これはあくまでお試し。微塵も本当の意味での論構築ではないと考えるべきである。不法行為が行われているという状況を利用したものであり、どのように感覚が変化をするのかという確度をつくってみた。個人的な経験を基にした通用というやり方は、本来一度経験することで本当の内容でのものに近づくことができるはずであった。本当の意味での考え方は、性経験をベースとしない。極めて純粋な感覚になり、かりそめのものは見えない。バランス感覚を最大限度つくることができるはずである。

 

論形成について個人ベースで考えてみると、純粋さを追い求めてしまう傾向があると、判断される。生きていく上で、厄介なものはそのようにあるべきだと考えて構わないかどうかが、次に問われる。また感覚的整合性が自分の次の行動にどのようにはね返るか、を考えてみることが重要である。

 

当然だが文体、キーボードの配置、全てに影響する。