みなさん、こんばんは。今回は卵巣刺激のお話なのですが、その前に前置きを。

 

 

さて、よく日本の体外受精の成績はよくない、欧米の成績はよい、などと日本の体外受精の技術を卑下するようなことを言う方がおられます。これは、どこから出てきた話かというと、「国際生殖補助医療監視委員会」が2016年に発表したデータを根拠にしています。ここで日本の1採卵あたりの累積妊娠率が世界最下位だったことから、大きく話題になりました。

 

1採卵あたりの累積妊娠率が日本は世界最下位だったことは事実として、ここで決定的に欠落している視点は、「そもそも1採卵あたりの累積妊娠率は、成績を比較するのに適切なのか」ということです。この議論を経て、初めて1採卵あたりの累積妊娠率で成績の比較というものが成り立ちます。

 

結論から書けば、ここから日本の「体外受精の成績」は世界最下位、という表現は、何ら真実を指し示すものではなく、極めて一面的で正確性を欠くということです。

 

日本は、それが良いことか否かは別として、他国に比べて唯一と言ってもいい特殊事情として、自然周期や低刺激の割合が多い(刺激周期のクリニックもあるが諸外国と比べた時の比率として)、平均年齢が高い、という条件から、1採卵あたりの平均移植可能胚数は他国より少ないのが特徴です。1採卵あたりの移植可能胚数が少ない上、卵子提供や養子縁組も事実上困難ですから、妊娠を希望する限り、何度も採卵することになります(卵子提供を推奨しているわけではありません)。

 

一方、例えばアメリカでは日本に比べて体外受精の治療費が何倍も高額であり何度も治療できない事情は日本よりも強いため、刺激周期で1採卵当たりの採卵数を多くとろうとします。たくさんの受精卵が凍結できれば、何度目で妊娠しても、たくさんまとめて移植して妊娠しても、1採卵あたりの累積妊娠にカウントされますから、1採卵あたりの累積妊娠率はいいに決まっています。また体外受精が高価であることに加えて卵子提供や養子縁組が一般的であり、年齢が高い場合、卵巣機能がよくない場合、反復不成功の場合は、自己卵に見切りをつけて早々に卵子提供や養子縁組に移行することが普通にありますので、平均的なプロフィールも有利です。

 

つまり、データを出す前から、1採卵あたりの妊娠率はアメリカの方が圧倒的に有利なのです。それは、それぞれのお国柄を反映しているだけであって、だからアメリカより日本の方が1採卵あたりの累積妊娠率がよくないと言ったところで、日本の技術力がいいとも悪いとも、そんなことは何も指し示しません。刺激周期派の医師が、自然周期採卵を批判するツールとして上記のデータを利用するというのならまだ分かりますが、日本のように体に優しい採卵、あるいは自己卵にこだわる考えは、十分あり得る考えであり、それを希望する患者さんのニーズがある以上、そういった治療を提供する施設の存在は何ら責められるべきものではありません。ましてや、まるで日本の体外受精はイケていない・数だけやって質が悪いみたいな表現は著しく正確性を欠くと言わざるを得ません。

 

少しでも良い治療を目指す精神はとても大切なことです。しかし、日本の胚凍結技術は世界屈指であることをはじめ、日本の体外受精の技術力は決して低くなく、そしてそれぞれの国にはそれぞれの国の事情や考え方があります。データは、ただ数字を見るだけでなく、その数字の裏にあることまで考えて、初めて意味のあるものになるのです。

 

 

さて、話がだいぶそれましたが、上記のデータからは何が言えるでしょうか。それは、1採卵あたりの採卵数が多い方が、累積妊娠率が高いということを意味することにほかなりません。1採卵あたりの累積妊娠率が公正公平な比較指標というわけでもないし、それを目指すのが良い治療というわけでもありませんが、安全に(重症OHSSを起こさない範囲で)、かつ効果的に、最大の採卵数を狙っていければ、それが、1採卵あたりの累積妊娠率を獲得することにつながり、それを実現できるに越したことはありません。

 

そこで、後編では、いよいよ本題、当院における卵巣刺激の工夫についてお話したいと思います。(後編に続く)

 

 

下記の記事もご覧下さい。

クリニックの実力を公平に比較することはできるのか