本件を日米関係に結びつけていたことに対して、本人の安全につながればいいと考えていた形跡があった。事実有効であった。例えばであるが、「コロナウイルスの擬人化」として論点を整理されてしまうということよりも、国家観として処理を行うほうが後世に残す傷跡が少なくなるという考え方のようなものはある。それに対して、各国、各組織は翻弄されてしまったという苦い感情もある。コロナウイルスについてのパンデミックに対応ができなかった政治について、本件の処理と合わせて「擬人化」の方向がとられたこと、そして、宇宙観がさらに結びつく。いわゆる「コミュニケーション」「ランドアカウント」「ディフェンス・アミュニション」という超高度なセキュリティシステムによって本人の最終担保がある、とされる。本人にとって世界は「迷路」である。しかし、なぜか危機の最終局面では方向性を見誤らない。そのため、傷がついても安全は確保されていく。このような世界観が一方である。

 

そして、そのポイントがNASAや宇宙事業のビッグニュースと結びつく。そのニュースが出るたびに、本人の口から「月や火星に行っても宇宙人に会えるわけではない」という決まり言葉のようなものがでる。

 

また、本人の記憶にはコロナパンデミック初期に飛来した「オウムアウア」という隕石のニュースがある。

 

これらの分析にたいして、セキュリティの観点から、「特別方程式」という人間には変更できない序列の適用がまださらに概念として利用されている。