文学フリマへの道! -8ページ目

文学フリマへの道!

ここでは同人誌作成までの日々と、各メンバーの好きなことを記事にしていこうと考えています(´・ω・`)
文学だとかマンガだとかアニメだとかゲームだとか音楽だとか


こんばんは、鳴向です。
いよいよそうさく畑ですね~。
そんなタイミングでの新刊宣伝第三弾は、ふりゅう「クレーデレ」の紹介です!

高校生の「僕」は、友人である「彼」を敬愛しており、「彼」もまた僕を面白い存在だと認めていた。
そんな「彼」には北海道に引っ越してしまった彼女がいた。
僕は「彼」の話の中に現れる彼女に親しみを抱き、夏休みになったら「彼」と二人で会いに行こうと約束する。
ところがその約束が叶うことはなく、ひどく裏切られたと感じた僕はそれから、「全てと適度な距離を保ち、ただ相手が存在するという事実以外は信じないこと」を信条と定め、「彼」とも距離を取るようになっていく。
やがて大学生になった僕に、ユキとハルという男女の友人ができた。
奇しくもかつてと同じ、男2人女1人の友人関係。
三人の時間を大切に思う僕は、以前と同じ轍は踏むまいと頑なに信条を守ろうとするが――……

という感じ。
「初めての出会い」というのは大人になるにつれてどんどん失われていき、大学生になってから後くらいは大概、今までに会ったことのある人と「出会い直している」のだ、といつか先生が言っていたことを思い出します。
確かに、「なんとなく既視感」ってとき、ないですか。
人に対してもそうですが、自分はよく道とか風景に対してそういうことを感じます。
旅先とか、ちょっと遠出したときとかに、ふと入り込んでしまった路地で、「あれ? ここは本当は家の近くのあの路地なんじゃないか?」みたいな。
それで、なんとなく雰囲気が似ている自分のよく知った場所と今いる場所を勘違いして、つい感覚的に道を曲がってしまったりして。
「この道を曲がれば大通りに出られたはず~」とか考えながら歩いて行くんですけど、もちろん同じ道ではないのですから、どこにも辿り着きません。
自分の感覚は確かにこの道だと言っているのに、実際にはどんどん深く迷い込んでいくだけ。
感覚と現実とのギャップに、自分の記憶とそれに立脚する自分そのものもだんだん不確かになっていくような気がして、頭がぐるぐるし始める……。
そんな時に大事なのは、立ち止まって目的地をよく思い出すこと。
信じるべきは、「どの角を曲がるか」といった具体的な、即物的なことではなくて、「どこに行きたいのか」。
そう思って周りを見回すと、そこにあるのは記憶の中のよく知った道ではなくて、目的地に至るための道なんですよね。
実際は半泣きで携帯のGPSに神頼みしてるんですけど。
さて、物語の中の「僕」も長い長い迷路にぐるぐる迷い込んでいくのですが、最後には出口の光を見つけます。
道の先にあるのは、暖かい春、満開の桜。
今の時期にぴったりな、切ないけれど希望の息吹が感じられるお話です。
結末はどうぞ本をお手に取って、お確かめください。

というわけで「そうさく畑」来てね!!!
明日3/30(日)インテックス大阪3号館F10-bです。
よろしくお願いしまーす。
お久しぶりです。ふりゅうです。
今月30日の「そうさく畑収穫祭2014春」で販売する
「repro2号~秘密~」には、
私、ふりゅうの作品も載っています。ぜひぜひ。

さて、その「repro2号~秘密~」の中の作品、
淡夏氏の「光跡のアルケー~変わりゆく世界~」について、
私が紹介(解説?宣伝?)をしてみようと思います。


第一世界と第二世界で成り立ち、科学と魔術と魔法が存在する世界。
主人公のケイは魔法使いの高校生です。

ですが、魔法使いといっても自分の能力が何なのかを
はっきりと理解できておらず、魔法使いの素質がある点以外では
ごくごく普通の高校生といった感じ。

自らの素質や進路について悩みつつ、魔法使いのクラスメイトや
魔術師の幼馴染と日常の生活を送っているケイは、
どこか等身大で親近感を抱くことのできる存在です。

ですが、そんな穏やかな生活にも終焉が訪れます。
クラスメイトとの関係の変化、
そして学校を襲来した「巨大な目」。

変わらないでいてほしいと願った日常は脆くも崩れ去り、
ケイは非日常の世界に踏み込むことを余儀なくされます。


……連載形式なので、今回の作品はここまでです。

ケイを取り巻く世界はどう変化するのか?
ケイの魔法使いとしての能力とは?
かつて共に過ごした「もう1人の幼馴染」とは?

気になることは山のようにありますが、
この物語が終わるころにはきっと題名通り世界は新たなものとなり、
戸惑ったり、悩んだりしながらも、
ケイは大きな成長を遂げていくのだろうと思います。

一読者として、自分も続きを読むのが楽しみになる作品でした!
ぜひ、「repro2号~秘密~」を、よろしくお願いします!
後二話で終わってしまう……。
大好きな作品の終わりには、いつも寂しさを感じずにはいられない淡夏です。
さて思いついた時に現れる凪あす感想です。
のっけからネタバレ全開なので、ご注意を。











良かったね、さゆ!!


先週は紡の告白で終わり、遂に紡とちさきが先に進んでしまうのかと思いきや、今回のメインはさゆと要でしたね。
想いが報われた……わけではないのだろうけど、それでも何か救われた気はしますよね。
要にしても、やっと自分を見てくれる人の存在に気づけたわけだし。
このアニメ、基本的に皆自分のことでいっぱいいっぱいで、全然周りが見えてなかった。
けど、要は割と視野が広くて、そのせいで恋は盲目な人達の中に入っていけなくて。
考えれば辛いポジションですね、皆の関係のために、大人ぶるしかなかったというのが。
それが、さゆのおかげでやっと自分の感情を出してもよくなったと考えれば、救われてはいるんでしょうね。

何か、凪あす見てたらついつい考えてしまうんですよね、「“恋”って、“好き”って何だろう」と。
それがテーマなんで、当たり前といえば当たり前なんですが^^; 

人間は動物で、動物は繁殖しなければいけない。
繁殖するためには生殖行為が必要で、生殖のためには男と女が必要となる。
だから、男と女が恋をして性行為をするのは本能で自然なこと。

理屈は通っているようには見えますが、何だか釈然としないんですよね、個人的に。
この歳で性行為に対する幻想はもうありませんけど、だからこそ、“恋”が性行為の為にあるとは思いたくないといいますか。
「恋に酔っている」と言われればそうでしょうが、これだけ多くの作品で“恋”というものが語られている以上、やっぱり“恋”には人が人として生きる上で、大きな意味があると思うんですよね。
実際、“恋”に酔っている時って、“生きている”実感が沸きますし。
その感覚も性行為を促すためだ、という意見もあるかもしれません。
けど、これは受け売りなんですが、性行為は人を選ばないけれど、“恋”は特定の相手にしかできない。
ただ、性行為を促すためだけに“恋”があるのだとしたら、特定の相手に拘るのは非常にリスクの高いことになりますよね。
だから、確かに性行為に繋がる感情ではあるけれど、完全にその為のものではないと、そう考えることもできるはずです。


えーと脱線しましたが、凪あすの感想ですよね^^; 

要とさゆの話がとりあえずは一区切りついたところで、次回は紡とちさきでしょうか。
ちさきは、紡と過ごした五年間を前向きに肯定できれば、五年間がそれまでの四人の関係を否定するものでないと思うことができれば、きっと前に進めると思うんですよね。

光とまなか、美海の方はどうなるんでしょうか。
まなかの「人を好きになる気持ち」を取り戻すことができれば、光の想いも何かしらのかたちで報われる。
でも、そうすれば美海の想いはどこにいけば。
このアニメに限っては、別に好きな人と付き合うことだけがゴールではないと思うんですが、それでも、“好き”って気持ちを相手に届けることが大切になってくる。
そして、それを相手が認めてくれれば、きっと報われたことになるんでしょうね。

(余談ですが、こういう気持ちがありながら、「それでも私はあなたが欲しい」に走ったのが『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ 叛逆の物語』だと思うわけですよ。綺麗事なんかより、やっぱり自分の欲望が満たされることの方が大切だ、と言いますか)

何にせよ、泣いても笑っても残り二話。
一ファンとしては、見守るだけ。

もし結末に納得がいかなければ……その時は、自分の納得のいく『凪のあすから』を、かたちを変えて執筆するしかありませんね笑