こんばんは、鳴向です。
いよいよそうさく畑ですね~。
そんなタイミングでの新刊宣伝第三弾は、ふりゅう「クレーデレ」の紹介です!
高校生の「僕」は、友人である「彼」を敬愛しており、「彼」もまた僕を面白い存在だと認めていた。
そんな「彼」には北海道に引っ越してしまった彼女がいた。
僕は「彼」の話の中に現れる彼女に親しみを抱き、夏休みになったら「彼」と二人で会いに行こうと約束する。
ところがその約束が叶うことはなく、ひどく裏切られたと感じた僕はそれから、「全てと適度な距離を保ち、ただ相手が存在するという事実以外は信じないこと」を信条と定め、「彼」とも距離を取るようになっていく。
やがて大学生になった僕に、ユキとハルという男女の友人ができた。
奇しくもかつてと同じ、男2人女1人の友人関係。
三人の時間を大切に思う僕は、以前と同じ轍は踏むまいと頑なに信条を守ろうとするが――……
という感じ。
「初めての出会い」というのは大人になるにつれてどんどん失われていき、大学生になってから後くらいは大概、今までに会ったことのある人と「出会い直している」のだ、といつか先生が言っていたことを思い出します。
確かに、「なんとなく既視感」ってとき、ないですか。
人に対してもそうですが、自分はよく道とか風景に対してそういうことを感じます。
旅先とか、ちょっと遠出したときとかに、ふと入り込んでしまった路地で、「あれ? ここは本当は家の近くのあの路地なんじゃないか?」みたいな。
それで、なんとなく雰囲気が似ている自分のよく知った場所と今いる場所を勘違いして、つい感覚的に道を曲がってしまったりして。
「この道を曲がれば大通りに出られたはず~」とか考えながら歩いて行くんですけど、もちろん同じ道ではないのですから、どこにも辿り着きません。
自分の感覚は確かにこの道だと言っているのに、実際にはどんどん深く迷い込んでいくだけ。
感覚と現実とのギャップに、自分の記憶とそれに立脚する自分そのものもだんだん不確かになっていくような気がして、頭がぐるぐるし始める……。
そんな時に大事なのは、立ち止まって目的地をよく思い出すこと。
信じるべきは、「どの角を曲がるか」といった具体的な、即物的なことではなくて、「どこに行きたいのか」。
そう思って周りを見回すと、そこにあるのは記憶の中のよく知った道ではなくて、目的地に至るための道なんですよね。
実際は半泣きで携帯のGPSに神頼みしてるんですけど。
さて、物語の中の「僕」も長い長い迷路にぐるぐる迷い込んでいくのですが、最後には出口の光を見つけます。
道の先にあるのは、暖かい春、満開の桜。
今の時期にぴったりな、切ないけれど希望の息吹が感じられるお話です。
結末はどうぞ本をお手に取って、お確かめください。
というわけで「そうさく畑」来てね!!!
明日3/30(日)インテックス大阪3号館F10-bです。
よろしくお願いしまーす。