですので、お手柔らかにお読みいただけますと幸いです。

 

 

さて、当院には、詳細な医師マニュアルがあります。書いちゃっていいかどうか分かりませんが書いちゃうと、3ファイル合計で総ページ数77ページ、実に10万文字近い非常に詳細なものであり、半年に1度改定しております。また、方針の変更があった場合は、随時周知がなされています。しかし、患者さんの状態は1人1人、あるいは同じ方でも各周期全く違うものですので、これだけ詳細なものがあったとしても、患者さんからのご質問ではマニュアルで決まっていないことだらけです。

 

もちろん、私たちは、皆様を混乱させないような説明をしなければなりませんので、医師によって違うことを言っているかのような印象を与えたくはありません。おそらくどの医師もそのように思っているにもかかわらず、なぜそのようなことがどの医療機関でも起こってしまうのでしょうか。

 

 

【同じことを言っているのに表現が逆】

例えば、有名なカレールー、「こくまろ」と「とろける」カレーは同じか違うか、みたいなお題があったとしましょう。こくまろはハウス食品、とろけるはエスビー食品ですが、以前、ハウスがエスビーに対して、「似てるやろ!」と裁判したことがあります。結局は、エスビーがパッケージを変えることと、ハウスは新パッケージについては何も言わない、ということで決着したようなのですが、裁判後でこれかい!というくらい似ています。

 

例によってネットから拾ったパッケージなのでそれぞれ時期は違いますが、これ別メーカーですからね、私には同じにしか見えませんが、完全に同じかと言われれば、完全に同じというわけではありません。

 

医師Aは、これを「酷似しており、ほぼ同じにしか見えません」と言いました。別の医師Bは、「似てはいますが全く別物です」と言いました。どちらの説明も間違ってはいません。しかし、結論だけ切り取ると医師Aは「同じです」と説明し、医師Bは「別物です」と説明しており、全く真逆のことを言っています。これが、医師によって言っていることが違う、の正体その1です。きちんと説明しようとすれば、「非常に似ているので、同じようにも違うようにも見える非常に紛らわしい2つです」ということになるのですが、これはこれで、なんか奥歯にものが挟まったような説明ですね。

 

もちろん、「こくまろ」と「とろける」の違いについて質問されたらこう回答する、というマニュアルを作っておけば問題ないのですが、もちろん、ある程度の受け答えについては取り決めをしているものの、細かい1つ1つの受け答え全てについて想定するのは難しいことだし、あまり想定問答が多くなると今度は覚えきれないという別の問題が生じます。

 

 

【質問の仕方によって答えが違う】

例えば、42歳女性、男性因子なし、AMH 1.0、すでに人工授精を3回行ったとしましょう。

4回目の人工授精はせず、体外受精へのステップアップが考慮される状態ですから、今の状況を正確に表現すれば、「人工授精のほうがよいとは言えない(=体外受精が考慮される)が、色々な事情があればもう少し人工授精を継続する余地がないわけではない」ということになります。

 

これを踏まえてたとえば、患者さんに「まだ体外受精にステップアップせず、もう少し人工授精にチャレンジしたほうがよいでしょうか」と質問されたら、一応答えはNoかなと思いますが、経済的事情や夫の理解等を理由に、「もう少し人工授精にチャレンジしてもよいでしょうか」と言われたらYesと答えると思います。似たような質問をされますが、答えは逆になっています。

 

これは、質問が、前者は、人工授精と体外受精を比較してどちらが良いかという問いであるのに対して、後者は、どちらがよいかというよりも希望として人工授精を継続したい大前提で、それは可能かどうかを質問しているので、似たような言葉でありながら全く別の質問になっていることから起こります。

 

もちろん、質問する側は、そんなことは意識していませんし、回答する側もそこまで深く考えずに聞かれたことに答えますので、一見逆のことを答えているかのように聞こえることがあります。どちらの回答も「人工授精のほうがよいとまでは言えないが、色々な事情があればもう少し人工授精を継続する余地がないわけではない」ということを言いたいのですが、それが十分に伝わっていません。

 

 

【微妙な判断】

例えば、車のシュミレーターで、たくさんある中の1つに、「交差点に突入しようとしたところで黄色信号になりました。果たして、ブレーキを踏むか、それともアクセル踏んで走り抜けまますか」みたいな問題があったとしましょう。もちろん誰が見てもブレーキ、あるいは誰が見てもアクセルというシチュエーションはどちらも多いとは思いますが、微妙な判断の時、日を変えて同じ質問をされた時に、必ず同じ回答をできるとは限りません。医療は判断の連続ですので、これと似たようなことは起こり得ます。私はこういう質疑の時、誤解を招かないように「一応今はこう答えていますけど、別の日に同じこと聞かれて同じように回答できるか自信ありません、そのくらい微妙な判断です」と正直にご説明するようにしています。

 

 

この他、今までの治療経過を踏まえて着床の窓の検査は早々にやった方がよいかとか、不育検査やっておいたほうがよいかとか、次回の誘発方法とか、はっきりとした基準や取り決めがなかったり、複数の道があるような内容については、その時によって全く同じ回答になるとは限りません。どちらもあり、という状況はどうしても存在します。

 

 

こう見てみると、誤解が生じる機会は意外とたくさんあります。もちろん、こうした誤解がないように先回りして丁寧な説明を私たちが心がけるのは大前提、混乱を招かないように統一した見解のもとに安定した回答をすることは不可欠です。そのために、多くの取り決めを行い、また知識のアップデートを行っています。しかし、それでも混乱が生じることもありますので、その場合は、遠慮は無用ですので、率直にご質問・ご相談いただければと思います。医師を上手に利用して、最適な治療方針立案に役立てていただければ幸いです。

 

 

こんな記事アップしちゃって大丈夫かなと些か不安ですが(きっとご批判も含め様々な感想があることでしょう)、とりあえず何回か推敲したので、このままアップしてしまいたいと思います。それでは今日はこの辺で。