イメージには姿勢制御一般に通じるものと、単なるイメージがある。前者は一番セキュリティーに作用し文体のみならず、戸惑いを覚えることをまず当然のこととしなければいけない。後者ははじくことから覚えなければならない。難しいのは雰囲気やノリのような問題(こと)で感覚に作用をするがはじくことができない。周りに合わせながら乗り切らなければならない。

 

ここで分かれるが、感覚から教える「場合」と論理性から教える「場合」がある。私は高度にロジックなのでとりあえず両方から考えてみる。

 

まず、感覚とは論理判断の基準を提供するものである。その点でイメージとは異なる。ところがこのやり方も現実はより複雑でそれは今は教えられない。

 

論理性とは感覚を変えるために頭の中を入れ替えることであるとする。大体私の論理は、飛びすぎている。飛躍しすぎている。論理性の変換に他者を利用する方法があるとされる。が、究極的には用いてはいけないとする。物理学的には必ずどこかに作用するはずである。

 

が、自分はよくスタックしてしまうことがある。気持ちがとらわれすぎていて次の思考に入っていくことができない。このスタックを止めないと仕事は難しい。方法は当然たくさんある。だが、覚えすぎてはいけない。なぜなら方法の多様性は判断の迷いにつながるからである。

 

さらに一番難しかったことは一般でイメージを切ることと、一般をきる方法を確認しなければならないことである。文字通り確認である。こちらは武道経験者なので可能性があると感じる。だがあまりに慣れていないので会う人はみなびっくりしてしまう。10歳といっても可能である。