田島家の階層の感覚が、社会通念と違って見える。家政婦を雇うことについても同様であるが、論形成に固執してしまったという結果でもなく、ビジネスについても他人に押し付けがあったと結論づけることができる。地域的なセキュリティー(この論点としてみると)の位置付けについても異色であった。さらに今回問題にされたのが小山の論形成であり、全国的な人格形成、あるいは「セキュリティー」に組み込まれており動かすことができない状態に着目された。この系譜について厚生労働省を表として問題解決を計るという内閣の初期の判断が騒動の発端である、と大方は見方する。

 

本当のところは、パンデミックや、そのはるか以前より全国的に暗黙の了解事項として家系の問題は継続していた。

 

テーマを「階層の感覚」に返すと、地域というより家族全体を全国的に特殊な位置付けにしなければならないために、同様に階層の感覚は飛んでしまった。子孫に至るまでかなり特殊な立場で日本社会に関わらねばならないという、現在の表面上の了解事項がある。