この事故について説明を求められて答えることはできません。しかし、ご遺族含め様々な方々の心痛に対して、私自身の、より限定的な範囲での言葉を必要としていると感じることもあります。沈没がどのようであったのかということについて、閉じられたままですが、責任者のようなものとして名前を出す方について、そこで別のキャリアをふってかぶせられてしまった、そのはじまりの一つに思えてなりません。「人生のつぶしあい」はできれば終わりにしてほしいです。主要なキャラクターを軸にして全社判断に結びつく状況は難しいものに直面しています。
それに関して、ロシア方面topicをあてはめることが適切ではもちろんありませんけれども、憶測が憶測を呼ぶ状況を次々に作り出すような現代日本のテーマをつくりだすことは、よいこととは言えないと感じます。例えばですけれども、こちら側との接点が私の親戚の範囲の問題なのか、それとも「アカペラ」のことなのかということについて、やっぱり話し合いのようなものは必要かと思います。
そういうことも含めてなのですが、立場が「上」になりますと説明をもとめられても答えることができないものが増えます。同じ観点になりますが、憶測や疑心暗鬼を常に与え続ける状況はもちろんのこと良くないことであります。マネジメント同士の会話のようなものがあります。この問題についても(沈没船事故)こどもなどを含めて、社会の立場に応じた情報処理は必要です。私はそう考えております。ここまでにします。論点を重ねて申し訳ございません。変化を要求されております。